私たちが…魔法少女に…?

結局一時間だけ休んで、ふらふらと放課後を迎えた。


だいぶ具合が回復したので、あの保健室に費やした時間は無駄じゃなかった。



「クーミー!具合どー?」


おだんごを揺らしながらカレンが話しかけてくる。


HR後教科書を整理中に話しかけてくるのは恒例だ。


「だいぶ回復したよ、よしあのカモくんに会おう」


「ちょ、目が輝いてるよ!…まあいかにもピュアそうな目ぇしてたもんねぇ、クミの好みでしょ」


私の思考はあの可愛い男の子に会うことに染まっていた。

久しぶりにあんな可愛い子みた。とっても僕好み。


「それもそうだけど……ちょっとあの子不思議な点が、」


そこまで来て、きゃぁあっと女の子の声でかき消された。

黒板の方で集まっていた数人がなにやら騒いでいるようだ。


「なんだ?」

「さあ…ねぇー!何かあったのー?」


カレンがたずねると、何人かが怖いものでも見たように振り返って。


「今日さ、救急車来たじゃない?」

「あ…ああ…」


たしかそれで保健室の先生がいなかったんだったっけ。




「あれね、学校に侵入した不審者に刺されたんだって!で、七針縫ったんだってよ!」




「え?」


そんな怖いことがあったのか。


だけど、学校に不審者なんてそんな話聞いてない。


もっと騒ぎになっても良いのではないか?


放送くらいかかってもいいはずだ。




「ええ〜!?怖…!その犯人は?捕まったの!?」


「それが…さされたところがね、二の腕の内側なんだって」


「わ〜!薄皮で痛いトコだね!擦れたら痛いねっ」


「う、薄皮…?」



アンパンか、と突っ込みたくなる感想を述べてるカレンに引いてた。


そして矛盾点を見つける。



「…二の腕の内側なんて刺しづらいな」



「でしょ!!」


ビシッと女の子に指さされる。


「腕あげた状態…つまり心臓より上の状態の出血量じゃないんだって!

だから下げた状態で刺されたらしいんだけど、それって変じゃない?」


「…うん。

自分で刺したとしか思えないね」


自分で刺すのにも刺しづらい位置だけど。

リストカットの二の腕バージョンみたいなものなのかも。


「そう…だから学校側も警察もその子の虚言だって思ってるみたい」



だから無駄に騒がないのか。


騒いだら逆にその子の今後に関わる。

虚言を吐く子、ということで学校内でいじめられるかもしれない。

だからあまり目立たせてないのだ。


「でも、その子…ずっと言ってるんだって」


とっておきの怪談を語るように。




「━━黒い霧が刃になったって」




きゃぁああっ、とまた恐怖に怯える声が上がった。




校門の近くの木の隙間に彼はいた。


そっと覗くように、通り過ぎる生徒一人一人を見て、僕たちを探していたみたいだ。


「カモくんっ!

朝ぶりだね久しぶりだね!」


「いつもだけどその変貌ぶりには驚くわ…」


あまりにもその姿が可愛らしくて抱きついてしまう。

ビクッと身をこわばらせ、ガタガタと震え出してしまった、ああ犯罪者の気分。


「…学校は終わったのか?」


「ああ、カモくんも小学校頑張ったのかな?」


「…私のことなどどうでも良いだろ…」


目を伏せられてしまった。

聞いちゃいけないことだったようだ。


いじめられてるのかな、こんなにかわいいのに可哀想とか思っていたら。



「あ、もう来てたんですね」



サイドに結った三つ編みを風になびかせながら、小さめの声でそう言う。


メガネの奥の瞳は優しく笑んでいて、見るからに優しそうだ。



「あ…さっきの、」


「えっと、お名前なんでしたっけ?

ちゃんと聞いていませんでした…」


「塚田クミだ。ああっと…ヒナちゃんだっけ?」


「わあ!よく覚えてますね!

