第6話

 リチャード殿下が、あのデートの日から変わった。

 優しいし、意地悪でよく笑って……困る、推しの笑顔は最強だ。

 

 ――好きになる、もう、なっているかもしれない。


 


「ミタリアお嬢様!」


 今朝もまた、ナターシャとの戦いが始まった。

 王城に登城するようになって、はや1週間がたった。


「いやです、お布団から出たくないですわ」


「ミタリアお嬢様……お嬢様はリチャード殿下の婚約者なのです。その、お相手の殿下に呼ばれております、決して断ることは許されません」


「ナターシャ、そんなことわかっています。『王族に楯突いてはならない』『楯突けば狼に狩られ、私たちは滅ぼされる』『王族の言葉は絶対だ!』でしょう?」


「そうです、おわかりのようですね」


 だからって、お父様とお母様はいつの間にか、前開きのドレスを大量に発注していた。いつもは大人しめのドレスだったのに……淡いピンク色まである。


 ――その色は……私には絶対に似合わない。と、思う。


 しかし、ナターシャは恐れていたピンク色を選んだ。

 そのドレスを着付けて、黒髪にピンクの花が付いた髪飾りをつけてくれた。

 

 終始、にこやかな両親、ナターシャに見送られて、登城したけどリチャード殿下は執務で忙しいらしい。だったら迷惑になると帰ろうとしして、私を迎えにきた側近ルリに捕まった。


「ミタリア様、リチャード様はここで待ようにとのことです」


「リル様……本当にここで待つのすか? 書庫、庭園のテラスではなくて?」

 

「リチャード殿下に、そのように伺っております」


 ――ちょっと待って、ここ、リチャード殿下の寝室じゃない。入っていいところではないって……いいえ、既に獣化した日に入ってしまっているけど……ここ1週間は書庫、庭園で過ごしていたのになぜ?


「…………(謎だろう?)」

 

「ミタリア様、リチャード様から『ミタリア嬢、好きに寛いで寝て待っていてくれ』と、伝える様に言われております。あと――お布団は干したて、シーツは洗い立てなので気にせずに寝ていいそうです。部屋に飲み物とケーキスタンドをご用意いたしました、遠慮なく召し上がりください」


 ふかふかお布団とケーキ……そこまで準備されているのなら入るしかない。


「わかりました、なかで待たせてもらいますわ。リル様、案内ありがとう」

 

「では、失礼いたします」


 リチャード殿下の寝室に入り、彼の部屋を見回した。

 すごい高級家具と天蓋付きの大きなベッド、薄水色のふわふわなお布団と桃のケーキがいくつも乗るスタンド――前はじっくり見れなかったけど……ここ、入っていい部屋じゃない。

 

 ――でも、ふわふわお布団が呼んでる……いや、ダメダメ。取り敢えず桃のケーキスタンドが置かれたテーブルに座った。


 チラッ


(ふかふかで、見て分かる生地のよいお布団だ……このまえ眠ったとき……気持ちよかった。あーダメ、ダメ)


 チラッ


(触るくらい、いいかな?)


 チラッ


(リチャード殿下は好きにしていいって言ったよね)


 ふわふわお布団に失礼しますと飛び乗った。

 前よりふかふかだ……私の体を包み込むふかふか具合と、干したての香りがするお布団。


「こ、これは堪らん」


 もみもみ、すりすり、今日は寝ちゃっても獣化しないからね。


 


 ♱♱♱

 

 


「ハァ、ミタリア嬢また獣化してる。ペンダントの金具を直すのを忘れてるぞ」


 リチャード殿下は怪訝な表情を浮かべて、ベッドのヘリに座って私を見下ろしていた。


「リ、リチャード殿下?」

 

「おはよう、気持ちよさそうにベッドで、ぐっすり寝ていたね」


(うっ、リチャード殿下の笑顔が怖い)


「ミタリア、前にも言っただろう。俺の部屋で気を抜くのはいいが、俺じゃない誰が部屋に来て獣化を見られたらどうする?」


「獣化を見たら? すみません、リチャード殿下」


 これに関して反論できない。


「ミタリアだって、獣化研究所になんて行きたくないだろう?」


「ヒィ、獣化研究所――リチャード殿下もその場所に行ったことがあるのですか? ……私も小さい頃に両親と行ったことがあります」


 獣化した者は1度、獣化研究所に連れていかれる。

 私も獣化したとき両親に連れて行かれた。そこで獣化の体を触られたり、隅々まで検査された。 


(いま思い出しても、その場所は恐怖しかしない)


「いや、検査は嫌です」


「そうか……ミタリアもあの嫌な検査を受けたんだな……だったら尚更、注意してほしい」

 

 リチャード殿下が怒るのも分かる。周りの獣化しない獣人たちに、獣化すると知られては他ならない。獣化は原種の血が濃い特別種。これまでに獣化をする獣人が誘拐され、人間の国で高値で売られたと聞いた。


 売られてしまったら最後。2度とローランド国には帰れず。生涯、獣化が解けない魔法付きの首輪を向けられて、観賞用として飼われるらしい。両親が、リチャード殿下との婚約を喜んだ裏には、王族に守ってもらえるという、意味もあるのかもしれない。


 このペンダントだってそうだ、他の人が見てもわからない加工で銀製で肉球の形をしている。でも、ひっくり返して裏を見れば、獣化を抑制する魔石が埋め込まれているのだ。


 リチャード殿下も一見お洒落な、銀製のブレスレットにしか見えないけど、内側に魔石が埋め込まれていると言っていた。


「呑気な、ミタリアは俺が目を離すと、すぐに変な奴に誘拐されそうだ……(ボソッ)やはり、俺がミタリアを守らないと」


「何か言いました、リチャード殿下?」

 

「いや、なんでもない。本当に気を付けてくれよ、俺の可愛い婚約者さん」


「か、可愛い?」


 素敵スマイルを浮かべ、手首につけたブレスレットを外して獣化した、リチャード殿下がまたもふんと顔を乗せた。

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