第2話
走り出した馬車の内装が、以前とは変わっていた。こ、この馬車のベンチシートに敷いてあるのは、ふかふかお布団だった。
これは登城を嫌がる私のために両親が考えたのだろう。すぐさま私はナターシャが整えた髪、ドレスを気にせず飛び乗り、もみもみ、すりすり、ふかふかお布団にくるまった。
――むふふ。お布団、最高!
屋敷から馬車に乗ってから3時間――ふかふかお布団とゆったり馬車に揺られて、私は時刻通りに王城へと到着した。
御者に外鍵を外してもらい馬車を降りて、城内への出入り口に向かうと、去年と同じくリチャード殿下の側近――犬族のリルが待機していた。
このリルは乙女ゲームだと……リチャード殿下との婚約破棄後に広間から逃げだそうとした、悪役令嬢ミタリアを足音なく捕まえる場面がある。――彼はかなり腕が立つ、リチャード殿下の忠実な側近だ。
――茶色のふわふわな髪と瞳で、みためは優しげなのに。と彼に近づき。
「ごきげんよう、リル様。リチャード殿下はどちらにいらっしゃるのかしら?」
淑女の挨拶をする。リルも胸に手を当て挨拶を返して
「こんにちは、ミタリア様。リチャード様は庭園でご到着をお待ちになっておられます」
リルに庭園へと案内され、テラス席で待つリチャード殿下の元へと向かった。彼は乙女ゲームと同様――好物のアールグレイの紅茶と、お肉を使ったサンドイッチが置かれていた。
庭園にときおり吹く風に白銀の髪と耳、尻尾を揺らし、紺色のジュストコールを身につけ優雅に本を読んでいる。
2次元ではなく、3次元……いつみても推しは素敵だ。
でも、乙女ゲームと同じでリチャード殿下は社交辞令以外の笑顔はみせない。彼をほんとうの笑顔にするのは……悪役令嬢の私ではなくヒロインなのだ。
毎年、推しと過ごすこの時間は鼓動が跳ねる。
推しのリチャード殿下を見ていたいけど逃げたくなる。――だって彼は前世で仕事疲れの私を癒してくれた……神のような存在だ。
――ああ、今年も尊い。
「どうなされました、ミタリア様?」
「え、あ……リル様、案内ありがとうございます」
「いいえ。ミタリア様、ごゆっくりリチャード様とのデートをお楽しみください」
「えぇ、楽しむわ」
リルと会話を交わして、私はテラス席にいる殿下に近付き会釈した。
「ごきげんよう、リチャード殿下」
「こんにちは、本日はミタリア嬢の番かよろしく。さて、君は僕と、どんなデートがしたい?」
リチャード殿下も毎月、毎月、5年もの間――同じことをしているためか、対応はなれたものだ。
「そうですわね。……テラス席、庭園のベンチ、書庫で読書をするのはどうですか?」
そう告げれば王子は目を細めて"またか"といった表情をする。それもそうだろう私とのデートは毎年、変わりなく同じなのだから。
「ミタリア嬢――この5年間もの間、君とのデートは毎回読書だが? 他の候補者のように、君は僕と別のことをしたいと思わないのか?」
「え、……他の候補者と同じこと?」
婚約者候補者とのデートを嫌っている、リチャード殿下にそう言われるとは思っていなかった。
毎月、何処か主催で行われる――自慢会という名の婚約者候補が集まる、お茶の席で話を聞いています。ほかの令嬢は乗馬デート、庭園手繋ぎデート、王都デート、遊覧船デート、花見デートをしたと、頬を染めて話す令嬢をみてきた。
何度も言いますが。私、推しは遠くからながめていたいタイプなんです。
「そんな……恐れ多いこと。リチャード殿下、私とのデートを読書デートにすれば誰にも邪魔をされず、お好きな本をデートのあいだ読めますわ」
と、殿下に笑みを絶やさず伝えた。
「うむ、書庫で好きな本を邪魔をされずに読めるか……最近、執務で忙しかったからな……良い、息抜きになるな」
――少し、口角があがったわ。
私は乙女ゲームで、リチャード殿下は読書好きだと知ってる。デート時間を読書の時間にすれば、本を読むリチャード殿下をコッソリ盗み見られる――私とっては至福の時なのだ。
――推しの、邪魔をせず。
――推しが、幸せになることが最大の願い。
「ええ、息抜きになりますわ」
そう伝えれば、リチャード殿下は"じっ"と私を見た後にため息をついた。
「ハァ……それでいいよ。本日のデートの場所は書庫で読書だ。ミタリア嬢は書庫でゆっくりしていてくれ」
「はい、喜んで!」
「その前に……ミタリア嬢の髪に葉がついている」
――え?
リチャード殿下の手が近付き、私の髪に触れて髪についていた木の葉を取ったくれた……ああ、そのリチャード殿下がふれた葉っぱを持って帰って栞にしたい。
(見つからない様に拾っとこ)
「リチャード殿下、ありがとうございます」
と、書庫に移動して、本日のデートが始まった。
――2人きりだわ……まあ書庫の外には警備騎士はいるのだけど。
書庫の奥の机にリチャード殿下が座り、その隣ではなく離れた位置に私は座った。ここだと"コッソリ"リチャード殿下の横顔がおがめる――絶好のポジション。
「リチャード殿下、私は時間になるまで、邪魔をせず、おとなしく、この場所で大人しく本を読んでいますわ」
「……あ? あぁ、分かった」
ふうっと、殿下に何度めかのため息をつかれても、見て見ぬ振りをして、選んだスイーツの本を読んでいた。
――フフ……本を読む姿もステキ。
――ずっと、眺めていたい。
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