柴田ヒナといいます。

すごい…ちゃんと自己紹介してないのに」


ワイワイと話す僕たちをぽかんと見ているのはカレン。

そうだ、面識ないんだった。

悪いことしたな。


「え…と、」


「さっき保健室で会ったんだ。

…どうやら彼女もこの僕の腕の中のかわい子ちゃんに呼ばれたらしい」


嫌がるすべすべの頬に頬ずりしつつ。


「園田カレンです!よろしくね!」


「柴田ヒナです。よろしくお願いします」


ハイテンションなカレンと正反対な気がしたが、まあ上手くやるだろう。カレンのことだし。



「…かお見知りだったのか」


「いや、さっき保健室で会ったんだ。

あまりにも境遇が似ていたもので」



ピクリと耳が動く。


「器量だけでなく頭の回転も速いのだな」


「褒めても何も出ないよ」



解放してあげると、逃げるように離れていく。

学校にいるはずのない幼児にチラホラと振り返るものがいた。


「カレンは赤、ヒナちゃんは黄色、僕は青。色違いの玉がついたお守りをお揃いで持っていて、みんなその記憶がない。


この共通点で何をさせようって言うの?カモくん」


「……話が早いと助かるな」


ふ、と初めて笑って。



「なに、大したことではない。


君たちに私は━━━人助けをして欲しいだけなのだ」



灰色の髪を靡かせる。

やけに大人びた言い方に、少し不安を覚えた。




向かったのは、学校の近くの公園だった。


ジャングルジムに砂場、ブランコ、滑り台といった王道どころは揃えてあるので、学校を終えた子供たちがはしゃいでいた。


カモくんよりかは見劣りしてしまうが、僕が泣いて喜ぶ可愛い子たちが仲良く遊んでいる。

ああ混ざりたい。



「大体分かってるだろうが、君たちが集まったのはそのお守りだ」



ベンチに僕たちを案内して、座らせながら。

自分は立って説明してくれるらしい。



「それは魔法少女でいう変身用コンパクトで」


「話を遮るようで申し訳ないのですが、コンパクトはテクマ●マヤコンです…

昨今の魔法少女は携帯だったりカードだったり香水だったりで変身します」


ヒナちゃんが申し訳なさそうに手を挙げて説明してくれる。詳しいな。


呆然とヒナちゃんをみて、少し恥ずかしそうに目線をずらすカモくん可愛い。



「…まあ、そんなもんだと思ってくれ…。

そして私は魔法少女の周りを飛び回る小動物だ」



「灰色の髪が犬っぽいな、カモくんは」


「…わ、私は狼と言って欲しかった」


ああごめんよカモくんっ!ソッポ向かないで!


悶えていると、隣に座っていたカレンが口を開いた。



「ね、ねぇ!ちょっとまってよ!

話が追いつかないんだけど…


さっきから魔法少女の話ばっかだけど、魔法少女になれとか言わないよね!?


人助けってそーゆーんじゃないよね!?」



そうだ、僕としたことが、いちいちカモくんの言動が愛くるしくて忘れてしまった。


明らかにおかしいこの事態にツッコミを入れるのに。



僕の立場をカレンに取られてしまった。



「…カレンの言うとおりだ。

僕たちに魔法少女になれとでも言うのか?」


小さいお友達から大きなお友達まで、幅広い支持を受けている国民的アニメのヒロインになれとでも。


腕を組みながら馬鹿げてる発言の裏の意図を思案する。


キョトンと首を傾げて、さも当然のように言った。





「無論そうだ、お守りも渡しただろう?」





………。


唖然。


この子は何を言ってるんだ?


「…え?わ、私たちが…魔法少女に?」


どこかで聞いたようなセリフをパクパクと口を開けながら放つカレン。

話が前に進みすぎてめまいがする。


「魔法少女はよくわからない黒いものと戦うだろう?

君たちには違う敵を倒して欲しいんだ」



「意味がわかりません!こんなか弱いヒナたちに何かを倒すなんてできないです!」


立ち上がって叫びだしたヒナちゃんに、ビクッと肩を怖がらせたカモくん。


「…子供の遊びには付き合ってられないんだよ!?

今は2年の秋…もう2月あたりには大学目指して受験勉強はいるの!遊んでらんないの!

私は推薦だから今度の期末テスト外せないし、それにクミは一般入試だから余計に!」


「でも、君たちにしかできなくって、」


「カモくんがやればいいじゃないですか!」


「何を倒せって言うのかわかんないけど、とにかく私たちには無理!

だって体育3だし、クミに至っては2だし」


うるさい。


「翼が生えて来るわけでもなければ、前世月の王女だったわけでもないの!

せっかくだけど、ごめんね!」



小さい頃憧れていた魔法少女は、現実世界ではかなり無理がある設定だった。


彼女たちは確か中学生だったからまだよかったのかもしれないが、高校生の僕たちは今社会に出ようとしている。


暇じゃないのだ、ようするに。


学歴社会で生き残るためには遊びに付き合ってられない。


特にこの時期は要だ。


カレンたちがお守りを引きちぎって、カモくんに押し付けるのも無理はない。



無理は、ないのだ。




「……」



唖然として、少し悲しそうな顔をするカモくん。

両手に二つのお守りを手にしながら、俯いた。



「…私には、無理だ…」



消え入りそうな声が耳に入る。


責任に潰れそうな声に、胸が締め付けられた



「ほらクミ行くよ!

遊びに付き合ってる暇ないよ!」


怒って僕の手を引いて連れて行こうとするカレンの手。



それを、引いた。



「!?」


「…敵は?」



行かせない。

こんなちっちゃな子が、見ず知らずの僕たちにお願いしているのだ。


それを自分たちの都合で追いやってしまうのは、大人になる僕たちがしていいのだろうか。


「…クミ!」


「遊びだったら遊びできちんと諭してやるべきだし、本当に困ってるのなら助けてやるべきだ。


怒って放っておくのは僕は反対だ」


「クミさん…」


「…カモくん、敵は?」



どことなく嬉しそうに顔を上げて、泣きそうな口を開いた。




「最近この近くで多発してる━━辻斬りだ」




「ひ、つじ?」


「カレン、辻斬り。“ひ”はいらない」


盛大にボケをかましてくれた。


「…辻斬りって、あの、時代劇とかにある…?えーと、快楽殺人鬼でしたっけ?」


「快楽殺人、というより、刀の切れ味を確かめたいだけとか、単に刀の練習とか…そういう理由で行きずりの人を斬る人のことだ。


…現代でそんなことをしたら、ううん、しようとしたら、銃刀法違反ものだよ」



そんなものが多発してたら今頃この近くには報道陣でごった返してるはずだ。


そして気づいた。



「…辻斬り…いた」



「何言ってんのクミ?」


怪訝な目で見られたので見つめ返す。



「今日確か斬られた子が黒い霧がどうのって行ってなかったか?」



「え…」

「救急車騒ぎの虚言の子のことですか?でもあれは…」


ヒナちゃんも知っていたようだ。

てことは全校に知れ渡ってるってことか。


「ねえカモくん!辻斬りって黒い霧だったりするのか?」




「霧かどうかはわからない。だけど、幽霊だ」




「ゆ…」


平然とオカルト発言をして、カレンがこけた。


「どういうこと?」


「つまり、この子は辻斬り━━つまりはうちの学校の子を襲った辻斬りの幽霊をやっつけてほしいんだと」


「…えぇ…まじ?」


「安心してくれ、絶対に死なないし、傷つかないから」



言い聞かせるように言った彼に、疑心暗鬼といったカレンが聞いた。


「…根拠は?」


「そのお守りには身につけているものを防具に変えることができるように設定してある。

わかりやすくいえば、その制服が防具に変わるのだ


その防具を身につけていれば、体に一切傷ができない」


このお守りにそんなすごいものが入ってるのか。

みたところ普通にもふもふだけど。


「え、と。

勝算はどれくらいなんです?」


「9分……9割だ。

私には辻斬りがどこにいるか見分けることができる、君たちにはそれを一網打尽にしてくれれば良い」


「…どのくらい協力すれば良いの?」


「…君たちが辞めたいと思うまで」



質問攻めをして、保身を知る。

向こうも反対を予想していたのだろう、ぽんぽんと即答していく。


知れば知るほど断る理由はない。



「カレン、ヒナちゃん。


僕はやるよ」



そして一押し。


1人立候補者が出れば、



「〜〜〜…わかったよ!やるよぉー!もー!クミがゆーならそーするしかないじゃぁんー!!」


「…じゃあ、ヒナもします…!

1人だけ逃げるわけにはいきません!」


本意じゃないとぷりぷりしながら、カモくんからお守りをひったくっていくカレン。

さっきはごめんね?と謝りつつお守りを手にするヒナちゃん。



「ありがとう…!」



嬉しそうな顔をして、協力してやってよかったと心のそこから思えた。



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