辻斬り
その辻斬りとやらの気配の出没が多発する場所があるらしく、そこへ向かう。
道中、自分は神社の家の息子である、とカモくんは語った。
「なんで自分で退治できないの?その羊斬り」
ぶらぶらと手でお守りを弄びながら、カレンが問う。
羊を斬ってるわけじゃないんだけど。
「代々、私の家系は女系で、女に力が宿りやすい傾向があった。
私は男だ、受け継いだ力は弱く、自分では退治ができない」
「だからヒナたちに頼んだのですか?」
「…そういうことだ」
なるほど。
だから悔しそうに自分ではできない、と。
「なんで僕達なんだ?共通点はなんなんだ」
「…」
びくっとして、目をさまよわせ。
「…怒らないか?」
きゅんっとしてしまうほど愛らしい声音でそう言ってきた。
か、かわいい…
抱きついて頬ずりしたくなるが、ぐっと我慢。
こくりと肯けば、お手手をいじいじ教えてくれる。
「霊力とは、信仰心で生まれるんだ。
信仰とは何も神だけに当てられるものじゃない。
人でも、少し頭が良かったり運動ができたりすれば、純粋に尊敬したり憧れたりするだろう?
それも信仰で、それが高い人では人間でも微量の霊力を有する。
君たちは人よりも霊力が高めだ」
「ひ、ヒナたちが?」
「そうだ。
一一全員、男に……いや、女もいるが…もててるだろう?」
…は?
「…えと、かもくーん?どういうことだーい?」
「たとえばヒナはSっ気の強い男性からモテるだろう?」
「そういえばご主人様が絶えたことはありませんけど…」
結構な問題発言をしてることに気づいてないヒナちゃんは、恥ずかしそうに手で頬を覆う。
たしかに彼女はかなり顔立ちが愛らしいし、巨乳だ。
もてるだろうなぁ。
「クミは女にモテる」
「…自慢じゃないがな」
今日も告白されたし。
しかし、問題はカレンだ。
カレンがもてるとか、そのような話は聞いたことない。
「もしかして実は私モテモテなの!?
高嶺の花なの!?きゃぁ!!」
完全に浮かれてるカレンに、少し気まずそうに「いや、」と否定し。
「…カレンは、その…友達に愛されてるという信仰心が」
「……」
そうか。
なにも恋愛感情だけが信仰に繋がる訳じゃないのか。
人付き合いが上手なカレンは、友達に愛されてるということで信仰心が高めで。
「いやだぁああ!!そこのふたりのようにモテモテな信仰心がほしいー!」
ぎゃあぎゃあと騒いで駄々をこねた。
「いいじゃないか、友達に愛されてるなんて」
「友情じゃなくて愛情がほしい!!!」
「僕はカレンを愛してるぞ?」
「何その無駄な男前!?もークミが男なら良かったのにぃ…」
不服といいたげに唇を尖らすカレンだった。
「てゆーかさぁ、そんなんでその羊刈りの退治を任せたの?ぶっちゃけもっとモテモテな子とか友達多い子とかいるよ」
確かに。
もっと僕より女にもてる人とか沢山いそうだし、なんだか理由が釈然としない。
「…いや、このあたりの人間では一番だ」
「それはそれでなんだか嬉しいですね」
「そりゃあ異性からのモテモテ度ナンバーワンだったら嬉しいでしょーよ」
「…カレンさん、引きずりますね」
「あと一週間は引きずるね!」
そう宣言するほど、悔しくて仕方ないようだ。
「談笑中わるいが、ついた」
「え?」
前を行く彼が止まり、こちらを振り返る。
何の変哲のない学校の裏側、壁の向こうは体育館裏な場所。
体育館裏。
「…確か辻斬りにあった子って」
「体育館裏…でしたよね」
ここ、そんなに危ないところだったのか。
自分の通う学校が辻斬り出没の多発な場所なんて…薄気味悪い。
「でも見た限り全然なんもないよ?」
「そうそう出てくるとは限らないだろう」
そりゃあそうだ。
「他にも出没が多発する場所がある、そこへ…」
「あれ…塚田さんじゃないですか!」
カモくんの声に被って、高い女の子の声。
どこかで聞いたと思ったら、昼間のサチちゃんだった。
僕と同じ学校帰りらしく、制服姿で手を振りながら駆け寄ってくる。
「やあ」
「偶然ですねー」
振ったばかりだから少し気まずいな。
「お友達とこれからどこか行かれるんですか?」
「あ、いや…別にそういうわけじゃ一一」
腐臭。
突如、生ゴミを燃やしたような、鼻にかかる刺激臭がした。
ニコニコわらうサチちゃんは気づかないのか?
