第1話
ここは『獣人国ローランドの恋物語』大好きな乙女ゲームだった。
この国の獣人たちは"運命の相手"と出会うと、体の何処かに紋様が浮かぶ。
記される紋様の場所は左薬指の付け根、手首、胸元などに現れてるらしい――その紋様は番の証となる。
――乙女ゲームだと2人の種族、オオカミとウサギが寄り添う紋様だったな。
私の推し。第一王子のリチャード・ローランド殿下もお年頃となり、国王陛下は国一番の占い師を城に呼び。リチャード殿下と相性がよい、貴族令嬢を婚約者候補として12人選んだ。
やはり、その候補者の中に私も選ばれている。
乙女ゲームのとおりだと……私はリチャード殿下の婚約者に選ばれる。そうならないよう私は他の婚約候補者の影に紛れて――推しを遠くから眺められればそれでいいと、思っていた。
程なくして婚約者候補たちが集められた、王城主催のお茶会の席で、陛下は私たち婚約者候補に"番の紋様"がでやすい、満月の日にリチャード殿下と候補者一名がデート"をしてもらうと告げた。
『父上、その話は聞いておりません!』
『もう、決定事項だ――』
驚く、推しのリチャード殿下と、湧き立つ候補者。
『まあ、リチャード様とデート!』
『ステキ、着る物を選ばなくちゃ』
『リチャード様を1日、独占できるのですね』
(年に一回だけど、1日リチャード殿下を独占できる――なんて眼福)
そして――私が割り振り当てられたのは七月だった。
♱♱♱
――それから時が経ち。
リチャード殿下の婚約者候補に選ばれて――早、五年の年月が経ち15歳になった。私を含め、ほかの候補者の中に紋様が出た令嬢はいないため、私達はリチャード殿下の婚約者候補のままだった。
やはり、つがいの証の紋様は乙女ゲームと同じく、ヒロインではないと浮かばない仕様なんだ。そして、ついにくる。来年は乙女ゲームが始まる、スズリア学園がはじまる。
初夏の7月。
今夜は満月。
早朝、アンブレラ公爵家では悲鳴が上がった。毎年7月は――私とリチャード殿下とのデートの日。
来年になったら学園でヒロインと出会うから、デートも今年で最後になるだろう。だけど……年々、素敵になるリチャード殿下を好きになりすぎて、あきらめられなくなりそうで、怖い。
――私が彼に恋をしてしまったら?
嫉妬でヒロインを傷付けて、最後に死が待っている。できればお会いしたくないと――毎年、無理な抵抗をしていた。
「いやです……お腹が痛いので、今日の登城は中止にいたしますわ」
私――ミタリア・アンブレラ(15)は腹痛で、お布団から出る事を嫌がり。メイド――白猫のナターシャ(25)を困らしていた。
もちろん腹痛は真っ赤なウソである。
「ミタリアお嬢様、本日は年に一度のリチャード殿下とのデートの日です。大人しくペンダントを付けて、獣化をお解きしましょうね」
「嫌です、ペンダントはつけませんわ!」
毎年の恒例行事――リチャード殿下とのデートを嫌がる私を、子供をあやすように宥めるナターシャ。
「お嬢様も15歳、来年は成人を迎えるのです。いつまでも、子供ような文句ばかり言わず。さっさと、入浴をすませて登城の支度をいたしましょう」
「私、お風呂は……昨日の夜にはいりました」
「……ええ、お手伝い致しましたので知っております。しかし、この国の第一王子リチャード・ローランド様とお会いする日です。身も心も綺麗にしなくてはなりません。さあ、ペンダントもお着けてください」
「どうしても登城しろとおっしゃるのなら……獣化のまま行きますわ!」
「ミタリアお嬢様、おかしなことを言わないでください、賊に狙われます!」
「フフ、冗談です」
「ミタリアお嬢様!」
"獣化とは?"猫本来の姿になること。
ローランドでは稀に原種の血が濃く、獣化してしまう子供が生まれる。私は……大昔のご先祖の誰かのおかげで原種の血が濃いのか、獣化する"希少種の獣人"として生まれた。
だけど、乙女ゲームのミタリアは獣化していなかった、ここがゲームと違うところだ。
メイドのナターシャに猫のように"ふぅーっ"と威嚇して、爪をたて"布団を離さない!"としがみついた。
「ミタリアお嬢様、その手をお離してください!」
今宵は原種の血が濃くなる満月――この日、リチャード殿下のお相手となる者に番の証――王家特殊な紋様が浮かぶと予想されている。
しかし選ばれた。どの令嬢にも紋様が浮かばなかった。――国王陛下、大臣達はもう1年、1年と伸ばして5年の月日が経っていた。
――来年になればリチャード殿下の番となる。ヒロインが学園に入学するから、婚約者候補は解消するだろう。
「ミタリアお嬢様はリチャード殿下のことが、お好きではなかったのですか?」
「それは子供の時の話です。いまはお布団が一番好き。私、将来、このふかふかお布団と結婚しますわ」
「お布団と結婚? おかしなことを言わないでください!」
ナターシャと、意味のない言い争っていた。
コンコンコンと部屋の扉が叩かれ、お父様とお母様が部屋に入ってくる。
「ミタリア、王城に出発する時間だぞ」
「ミタリア、去年と同じ事をやっているの!」
塔城の時間が迫り、両親がナターシャの助っ人に来てしまった。サリーヌお母様とアサンお父様……逃げられないと悟り、お布団に爪をたてしっかり握った。
「ミタリア、毎年、毎年、いい加減にしなさい! あなたもそんな所でみていないで、手助けしてちょうだい!」
「いや、サリーヌ。ミタリアが登城を嫌がっているんだ……無理矢理はいかん」
「何をおっしゃっているの? リチャード殿下との"デートの日"に遅れるわけにわいかないでしょう?」
「そうだが……」
お母様の迫力に押され、タジタジなお父様。
「ミタリア、いい加減にお布団から手を離しなさい!」
「離しません、無理な話ですわ」
埒があかないと、お母様は獣化を解く(獣化解除)魔石が埋め込まれた魔導具のペンダントケースをナターシャから受け取った。
このペンダントを掛けられると、獣化が解けてしまう。獣化が解けると逃げ足が遅くなって捕まる……それがわかっているから逃げ回った。
「ミタリア、いい加減に観念しなさい!」
「嫌ですわ……オフッ!」
ナターシャに捕まり、彼女の巧みな技で猫のままお風呂に入れられた。お風呂から出てくる私の前に観念しなさいと……ペンダント、ドレスが用意されていた。
今日はリチャード殿下を間近くで拝める、最後のデートの日。ーー観念して、私がペンダントをつけたのを見て、ナターシャはサッと前開きのドレスを着せて、馬車に放り込んだ。
馬車に乗った途端、ガチャリと逃亡防止の外鍵をかけられる。
ーーえ? いつの間に馬車に外鍵がついてるぅ。
私を見送りにきた、両親とナターシャは疲れき出ているが一仕事が終わり、みんなは笑顔だ。
「ミタリア、いってらっしゃい」
「頑張るのだぞ!」
笑顔の両親に、私は馬車の小窓を開けて反論した。
「お父様、お母様、外鍵はやりすぎですわ!」
「何をおっしゃい、あなたが逃げるからでしょう」
「…………うっ」
「いってらっしゃいませ、ミタリアお嬢様。お好きな桃のシャーベットを作って、お帰りを待っておりますね」
みんなに見送られ、私を乗せた馬車という名の監獄は王城に向けて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます