第10話

 推しの真剣な顔は格別ですなぁ〜。私はその表情をソファーの上で眺めていた。リチャード殿下は時折り、私の視線が気になるのか視線がかち合う。


 ――見てるのバレた。


「クク、遠慮せずに寝ていてもいいんだぞ?」

「先程、寝たので眠くありません」


 嘘だけど……あなたを眺めたいだなんて言えない。今は仲がよくても、来年になったらリチャード殿下は、ヒロインと出会い変わるだろう。

 

 推しを遠くから眺めて思う。私は自分の未来を変えたかったんだけどなぁ……彼が笑うたびに惹かれてしまう自分がいる。


 ――こんなんやわな気持ちで諦められるのかな?

 

 そう思った瞬間――お腹のアザの辺りに"チリッ"と痛みが走る。いつものムズムズ、むず痒いのではなく――チリ、チリとした痛みだ。


 チリッ。


「うっ」

「ミタリア?」


(なに、この痛み?)


「な、なんでもないです。それより……私はいつまでここに居ればいいのですか?」


「俺の執務が終わるまでかな。帰りたかったら、その扉から勝手に出ればいい」


 ニヤリと、口角をあげるリチャード殿下……もう私が元の姿に戻っても、獣化したままでも、執務室から出れないのをわかっているくせに。


「……意地悪だなぁ」

「クク……どうした?」


(もう、楽しそうに笑って)


「わかりました、リチャード殿下が終わるまで待ちます」


 ソファーの上でくるんと丸まった。執務机から『諦めたのか……フフ』と、また楽しそうなリチャード殿下の声が聞こえた。だけど、それに反論せずソファーで微睡んでいるうちに寝てしまった。

 



 ……バサバサ。


「あ――集中できん! そんな可愛い格好で寝るなぁ……ミタリア。俺の集中を削ぐな」


「ふへっ? ……格好? 集中?」


 リチャード殿下の声で目が覚める。……私はなんと殿下の豪華な上着で丸まって寝ていた。どうりで嗅ぎ慣れた、優しい香りがしていたんだ。


 ――この香り好き。もっと、この香りに包まれたい。


「クネクネするな、俺の上着の上で幸せそうに寝やがって、あとで、そのモフモフなお腹を後でいいだけ噛んでやる」


「噛むのはダメです、お腹がムズムズするから……」

「お腹がムズムズ? ミタリアもするのか?」


 と、呟いたリチャード殿下の声は、眠ってしまった私には届かなかった。


「なんだ、寝てしまったのか……(今、撫でたら怒るかな)」




♱♱♱



 ――なんだか、お腹が重い?


 お腹の重みで目が覚める。執務が終わったのかリチャード殿下が狼の姿で、私のお腹の上で寝ていた。


 ここは――見慣れたリチャード殿下の寝室。


「ん、起きたのか?」


「おはようございます。リチャード殿下はまた、私のお腹の上ですか……」


「ミタリアのモフモフ気持ちいからな。まあ、いつも触らせてもらっているから、触るか?」


(リチャード殿下のもふもふ⁉︎)


「えっ、触ってもいいのですか?」


 この驚きようは――殿下のたんなる冗談だったのか。

 余りの私の食い付きに少し引いた感じがした。


「やっぱり、いいです。もう、帰ります」

「むくれるな。さ、触ればいいだろう」


 と、私の前で寝そべった。私はすぐにさまピョーンと飛び殿下に背を向けた。黒猫だから……真っ赤になっていることは隠せてるけど。


(その無防備な姿は――さすがに照れる)


「ミタリア、触らないのか?」

「触ります――わっ、ふわふわ、もふもふ、なんて柔らかい毛なの? 私の毛とは違う感じがする……使っている石鹸が違うのね」


「そういうのはわかんねぇよ」

「羨ましい毛並みだわ」


 私は夢中でリチャード殿下を触った。

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