第5話
ヒロインにしか見せない獣化と、オオカミ姿のリチャード殿下が笑った。
可愛い、カッコいい……この優しげな瞳に癒されていたんだ――尊くて涙が出そう。
「どうした、ミタリア?」
「いいえ、なんでもございませんわ」
どうやら私は書庫で寝てしまったらしく、目を覚ましたら獣化して彼の寝室のベッドの上にいた。何故かわからないけど、リチャード殿下も獣化している。
――そして、婚約? それはまずい、リチャード殿下との婚約は私の死に繋がっている。私は邪魔をせず、遠くから眺めればそれでいい。
だけど、リチャード殿下はすでに書類を両親の元に送ったと言っていた、それを止めなくては。
「リチャード殿下、私のペンダントとドレスは何処にありますか?」
「なんだ、ミタリアは帰るのか? フフ、そこのテーブルの上に全部おいてあるよ……クク、無理だと思うが……早く、急いだほうがいいぞ」
楽しげに笑い、ベッドの上で優雅に寝そべるリチャード殿下。
「もう、リチャード殿下の意地悪。いまから獣化を解いて着替えるので、こちらを見ないでください」
また、彼は楽しそうに"わかった"と背を向けてくれた。
私はそれをみてから、ペンダントを着けて元の姿に戻り。ひとりでも着られる前空きのドレスを身につけ、最後に胸元のリボンを結び着替え終える。
「あらいけない、急用ができましたわ。リチャード殿下……私、ミタリア・アンブレラは帰らせていただきます」
外の騎士にも聞こえる大袈裟な芝居をした。急にリチャード殿下とのデートをやめて帰るなんて――前代未聞だ。
――不敬罪になる。
しかし彼は、その演技に愉快に乗ってきた。
「そうか、用事なら仕方がない……クク、では、また明日。ミタリアが来るのを待っているぞ」
――ぜったいに来ないわ、べーっ!
「おっ、そんな可愛いことをしていたら、間に合わなくなるぞ」
「うっ、リチャード殿下の意地悪イケメン狼!」
「クク、ハハハッ――!! ミタリアは面白いな」
「…………し、失礼します」
子供の様な悪口を言い残して、御者に馬車を飛ばしてもらい屋敷に大急ぎで戻った。リチャード殿下は婚約者になったと言ったけど、まだ書類のやりとりは終えたわけではない。
――私が先に屋敷に着き書類を受け取れば、まだ間に合うはず。
♱♱♱
私は御者に馬車を飛ばしてもらい屋敷に戻り、両親を急いで探すと、お父様とお母様は書斎にいた。
ノックをして扉を開ける。
「お父様、お母様!」
「あら、ミタリア、お帰りなさい。先程、リチャード殿下から、婚約申し込みの書類が早馬で届いたわ」
「良かったな、ミタリア。届いた書類にサインと判は押したからな」
(えっ、ええ――? 届いた書類に判とサインをした?︎)
間に合わなかった。リチャード殿下からの書類は私の馬車よりも早く、両親の元に書類を届けていた。
その、婚約の書類を見た両親は大喜びしたもよう。
――ま、間に合わなかった。
――リチャード殿下、仕事が早すぎ。
お父様の書斎机の上にある書類には両親の名前と、保証人の名前が書いてあった。保証人は……ご近所の虎叔父様に頼んだみたいで――あとは私のサインと判子を待つのみになっていた。
――ここまてきたら、婚約を断りたいなんて言えない。
「さぁ、ミタリア。書類のここに名前を書くのだぞ」
「ミタリア、早く書きなさい」
「……はい、お父様、お母様」
書いた書類を折り返しの早馬に渡して、今夜の夕食は婚約祝いのためか豪勢だった……両親は滅多に飲まない高級なワインを開けて。
「ミタリア、幸せになるのよ」
「リチャード殿下に沢山愛してもらいなさい」
「……はい」
(お父様とお母様は嬉しそう……でも、リチャード殿下には私ではないお相手がいる――)
な、なに? お腹がムズムズする。
ポリポリ……いきなりお腹がむず痒い?
(まさか、リチャード殿下ノミで飼ってる? いいえ、今日のリチャード殿下だったら『俺がそんもん飼うか!』て言いそう。いつもは澄まし顔で僕って言っていたはずなのに、急に俺に変わっていたし。そして、ヒロインにしか見せない獣化と笑顔、ゲームとは違いオオカミの姿で笑っていたわ)
素敵だった――あ、庭園から持ってきた木の葉を、あとで栞にしなくっちゃ。
「いやぁーめでたい、めでたい!」
「ほんと、めでたいわ!」
喜び、両親はワインを一本を仲良く飲み干して、食堂の空いたスペースでダンスを踊りだした。
(……お父様とお母様はいつまでたっても仲良い。前世の両親も仲が良かったな――前世甘えれなかった分、婚約破棄するまでたくさん甘えよう)
ダンスを楽しむ両親に『疲れたから、先に寝ます』とお断りを入れて部屋に戻り。ナターシャにお風呂の準備をしてもらった。
脱衣所でドレスを脱いで驚く。姿見に映る自分のお腹の右下に今朝までなかった、赤いアザの様なものができていたのだ。
――これが、むず痒いもと?
このお腹にできたアザが気になって、お風呂を楽しめなかった……それは、大好きなお布団に入ってからも続いた。
ポリポリ――むず痒いんですけどぉ!
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