征服girls
@sukunabikona0114
すべては事後
僕のような思春期にはよくあることだと思う。
アイディンティティ(自己同一性)のなんちゃらかんちゃらのせいなのか、それとも単純に風邪でもひいたのか。
とにかく一一僕にはただいま悩みがある。
「ちょっとぉクミ、あんたこんなとこで眠らないでよぅ」
「……」
ぐに、とカーペットでごろついていた僕の上にママの足が乗る。
微動だにしない僕にカチンときたのか、ぐにぐにぐにと足に力を入れて余計に踏んできた。
「なに?今日そんなに疲れることあったの?」
「ないと思うけど…」
今日はいつもと変わらない、なんてことない日常だった。
なのにいつもの5倍くらい疲れてる。
帰宅部だから部活もないし、普通に学校へ行って、友達ときゃあきゃあ騒いで…
「…」
ああ、気持ち悪い。
「ママ、僕アルツハイマーかもしんない…」
「なにいってんの、そんなわけ……アルツハイマーてなに?」
首をかしげる我が母、相談する相手をまちがえたようだ。
学年一位の頭脳を持つこの僕が、覚えてない。
今日一日のことを。
ぼんやりとしてて、靄がかかっているように、思い出せない。
学校で友達となにを話したか、習ったかは覚えてるんだけど…途中からすっぽりと抜けている。
気がついたら家のカーペットでごろついていた、という感じだ。
加えてこの疲労。
なにか下校中にしたのかな、鬼ごっことか。
でも足が痛いとかじゃなくって、全体的にだるいといった感じなんだけど。
「うぅ…なんかだるい…」
「部屋で寝てなさいよぅ、ここママの席なんだから」
え、初耳なんだけれど。
とにかくママに言われたのでのそのそと起き上がって、部屋に戻る。
置いた覚えのない学校用のリュックサックが置いてあって、また悩みを彷彿させた。
「…ん?」
そこに、虎のお守りを発見した。
これまたつけた覚えがない代物に、手にとって凝視してみる。
ふわふわもふもふの素材。
お守りの形はしているものの、どこの神社なのか記載されていない。
青い宝石みたいなのがセットでぶらついていて、結構綺麗。
「なんだこれ…」
持ってたっけ、こんなの。
妙に手になじむそれを握ったり広げたりして、弄ぶ。
うん、やっぱり記憶にない。
中身確認しちゃおうか、とも思ったけど、たしかお守りって中身開いちゃいけないらしいからやめる。
疲労のせいで働かない思考。
部屋のベッドにダイブして、トロトロと眠りに落ちる。
異常なほど眠かった。
翌朝、学校へ向かう途中に、己のものと同じものを目にして、驚愕した。
毎朝一緒に通学している友達のカレンが眠そうに広げた手のひらには、虎のお守り。
夏から秋に変わって寒くなってきたから、キャメル色のカーディガンをダボ気味に着ている。
それでもトレードマークの黒髪のおだんごは変えていない。首回り寒そう。
「カレン…これ、」
「昨日めっちゃ眠くって寝ちゃったのね?んで朝起きたらリュックについてんのに気づいてー…サンタさんにしては早いよねぇ、今まだハロウィンにもなってないのに」
「たぶんそれ朝にサンタが置いたんじゃないよ。
それ僕も持ってて…昨夜気づいたんだ」
ほら、と後ろにターンしてリュックの後ろを見せれば、え!とカレンの声。
「クミも持ってるの!?じゃー帰りにお揃いで買ったとか?」
2人揃って持ってる、ということはそう説明付けられる。
「かもな」
思ったより深刻じゃないのかもしんないな、このお守りの問題は。
それよりもまだ続く疲労の方が問題かも。今日現国小テストなのに。
おだんごを揺らしながら、カレンはため息をつく。
「やぁねぇー、2人して覚えてないとか…もう歳かもなぁ」
「おかしいな、まだ17なのに」
「最近お肌の調子も良くないしさぁ」
「僕そんなことない」
「けっ、クミはいつもそんなぷるぷるのお肌してさ?見せる相手もないのに」
「それはカレンもそうだろ」
「う、うっさい!私はねぇ、王子様を待ってんの!白馬に乗った王子様を!!」
ぎゃーぎゃー騒ぎ始めたので、耳を手で塞ぐ。うるさいカレン。
「もう…そのくっだらないお姫様願望捨てなよ。だからあんた高二にもなって彼氏できないんだよ」
「はぁあ!?それならクミだって…」
ぴたりと、カレンの行動が止まる。
何かに気づいたように目を見開いて、首をかしげた。
「どうしたのカレン」
「…ううん、なんかこっちずっと見てる子がいるから…」
指さす方向には、電柱━━否、男の子が一人いた。
珍しい薄い灰色のような髪色をしているのが印象的な、小1くらいの男の子。
大きい黒目を不安そうに潤ませ、やけに色の白い体を隠している。
「……!」
気づかなかった、全く。
こんな、こんな
「なぁんてかわいいんだぁあああ!!!」
こんな可愛い子がいたなんて!!
