07話

「さて、そこで寝ている兄ちゃんは放っておいて帰りましょうか、勉強をしなければいけませんからね」

「そういうわけにもいかないだろう、起こしてやってくれ」

「仕方がないですね……」


 勉強中毒……とまではかなくても勉強仲間ができたのはいいことだと言える、家族でも他の誰かでもいいから付き合ってくれる相手がいるのは大きい。


「起きて、早く起きないとすいと二人で帰っちゃうよ――うん、駄目みたいですね、でも僕は実際にこうして行動をしたわけですから認めてくれますよね?」

「先に行っていてくれ、私が起こす」

「すぐに来てくださいね」


 当たり前だ、せっかくやる気になってくれているのにこんなところで時間を消費するのはもったいない。

 普通の方法、揺らしても声をかけても起きないということであれば物理的な手段で起こすしかないということで耳に触れてみた。

 場所はどこでもよかった、私はただ素子から手が冷たいとよく言われる人間だったからしてみただけのことだ。


「起きないな」


 放課後になってからここでずっとお喋りをしていたわけではない、それこそ三十分も経過していないのにある意味すごい能力だと言える。

 それからも色々と挑戦してみたものの、起きてくれる気配がなかったので隣の椅子に座って待つことにした。

 なんかこれだと普段は素直になれない分、相手が寝ているときに自由にしている人間みたいに見えてしまうから仕方がない。


「すい、起きろ」

「……またこのパターンか」


 だが今日はまだ明るいままだった、だからその事実にほっとする。


「寝ているすいを見たら眠たくなったけど我慢したぜ」

「そうか……あ、銀が怒っているかも――」

「別に怒ってはいませんよ、起こす側の人間が寝てどうするのかと言いたいですが」

「す、すまない、だが銀河が起きてくれなくてな」


 流石の私でもあれ以上触れることはできなかったし、大声を出すのも違ったから仕方がないと考えてほしい。

 放課後で勝手に待って起こそうとしたのはこちらだから銀河が悪いわけでもない。


「あとこの人、仕返しとばかりにすいの体を自由にしようとしていましたからね」

「はは、銀河に限ってそれはないだろう、手を繋ぐ程度で恥ずかしがっていたぐらいだぞ?」


 ないない、もしそれが本当なら起きているときにしてこいと言わせてもらう。

 何度も言っているように私は姉だ、そのためある程度は身内の内にあるそれを発散させてやらなければならないと思う。

 義理ということでまだまだ慣れていないということなら尚更だな、余程のことでなければ多少は言うことを聞いてやってもいい。


「まあそれは嘘ですけど困っていたのは確かですね」

「すい、なんか弟が俺に冷たいんだけど……」

「気にするな、気恥ずかしいだけだ」


 とはいえこうなってしまえば歩きながらでも会話ができるから荷物を持って三人で教室をあとにする。

 楽しそうにお喋りをしつつ歩いている二人を見て結局形だけの冷たさだということがよく分かった。


「っと、急に足を止めてどう――」

「ずっとこうしたかったんです」


 見た目以上に力強い、だがそのことよりも抱きしめられたことに困惑する。

 最初から私のところばかりに来ていた銀河がするならともかく彼がしてくることがよく分からないからだ。

 だからすぐに離してもらった、それから額を軽く叩いて誰にでもするべきではないぞと言わせてもらう。


「他の子にはしていませんけどね」

「仮に銀の言っているようにしていなかったとしてもだ」

「沖田さんの家に泊まったりしたからですか?」

「別にそういうのは自由だ、だが中途半端なことをするなと言っているだけだよ」


 あっちもそっちもこっちもと気になった異性全員に対して踏み込んで期待をさせるなということだ。


「それとも兄がいいからですか?」

「まあ、銀がこういうことをしてくるよりは銀河がしてきた方が違和感は少ないな、私が拒絶をしても『すい』と話しかけてきた人間だからな」


 だがまあそれすらもただの勘違いというかただ寂しかっただけに過ぎないのだろうが、黙ったままの兄の方を見て内で笑う。

 嫉妬とかそういうことはしないから自由にやってくれればいい、誰かと付き合うことになったらおめでとうと言わせてもらう。

 義理とはいえ家族と付き合うよりは他の女子と付き合う方が健全で、全く興味がない仕事が大好きすぎる二人であってもそう言うはずだ、いや、親としては言わなければならないところだ。


