第3話

 ――もふ。


 もふ、もふん?


 もふもふ……と顔は気持ち良く。お家のお布団よりもふかふかで触り心地もいい。これは憧れの高級お布団、そばにある毛並みのもふもふもいい。


 毛皮? まって、もふもふが温かい?

 え、ええ? このもふ、もふ。


「これ、本物の毛皮⁉︎」


 パチっと目を覚ましたとたん、頭上から大きなため息が聞こえた。


「ハァ……やっと、目が覚めたかミタリア嬢。君は先ほどからなんて大胆な寝相なんだ。このオオカミの僕に襲えといるのかな?」


 天蓋付きの高級ベッドで猫の姿で眠る私と。

 隣にシルバー色の毛並み、大きなもふもふの狼が仲良く寝そべっていた――先程まで、リチャード殿下と書庫デートをしていたはず、だと辺りをキョロキョロ辺りを見渡した。


 ここが、どこだかわからないけど誰かの寝室だ。


「どうした、ミタリア嬢?」


「書庫でご一緒だった、リチャード殿下がいらっしゃらないの。それに……あなたはどちらのオオカミ様でしょう?」


 誰だと首を傾げた私にオオカミは目を細めて、大きなため息を吐き、私のお腹に"もふん"と自分の顔を乗せた。


「ミタリア嬢は忘れたのかな? 僕はオオカミ族の王子なんだけど」


「ええ、リチャード殿下⁉︎」


 ――そうだった。リチャード殿下はオオカミ族――乙女ゲームの中でヒロインのそばで獣化していた。ヒロインとヒーローが仲良くお昼寝するスチルが好きで……スマホの待ち受けにしていた。


「す、すみません……まさか、ペンダントが外れるなんて思わなくて、動揺してしまいましたわ……」


(獣化を抑制するペンダントって高価なものだから、なかなか買えない代物……長年使っていたから留め金が壊れて、書庫で偶然にも外れたのかも)


 そして、リチャード殿下は獣人してしまった私を書庫から、見つからない様にここまで運んでくれた。


「すみません、お手数をおかけしました」

 

「別にいいよ。獣化は特別種族となると、君が……ミタリア嬢が僕のつがう相手か……」

 

 と、殿下は呟いた。

 

 違う――リチャード殿下の番は私じゃない。

 私は脇役、ただの悪役令嬢だ。


「違います、私は獣化をしますが……リチャード殿下のつがう相手ではありません――絶対に違いますわ」


 違うとハッキリ伝えた。

 だって、あなたは来年の春――入学式に"運命の番"のヒロインと出会えるのだから。


 2人が出会うイベントだって、何回も見たからおぼえている。


 


 入学式後――ヒロインは庭園の片隅で震えていた。


『ん? こんな所に白兎?』

『ヒィッ、お昼寝をしていたらいつのまにか……兎に』


 目を覚ましたら、白兎の姿になっていたことに驚くヒロイン。


『お前……自分が獣化する事を知らないのか?』

『ふえ、獣化? 獣化って、なんですか?』


 コテンと首を傾げた。


『本当の様だな……ここにいては危ない。とりあえず私の休憩室に行こう』


 このあと関係者しか入れない休憩室に行く。

 その出来事の後から、リチャード殿下はヒロインが気になりはじめて――いつしかそれが恋に変わる。


(乙女ゲームでは獣化が2人の恋のきっかけを作るのよね……って、今の私もその状態じゃない)


 ――よし、帰ろう(逃げよう)


「リチャード殿下……そろそろデートの終わる、時間ではありませんか?」


「いや、まだ終わるまで一時間はあるぞ。――クク、ミタリア、逃げようたって逃がさん。デートの時間が終わるまでミ僕のふかふか枕な」


「ふかふか枕? だめです、婚約者でもないのに2人きりでいるのもまずいです――それに、恥ずかしいですわ」


 本音を言った私に"ククッ"と、リチャード殿下は意地悪な笑みを浮かべた。


「今更なんだよ、ミタリア。書庫で大胆な寝姿を見せたくせに」


「呼び捨て? だ、大胆な寝姿? ……嘘」


「嘘ではない。大胆な寝相だったから、お陰で俺は色々と見てしまった。その責任を取らないといけない……ククッ、明日から毎日、俺に会いに登城して来い」


 ――毎日、登城?


(推しに毎日会うなんて、心臓がもたない)


「リチャード殿下、毎日、登城は無理な話ですわ……殿下も執務でお忙しいでしょ?」


「確かに忙しいが――ミタリアに会う時間くらい作れる。そうだ言うの忘れていた、ミタリアが気に入ったと父上に伝えて、婚約の承諾をもらった」


「婚約の承諾? えぇえええ――私がリチャード殿下の婚約者?」


「そんなに嬉しそうに喜ぶな」

「よ、喜んでおりません」


 力いっぱい殿下の胸を押して離れようとしたけど、猫とオオカミの体格差では無理だった。リチャード殿下に逃さないと前足に捕まった。


「フフ、ミタリア逃さないよ。……やっぱり、お前は面白い」


 あはははっ、と。楽しげにリチャード殿下が笑った。

 それは――前世、仕事に疲れた私を癒してくれた、リチャード殿下の笑顔だった。

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