好みの男の子!それもやけに女の子っぽい顔立ちしてるから、男の娘!!
僕が叫んだせいでビクッと肩を上に上げて、オロオロしちゃう。
もう耐えきれなくなって走って男の子を腕に勢い良く収めた。
「可愛い!可愛い可愛い可愛い!なんだ?君は僕たちに用があるのでちゅかそうでちゅかー!」
全力で頬ずり。
嫌そうな顔をするのもまたよし、可愛い。
「な、なに…」
戸惑った顔をされて胸がきゅうんとうずく。可愛い食べたい。
「ごめんねぇ?クミは生粋の男の子…ショタ好きだから」
くびを傾げて話しかけてくるカレンを睨んだ。
「悪いか」
「悪いわ!犯罪者予備軍だわ!なに今の変貌っぷり…今までちょっとクールな僕っ子キャラだったのに、急に変貌じみた叫びをしたり悶えたり…」
そう。
僕の好みは俗に言うショタ、つまりは世間の汚れを知らないような男の子なのだ。
カレンのお姫様願望に比べたら現実的だ、犯罪者予備軍だけど。
「いや、問題ない」
腕の中の男の子はやけに凛々しくそう言って、僕を引き剥がした。
「少しおどろいただけだ。怖くなどない…」
と、言ってはいるがふるふると震えている。ツンデレくんのようだ。
またキュンキュン感じていると、男の子がケホンと可愛らしく咳払いして言った。
「私はカモという」
可愛い声で固苦しい言葉使い。
ギャップに驚きながら、「カモくん?」と訪ねた。
鴨だろうか。ネギ背負うやつ。
「ネギを背負う方じゃない。苗字だ」
「お名前は?」
どうせならお姉さんは苗字ではなくお名前が知りたいのだが。
「……カモだ」
「教えたくないのか」
ならば仕方ない、と思考を切り替え。
「付いてきてたようだけど、何か用かな?」
「ああ」
小さい顔でこくんと頷いて、じっと僕たちを交互に見つめて。
「お姉さんたちに、頼みごとがあるんだ。
放課後、お姉さんたちの学校の校門の前で待ってるから」
そう言って、僕の手のひらを小さい手で包み込み、僕を悶絶させた。
しかし、その手のひらが妙に冷たくて、そして力強くて。
僕をなぜか不安にさせた。
とにかく、疲労感が半端なかった。
3時間目を過ぎたあたりはもう限界で、眠くて眠くて仕方なかった。
うとうとと船を漕いで、ハッと起きるのを繰りかえす。
昼休みは寝ようと心に決めていた。
「すいませーん、塚田さんっていますか?」
…のに。
「クミぃー、呼ばれてるよ?」
カレンにもそう呼ばれて、仕方なく机に突っ伏していた頭をあげる。
塚田というのは僕の苗字だから、ご指名なのは間違いないだろう。
「………」
頭がクラクラする。
5時間目はもう保健室に行ってしまおうか。
ふらふらしながら僕を呼んだ子のもとへ。
「なに?」
「あ…の、ちょっと来てもらえますか?」
僕を見て顔を赤くして、目をそらす。
ああ…うん、なるほど、はい。
「わかった。いいよ」
スポーツはあまり得意ではないが、成績優秀でクールビューティーな性格ボクっ娘とくれば全国のおレズさんが黙っていない。
しかも彼氏なしときた。
これは向こうもおレズさんなのでは…と期待する女の子は少なくないのだ。
人気の少ない廊下の隅に案内され、しばし目線を彷徨わせ…ごくんと唾を飲んで、口を開いた。
「塚田さん…!
ず、ずっと前から憧れてて、その…女の子からなんて気持ち悪いかもですが、その…」
振られるの覚悟なのだろう、語尾を濁らせて小さくなっていく。
「……あー、ごめん、ね」
「ですよね…」
小さかった声が、また一段と小さくなった。
いっそショタコンだって教えてあげたら踏ん切りつくかな。いやないか。
「…まああの、気持ちわるくはないよ。僕男に告白されるよりも嬉しいから」
バッと顔を上げて潤んだ目で僕を見つめてくる。
「ほ、ほんとですか!?」
「うん」
嘘ではない。
だって僕好きなの男の子だし(小学校中学年まで!)