「クミ」
足元のカモくんが、腕を上げて前を指す。
ちょうど、サチちゃんの後方あたり。
「…あ!」
「え!?」
「君たちには、もう見えてるはずだ」
ふたりが悲鳴を上げる。
思わず僕も叫びそうになった。
目の前には黒い霧。
もやもやした煙のようなものが、どんどん形になっていき一一刀のような光を帯びてきた。
霧が刀を持っているという形である。
サチちゃんの後ろ、ということはサチちゃんを狙っているのか!
「っ、サチちゃん!」
「きゃっ」
サチちゃんの腕をつかんで引き、僕の胸に収める。
瞬間一一刀が音を立ててふりおとされ、鋭くて鈍い光が目の裏にこびりついた。
間一髪。
「ひぃっ、か、刀!?本物!?」
パニックになるカレンに、口をあんぐりと開けるヒナちゃん。
「無論そうだ、お守りを握れ」
「え、お守り?」
「早く!クミもヒナもだ!」
命令され、自体のわかってない真っ赤なサチちゃんを優しく離してから、後ろのリュックのお守りを握る。
「握りました!」
「よし、自分の名前を言ってみろ」
「な、名前?柴田ヒナです…?」
「変身ヒーローっぽく、かつ某人型ロボット初号機パイロットを意識して」
シンジ君か。
「逃げちゃダメだー!キュアレッド!園田カレンーー!」
なんでノリノリなんだカレン?
「し、柴田ヒナです!」
「塚田クミ」
少し恥ずかしいがそう言えば、お守りが光る。
正式には青い玉が。
「わ…」
キラキラと制服が光だし、どんどん変形していく。
僕だけでなく、カレンもヒナちゃんも。
そして、気づけば━━━全員巫女服風な制服になっていた。
制服のスカートが腰からちょっと上になり、白いシャツの素材が少し丈夫になり、真ん中で交差している。
リボンの色が青になっていて、真ん中にはあの玉。
魔法少女というより、セーラー…
「きゃーー!きゃー!きゃー!かっこいいー!え、これ月に変わってお仕置きだーとか言った方がいいよね?」
「わわ!なんだかコスプレみたいでえっちですね!」
「ちょっと憧れてたんだ、こういうの…どうかな」
「なんだかよくわからないけどかっこいいです、塚田さん!!」
突如変身したことに大騒ぎの女子高生たちに、ため息をついたカモくん。
「…みんな、それはわかりやすくいえば防御服だ。
悪なるものには聖なる巫女服で…という感じだな」
あ、急にわかりやすい。
「言っただろう、決して傷つかないと。
見えないバリアが張ってあるとでも思えばいい、その服自身が神なのだ」
「?あのー、カモくん?」
「詳しい原理等はあとで話そう。とにかくあいつを倒せ。
絶対に傷つかないから」
そう言って、彼は僕にお札を渡してきた。
ポケットに入っていたからくしゃくしゃだが、真ん中になにやら文字が書いてある。
「クミはこれで抑えろ」
え、札で?
