辻斬り復活

そんなこんなで、辻斬りはいともたやすく退治されてしまったわけである。


僕らのお昼休みを奪っていったチャラ男によって。


「これで魔法少女の荷も降りたわけだー」

「そうだな」

「ちょっと槍とか服とか厨二心をくすぐってて気に入ってたのに」

「逃げたけどな」

「次はがんばるつもりだったもーん」


授業がはじまるのに少し間があったので、のんびり歩いて行く。

普通の女子高生に戻った僕達には、勉強をしなくてはならない義務がある。


「神様に警察なんかあったのですね」

「ねー!びっくり」


ヒナちゃんも驚いてたらしい。


「かっこいい警察でしたね」

「本当…かなりのイケメンだった」


さすが女子高生、そっちに行くのか。

頬を染めてきゃあきゃあイケメンの余韻に浸ってる。


「全身黒系でさぁー、刀振り回しちゃって」

「ちょっとチャラいのがいいですね!」

「ラーメン屋だってよー」

「イケメンの作ったラーメン食べたいです!」


ショタ好きの僕でさえ、見とれてしまうような綺麗な男だった。


「名前はたしか黒庵さん…だったか。

変わった名前だな」


「でも雰囲気にぴったりじゃない?」

「だな」

「お、クミが認めるなんて!」

カレンがぐいぐいと寄ってきたから手で抑えて。

「まあカモくんにはかなわないな」

「変態ー!!」

ぴゅーっと退いてしまった。引くな引くな。


「でも、これでもう被害者は出ないってことだよねー」


カレンが嬉しそうにいう。

辻斬りは退治されてしまったのだ、もう被害者が出ることは無い。

この高校の生徒が怪我をすることも、もうなくなるのだ。



そう、思っていた。





放課後に、彼はまた木の隙間にいた。


灰色の黒と白のむらのある髪の毛は完全に隠れることはできなくって、たいへんわかりやすかった。


「カモくん」

「クミか」


がさがさと出てきて、パンパンと座っていた尻についた土を払った。


「なんでそこで待つのかなー」


ダッシュでカモくんを迎えに来た僕にようやく追いつくことが出来たカレンが、不思議そうに問うた。


「隙間が落ち着くのだ」


「うーん…カモくんちょっと暗いとこあるよねぇ」

「いいじゃないか!かわいい!!隙間に落ちつくショタ!」

「なんで熱くなるのかなぁー」

「でもヒナも隙間大好きですよ、なんだかえろちっくで」

「もうやだこの変態!!」


耐えきれなくなったカレンが叫んでしまった。注目を浴びてしまうではないか。


「そうだ。なぁカモくん。

今日の昼また辻斬りが出たんだ」


「…まさか、戦ったのか?」


不安そうに僕達を見つめてきた。

そんなに心配か、怪我しないように防御だけは万全なんじゃなかったのか。

攻撃はダメだけど。


「いや、それが「すんごいイケメンが現れてね!!退治してくれたのーー!」


僕を遮って叫びだしたカレンだった。


「かっこいい…黒の王子様ってゆーかー」

「え、た、退治してくれた?どういうことだ」

「刀でひゅんひゅんとー」

「ひゅ?」


カレンの雑な説明に?で埋まるカモくん。

ああかわいい…。


「腐臭を感じて僕達が駆けつけた時には刀が折れていたんだ。

かなり強かったぞ」


「正体は何なんだ?」


「神様の警察と言っていた」


「え…」


「腐臭を感じたから来た、と言っていたぞ。

……カモくん?」


明らかに様子がおかしい。


もともと色白な体だが、今や蒼白と言った感じ。

目が泳いでいて、黙りこくってしまった。


「…知り合いなのか?」

「…いや、あったことはない」


間があって、ようやく答えてくれた。


やはり様子がおかしい。


「カモくん?どうした?何かあったのか?」

「…カレン、黒と言っていたな」


あぁ!僕よりカレンをとった!


「うん、全身真っ黒のラーメン屋とか言ってたよー」


「…そうか、黒か」


ラーメン屋に突っ込む余裕はないのか、彼はうつむいて、小さな声で言った。




「…タイムリミットか」




そのとき、またキツイ腐臭が僕達に届いた。




「え!?

なにこれ…これって、辻斬りの匂いじゃ…」

「さっき死んだはずだぞ」

「と、とにかく行って見ましょう!!」


予想していなかった自体に大騒ぎしながら、僕達はまた体育館裏に向かった。


放課後ということで体育館では部活動が行われていて、愉快な声が響いていた。


中に入られて襲われたらひとたまりもない。


何十人と被害が出てしまう。

それだけはなんとしても避けたい。


だって、目の前に刀が降ってくるということは一一とんでもなく恐ろしいことなのだから。



体育館裏に回り込めば、匂いが強くなる。

しかし不思議と当初よりかは幾分かマシになっているような気がした。



黒い霧に、先ほど折られたはずの刀が光っている。


獲物を待っているかのように、刀を持った霧が存在していた。



「も、元に戻ってる…昼間イケメンが退治してくれたのに!」

「どういうことですか…」


唖然とした。

彼の生命力に。


突如霧が体育館の入り口の方へ角度を変える。

これはやばいと、僕はほとんどなにも考えずに走り出した。

ポケットの札を取り出し、こちらに気づいてないらしい刀へ触れる。


ぺたり、小気味いい音とともに貼り付けた。



刀の冷たい感触を感じたと同時に、その札は変形した。

ぐにゃりと気持ち悪い感じで伸びて、ロープのように刀にまとわりつく。


一瞬だった。


刀が僕に向かおうとするのを止めるように、ロープは刀にまとわりついてくれた。

おかげで僕は逃げられたわけだ。


「クミ!大丈夫!?」

「大丈夫…押さえつけたから、カレンはやく!!」

「わかったけど、あんた服も着替えないで…」


忘れてた、服がないと防御ができない。

僕はとんだ無法者だ。


「園田カレン!」


ふざけてる余裕もないのか、カレンが真面目にそう叫んで変身する。

光に包まれ巫女服のようになったところで、昨日のペンも変形した。

槍のように。


「よっしゃぁ…クミの勇気を見習って行っくぞー!」


持ちなれない槍を構えて。


「うりゃぁあああ!」


カレンは勢いよく突進した。



カツンと槍がロープの巻き付いた刀に当たる。

勢いだけは良かった。



ひゅんっ、とまた銀が飛んだ。



刀が折れたのか、と目を輝かせて一一全く違うことに気づく。



「…え…」



カレンの声と共に飛んできたのは、ボールペンの銀の部分が変形しただけの武器。

槍が、折れた。


そのまま刀は振られ、カレンを貫こうと━━


「だ、だめっっ!」



刀が勢いよく跳ね返される。


麻縄で出来た鞭によって。



「ヒナ…あ、ありがと…」

「とにかく逃げますよ!」


いつのまに変身したのか、ヒナちゃんが鞭で刀を退けたのだ。

一緒に退却し、相手と距離をとる。


僕も遅れてはいけないと名前をつぶやき、青い巫女服へ変身した。


「…まさか槍が折れるなんて」

「仕方ないです、ツボなんて早々見つけられるものじゃないですよ」

「カレンが悪いんじゃないよ」


落ち込むカレンを慰めるヒナちゃん。

「しかしどうすれば…」

僕が相手を確認しようとして、ロープが切れてきているのに気づいた。


「くそ…やっぱり時間稼ぎ程度にしかならないか…」


刀にロープを巻き付ければ、いつかは切れていく。

しかし刀以外に巻き付ける場所がなかったのだから仕方ない。

まさか霧にロープを巻き付けるわけにはいけないだろう。


しかし、刀にロープを巻き付ければ少しは動きが遅くなる。


効果が無い訳では無いのだが。


「…これじゃあ体育館に向かわれるのも時間の問題だな」

「まさか手刀というわけにも行かないですしね…」

「鞭で折れないかな?」

「無理ですよ、ツボを的確につくことは初心者のヒナにはできません」


無力だった。

もう武器といえる武器がない。


「…これじゃあ体育館に向かわれるのも時間の問題だな」

「まさか手刀というわけにも行かないですしね…」

「鞭で折れないかな?」

「無理ですよ、ツボを的確につくことは初心者のヒナにはできません」


無力だった。

もう武器といえる武器がない。


「よし、また僕が札をつけに行ってくる」

「危ないって!」

「大丈夫、防御服着てるし」


札を構え、貼りやすいように広げる。


そして走り出して、相手の懐に入り込んだ。

降ってくる刀を目で追い、必死に避ける。

心臓が出そうになるなか、腕を伸ばして柄の部分になんとか貼ることができた。


しかし、安心したのも束の間。


「クミ!!!」


カレンの叫びに気づいた時、ロープは刀に追いつかず、刀が僕の首のあたりを狙っていた。

気づかなかった。

刀を狙うことにばかり目がいって、安堵して、油断してしまったのだ。


「っ、」


よけられない。

思わず目をつぶりそうになり、見てしまった。



刀が間違いなく僕の首をえぐるのを。




その瞬間にロープがぶくぶくと膨れ、刀に巻きついてくる。

ロープは僕の首をこれ以上えぐらないように押さえつけて、首から遠ざけてくれた。


急いで逃げ━━え?




今、僕は首をえぐられなかったか?


たしかに防御服を着ている、しかし、首はなにも防御をしていない。

あえて辻斬りはそれを狙ったのかもしれない、とにかく間違いなく、僕の首の中に刀は侵入してきたのだ。


なのに痛みを感じることもなく、僕は今走れている。


カレンが僕の体ごと抱きとめて、僕の頬を手のひらで乱暴につかみ、目を見てきた。


「クミ!!だ、大丈夫だね?い、い、生きてるね?」

「あ…ああ」

「うわぁあああっ!良かった…!」


ぎゅう、と僕を抱きしめてくれる。

ヒナちゃんも安心したのかヘナヘナと倒れ込んでしまった。


感触すら感じなかった。


だって僕は今、刀を入れられたのだ。

なぜ血はおろか死んですらいない?

結構な深さだったように思う。

端からとはいえ、動脈をかすっていればアウトな深さまで行っていた。


なのに。



防御服とは首すらも守ってくれるものなのか?

いや、防御服というのは僕の体ごと変えてしまうのか?

例えば不死身に変えてしまう、というような━━。


「ああもう、餓鬼はすっこんで勉強してろっつったろ?」



そんな声とともに、霧とはちがう黒が降ってきた。


フェンスを飛び越えてくるのと同時に、霧へと向かう。


慣れた様子で彼の刀が霧を薙ぎ払う。

すると吸い込まれるように消えていった霧。

順調に進んでいき、核心の刀へ。


「おらぁっ!」


叫び声とともに勢いよくぶつけ、また刀は飛んでいった。

そして同様に霧散する。


彼が現れてからこれまで、ものの5秒。


早かった。

そして強かった。


口を開けて見つめることしか出来ない僕達の方へくるりと振り返って、にやりと笑う。


「ようし、まずは辻斬り討伐成功」


いぇーいとピースサインをしてくる。

何でもないことのように言うが、僕達があんなに苦戦したのが嘘のようだ。


「黒庵さん…!」

カレンが呼ぶと、手をひらひらと振った。

「助かったって顔だな、餓鬼はすっこんで勉強してりゃあいいのによぉ」

自分の刀も消失させて、僕達のところに歩んでくる。

毒舌、だけど本当のことだった。


助かった。


正直途方に暮れていたのだから。


さすが警察、ピンチの時に駆けつけてくれるなんて。


尊敬の目で見つめてれば、彼は僕の頭をぐいぐいとかき混ぜた。

な、馴れ馴れしい。

驚いて逃げれば、やけに悲しい目をしていた。

え、と疑問に思って、そのときだった。


「すまねぇ。もっと早く気づいてあげりゃあよかったな」


何故か謝って、頭を下げた。

何のことだろうと疑問を口にしようとして、向こうが先に行動した。


「…お前から本当のことを言うか?」



後ろを振り返ったので見れば、もう1人黒髪スーツの男が歩いてきた。

真面目そうなメガネで、これまた容姿端麗。


何かを引っ張ってきているので見れば━━━灰色頭がひょっこり顔を出す。



手をつないでいる、というより連行されてる感じだ。


カモくんが現れないと思ったら、あんなところに。


「どうだった、ミサキ?」

「どうもこうも抵抗すらしませんでした」


抵抗?


「何をしたんだ…カモくんに」

不安になって問えば、彼は首を降った。


「何って、まだ何もしてないぜ?」


「だってなんだか連行されてるみたいじゃないか」


「連行って、当然だろ?」


「え?」


す、と黒庵さんはカモくんを指さした。

うつむいたままの彼は何も反応をしない。


「俺らは警察だ━━━違反したものを連行するのは、ごく自然なこと」



そして理解した。

簡単なことだった。




つまり彼は、なにか行けないことをして━━神様の警察に捕まったのだ。




「え…」

「な、何したっていうのさ、カモくんが!」

カレンが聞くと、黒庵さんはそのままカモくんにそれを投げた。


「だってよ、餓鬼」

「……」

「ちっ、自分で言えよなぁ…」


話す気がないと判断したのか、彼はカモくんの頭を小突いた。




「まず言っとくぜ。


こいつは神社の家の息子なんかじゃない━━ただの幽霊だ」




風の音がやけに強く感じる。

遠く感じる部活動の声。


バツが悪そうに顔を背けたカモくんを思わず凝視した。





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