「あ、ありがとうございます!
本当に、えと、お話しできただけでも!」
「うん、僕も可愛い女の子の照れた顔が見れてよかった」
「ふぇ!?…あ、の…ええと…」
あ、たらしな発言してしまったかも。
真っ赤に耳まで染まって、今にも蒸気が出てきそうだ。
「わ、私3組のサチっていいます!何かあったら声かけてください!」
では!と言って逃げるようにダッシュでかけていく。
慰めるつもりが、もっと深くひっかけてしまった。
「はあ…」
とにかく、この全身の倦怠感を取り除きたかった。
5時間目はやはり保健室へ向かうことにした。
熱っぽい訳でもないし、なんなんだ…っと思いながら保健室の扉を開ければ。
「……」
絶句。
制服がガムテープまみれの女の子が、椅子に座ってぺりぺりとガムテープを剥がしているのだ。
文字にしてしまえばそんなたいしたことないけど、保健室にガムテまみれの女の子というのはかなり衝撃がある。
「ったく…ガムテープ貼るならきちんと外ずれやすしてくれればいいですのに…!」
なにやらプンプンと怒っているし。
スルーしようと思って保健室の先生を探すも、どうも見当たらない。
「あ…保健室の先生ならいませんよ…」
キョロキョロしてる僕にそう話しかけてくれた。
人見知りなのだろう、さっきの子と同じで、おどおどしていた。
メガネがよく似合う人だと思った。
前髪を右に流していて、僕よりもずっと長い髪を右にまとめて、三つ編みにしている。
なんとも弱そうな外見だ、ガムテはいじめられたのかもしれない。くわえて彼女巨乳だし。
「いない?」
「はい。先ほど切り傷を作ったとかで病院に運ばれた子がいて…それで」
背中のあたりのガムテが取れないらしく、うんしょうんしょと腰をくねらせた。
どんな事情があるかわからないが、放っては置けないので手伝ってやる。
「あ、ありがとうございます…」
「ねぇ、これなに?」
聞いちゃいけないのかもしれないが、いじめだったら許せない。
こんな女の子1人を寄ってたかっていじめるだなんて。それも制服にガムテなんて。
こんな卑劣なことする犯人は━━「あ、ご主人さまがやってくださいました」
「……………え?」
ようやく口が開けた。
「どMなんです」
それが何かしました?というように当たり前に言うので、しばらくなにも言えなかった。
「ああ…そう…なんだ」
「今回のご主人さまは生物の先生なんですけどね?
あの人生物準備室にヒナをガムテで縛って、放置するまでは良いんですけどぉ」
あ、いいんだ。
「いつまでたっても迎えに来ないし、言葉責めもいまいちだし…抜け出してきたんです」
「へぇ…さ、災難だったね?」
「はい」
ぷんぷんっ!と頬を膨らませるも、あまり共感できない。
あれかな、胸のサイズの違いなのかな。
「あの…ありがとうございました!」
がたんと立ち上がって、ぺこりとお礼する。
その時。
パサリと胸ポケットから生徒手帳が落ちてきて、僕の方が近かったので拾った。
見るつもりはなかった。
ただ、目に入ったのだ。
「あれ、これ…」
虎のお守り。
この子は黄色の玉だ。
それ以外は僕とカレン同様になにも変わらない。
「ああ、それ…
よくわかんないけどいつの間にか挟まってて…」
「どこで買ったとか思い出せない?」
「それが…昨日のことあまり覚えてないんです」
僕とカレンと一緒じゃないか。
驚愕していると、彼女のため息が聞こえてきた。
「いきなり朝っぱらから変な男の子に話しかけられるし…今日は本当に変な日です」
えへへ、と困ったように笑って、震えそうになった。
「ね…ねぇ、その子、灰色の髪色してなかった?」
「はい。確かお名前がカモくんとか…お知り合いですか?」
一致、している。
あのカモくんはこの少女のもとも向かったのだ。
「もしかして、今日の放課後もう一度って…」
「はい。校門の前で待ってる、とのことでした……あの、あなたもなんですか?」
「うん…僕もなんだ、それに、僕の友達も…」
「まあ…何なんでしょうかねぇ」
彼女はあまり気にしていない様子で、困ったように笑った。
一方僕は、言い表せない不安でいっぱいだった。
なにか、忘れてる気がするのだ。
この疲労感を感じる前、覚えてない区間に、何かあったはずなのだ。
ああ気持ち悪い、一体これはなんなんだ。
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