「僕は血の繋がった家族であっても好きになったら関係はないと思っていますよ」

「そういう人間だって中にはいるだろう」

「で、兄を煽るためだとかそういうことではありません、適当にやっているわけでもありません」

「そうか、本人である銀がそう言うのならそうなのだろうな」

「だから諦めませんよ」


 諦めないのはいいが兄とぐらいは仲良くやってもらいたいものだ。

 二人が冗談ではなく本気で言い合っているところを見たくはなかった。




「嘘くせえ、すい的にはどう見える?」

「銀の笑みが嘘くさいということなら同意する」

「え、基本的にあんな感じだぞ?」

「なら兄が相手でも本当のところを見せていなかったということか、重症だな」


 恐らくどんなに努力をしようが本物のそれを見ることはできない、少なくとも高校生でいられている間に見るのは不可能だ。

 無自覚か意識してか作られた顔でいる人間に心を開く人間はいない。


「つか早速破っているよな、だってもういねえじゃん」

「私としてはその方が落ち着くというものだ、面倒くさいのは銀河だけでいい」


 冷静に自分を見る時間というのが増えて駄目なところが把握できた。

 残念だからこそ二人を相手に上手く動くことはできない、どうしても時間の長さ的に変わってくる。

 急に消えるのも影響してくる、その点で言えば離れなかった彼は違うのだ。


「おまっ、……でも嫌ではないってことか、なら問題ないな」

「はは、貴様も重症だな。だが貴様は最初からおかしい分、違和感がないからこちらとしては楽だ」


 家族として友達みたいにいるのもいいし、踏み込もうとしてくるなら抵抗せずに受け入れてもいい。

 一人でも問題ないが結局のところは安定して一緒にいられる人間というやつを求めてしまっているからこういう考えにもなる。

 受け入れることでいてくれるなら、死ねとかそういうこと以外は……なあ。


「おかしいか、家族になったら仲良くしようとするだろ……って、前もこんな話をしたよな」

「したな」

「時間が経過しても同じやり取りをしているって面白いよな、少なくともあっちの家ではなかったよ」


 狭い家でどうしても顔を合わせなければならない空間で仲良くやれていなかったら最悪だな、想像をするだけで震える。


「そもそも重症だったか、これだと一人にした瞬間に消えてしまいそうだ」

「そこまで弱くはねえけど相手をしてくれるということならありがたいよ」

「よしよし、よく一人で頑張ったな」

「子ども扱いするなよ……」

「もういい、一人で無理をするな」


 一人だけでも私にとっての素子的な存在がいてくれたのだろう、そうでもなければ早々に潰れている、それかもしくはやばい奴になっていたか……というところか。

 暴力を振るう銀河というやつを想像してみたが凄く似合わなかった、銀河は異性に気に入られようとへらへらしているぐらいがお似合いなのだ。


「……その顔はやめろ」

「どういう顔をしているのかが分からないな」

「真似か? すいは意地が悪いな」

「本当のことを言っているだけだ、そろそろ帰ろ――帰ろう、そうしないと銀に襲われてしまう」


 信じてもらいたいのであれば急に表れる、消える癖を直さないと無理だ、頭がお花畑な恋愛脳の人間相手ならできるかもしれないが私相手なら無理になる。

 もっともただの冗談だろうから自分相手に相手が一生懸命になっているなどと考えることはしない、だからどうしようと影響はなにも受けない。


「問題を解決してきたんですよ、これでやっと本当にすいに集中できます。というわけですい、今週の土曜日は付き合ってください」

「どこに行きたいのだ?」

「そうですね、この県の遊園地、なんかどうですか?」

「すまない、遊園地クラスは無理だ、お金は貯めているがあっという間に減っていくそれを見ると冬でもないのに震えるのだ」


 入場料が高すぎる、ついでに言えば体力がないから乗り放題だったとしても大して意味もなく終わってしまう。

 最後まで乗り切れる自信がある人間だけが行くべきだ、ついでに言えばそこに行くまでのお金もかかるわけだからダメージというのは二倍にも三倍にもなるのだ。


「確かに高いですね、それなら……」

「ゲーセンとかでいいだろ、金を使いたくないなら家でゆっくりするのもいいな」

「兄ちゃん――兄さんには関係ありません、土曜日は付いてこないでくださいね」


 兄を煽るため、積極的にさせるためだということなら銀の行動は効率的だった。

 煽られれば我慢をしていられない人間だろうから銀河に限って言えば正解だと言える、だがやりすぎも危険だ。


「あーあ、付いてくるなって言わなければ行かなかったのに馬鹿な奴だな」

「兄さんよりも賢いです、テストの結果で泣きついてくるのは兄さんの方じゃないですか」

「勉強ができればいいってわけじゃねえんだよ、それにそこはイコールとして繋がっていないだろ。結局、どんなにちやほやされようと弟は弟ってところだな」


 んー……ま、まあ、銀が全ての要素で銀河に勝っているというわけではないから間違っているとは言えない……と思う。

 だが自信過剰なのは少し不安になる、本当のところを知ったときに思わず穴が掘ってしまいたくならないようにしておいた方がいい。

 アピールをしていくのは大事ではあるが、ある程度は謙虚でいないと……。


「すい、土曜日はよろしくお願いします」

「あ、ああ」


 この前のことを思い出して自爆していた。

 そういうのも影響して土曜に上手くやれる自信はなかった。




「こんな場所があったんですね」

「意識しなければこっちには来ないからな」


 林を抜けた先にあるやたらと広い場所というだけだが自宅がある向こうとは違い落ち着く場所だった、落ち着こうとしなくても勝手にそうなってしまうというのは面白い場所と言えるのではないだろうか。