「…ヒナ、なにか武器になりそうなものはないか」
武器は現地調達なのか。
「えーと、これくらいしか…」
カバンの中から麻縄を取り出してきた。さすがどMである。
「上等だ」
その麻縄に手を差し伸べ、なにやらぶつぶつと唱え始めるカモくん。
麻縄がくにゃりと己で意志を持ったかのようにピンと伸びて、みずから紐状に編み込まれてく。
「わ…!」
みんなが呆然と見つめる中、鞭のような形に変形した。
「…これで叩いて弱らせろ」
「わかりました!!Mなので気持ちいいところは心得てます!」
さ、さすがどM。
「私もこれくらいしかないんだけど」
カレンはまさかのボールペンだった。
それを受け取って目を閉じて、またなにかを呟く。
すると形が大きくなり、カモくん並の大きさになる。
そしてペン先だけが異常に膨らみ、鋭くなって、まるで槍のようだ。
「…これで殺傷能力は充分だろう」
ふう、とため息をつく。
「わー!すっご!!かっこいい!!やば!」
「興奮してないで相手を弱らせて捉えてくれないか」
「ガッテン承知ー!」
嬉しそうに敵に向かうカレンだが、ひゅんっと刀がこちらへと振り落とされ一一すごい勢いで僕の裏に隠れる。
「わぁああああ!!」
「敵なんだから当たり前だろ」
「無理無理やばい何あいつ早い」
「カレン…」
そりゃあそうか、さっきまで普通の女子高生だったのだ。
自分を殺そうとする相手なんか、生きてきたこの17年間会ったことがない。
そう考えると、結構大変なことをしているのかもしれない。
「仕方ないですね!このキュアマゾリーナが参戦します!」
ヒナちゃん待って、何その二つ名!
鞭を高く振り上げて、勢い良く振り落とす。
「Mに目覚めちゃってください!!」
かっこよく言い放つは良いが、その鞭は霧である相手に当たることなく、あっけなく霧散させてコンクリートを叩いた。
「……え」
「相手が実態を持った瞬間を狙わねばならないようだな」
カモくんが顎に手をそえながら言う。
「…あ、ひ、ヒナちゃん!」
呆然とするヒナちゃんに刀が降り下ろされる。
気づいていないヒナちゃんに容赦ないそれは、僕の反応速度よりもずっと早く襲いかかり一一
ヒナちゃんの肩あたりに振り下ろされた刀は、バチンっ!と火花を散らせて刀が弾かれた。
「一一っ、」
ヒナちゃんは反動で後ろに跳ね、コンクリートに打ち付けられる。
刀も霧ごと後ろへ下がり、そのまま霧散してしまった。
目に見えなくなる。
「……」
嘘のように消えてしまい、唖然とした。
『防御服だ』
ああそうか、この巫女服は防御服。
何かしらの作用が向こうにあって、霧散してしまった…?
それとも単に恐れて逃げたのだろうか?
「……う…」
ヒナちゃんがゆっくりと起きあがったのにハッとして、駆け寄った。
「ヒナちゃん、大丈夫?怪我はない?」
「はい…大丈夫です。ごめんなさい、とろくって」
「いや、僕の反応が遅いのが悪かった」
もっとはやく反応できていれば。
後悔が募る。
「……あれ、辻斬りは?」
キョロキョロと周りを見渡して、黒い霧がいないことに気づいたらしい。
「消えちゃったの…。その服にはじかれたまま」
カレンも呆然と呟くように言った。
「…まさか、あんなのが現実にいたなんて…」
「カレン」
「悔しい…こ、怖がっちゃった…」
ぎり、と歯ぎしりをして、悔しそうに顔を歪ませる。
ビビった自分を恥じてるようだが、それはお門違いというやつだ。
恐れて当たり前。
人間、自分に害するものに接する機会は人生で1度あるかないか。
それもみずから突進するなんて、まずない。
「…き、消えた…なんなのこれ…」
状況の飲み込めないサチちゃんの呟きが、風にとろけて消えていく。
それぞれがそれぞれの思いを抱えたまま、しばらく霧が現れるのではないかと思いながら、立ち尽くしていた。
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