「なるほど、ここで食べるために作ってきたんですね」

「ああ、外食もいいがたまにはこういうのもいいだろう?」


 お弁当は作り慣れているから全く苦ではなかった、それどころか予定よりも一時間ぐらい早起きして作り始めたぐらいだ。

 七月ということで傷まないか少し不安だからなるべく早く食べてもらいたいところだと言える、結構移動するのに時間がかかったから自然とこの話に持っていけたのはよかった。


「でも量が多くないですか? 僕もすいも小食ですけど……」

「余ったら銀河に食べてもらうからいい、銀がもういいなら食べよう」

「それならすいが食べなかった分、全部食べますね」

「意地を張ったところで調子が悪くなるだけだ、ここにはいないのだから意識する必要はない」


 嘘だが――あ、通話状態にしてあるというだけで嘘とも言えないか。

 ちなみに私が勝手にしているわけではないから勘違いをしないでほしい、余程のことがない限りはこんなことを頼まない。


「いまは……十一時になったところですね」

「そうか、少し早いがいいだろう?」

「ずれているのかもしれないのですいのスマホを見せてください」

「な、何故だ? 相当のことがない限りはずれたりはしないだろう」

「一応ですよ一応、いいから貸してください」


 忘れたということにはできない、何故なら道中で確認をしてしまったからだ。

 まあでも私が怒られるわけではないからと渡したら「酷いですよ」と言われてしまう、これで怒られることの方が酷い、理不尽なことのような気がした。


「これは終わるまで預かっておきますね、あ、電池がもったいないので切っておきますね」

「好きにすればいい、それより早く食べてくれ」

「はい、いただきます」


 姉として弟にぐらいは強気に出られなければならない、次も同じようなことをされたら動こうと決める。

 それより食べていたら眠たくなってきた、この前、来た瞬間にと言ってもいいぐらいの早さで寝た銀河を馬鹿にできない結果だった。


「眠たいんですか?」

「……早く起きてこれを作ったからな」

「食べさせてもらっているこちらとしてはありがたいですけど、僕としては普通に相手をしてもらえた方がもっと嬉しかったです」

「はは、悪いが少し寝てからでもいいか?」

「分かりました、なら一時間後に起こしますね」


 三十分……いや十分でいい、それだけ寝ればすっきりする。

 特に汚い場所でもないから寝転んで目を閉じる、で「汚れてしまいますよ、僕の足を使ってください」という銀の声が聞こえたときのことだった。


「や゛、やっとみつけた……」


 と限りなく低い声が聞こえてきたのは。

 目を閉じていたから素子だと分かっても怖かった、心臓が無駄に活発的だ。


「銀君、私は君を諦めない、すいがライバルでも勝ってみせるよ」

「沖田さんしー、今日は早起きをして眠たいんだって」

「早起き? あ、お弁当を作ったんだ」

「自分のためでもあるけど僕のために作ってくれたんだ」


 サンドイッチなんかを作ったのは完全に自分のためだ、普段はお米派でパンはほとんど食べないからこういうときぐらいは食べたかったのが大きい。

 だがまあ自分のためにしたその行為で銀も喜んでくれたということであれば嬉しいな、にこにこしているから勝手にそのように考えてしまおう。


「ぐっ、だめだめ! 私は負けないんだから!」

「ちゃんと付き合うからすいが起きるまでは――あれ、もういいの?」

「ああ、それより素子を優先してやってくれ」

「ははは、そうだね、そうしようかな。だってほら、あそこに我慢をしきれない子がもう一人いるみたいだし、なによりここまで頑張ってくれている女の子を放置するわけにもいかないからね」


 ちなみにその我慢をしきれない子とやらは頭を掻きながら近づいてきた、それから横に座って「これ美味しいな」と勝手に食べていた。

 ふっ、やはり私には銀河ぐらいの緩さが丁度いい、それになによりライバル的な存在もいないから落ち着ける。


「お、おい、ちょっ」

「来てくれてありがとう」

「……卵がつくぞ、落ちなくなるぞ」


 その場合は必死に洗えばいい、それもいまなら楽しめる。


「つかさ、すいも正直に言って銀みたいなもんだよな、男をとっかえひっかえしていてさ」

「おかしいな、その割には会話ができる異性の友がいないのだが」


 求められたこともない、多分この先も銀河みたいな変人が表れない限りは変わらないままだ。

 普通の女子をやっている身としては少しもったいないことのように感じるが踏み込もうとしてくる異性がいなかったのだから仕方がないのだ。


「誘いを受け入れて普通に付き合っておいて俺が来た瞬間に触れたりするのはおかしくね? やっぱりまんま銀だぞ」

「異性に対するそれはともかく銀は優秀だ、銀と同じということならかなりの誉め言葉になるのだぞ」

「あー、滅茶苦茶似ているわ……。すいに関わった過去の男子もそういうところにやられたんだろうなぁ……」


 求められなかったからいないと何度言えばいいのだろうか、それが内側であったとしても地味に乙女としてはダメージを受けることになる。


「すい、沖田さんが違うところで過ごしたいみたいだから行くね。お弁当、凄く美味しかったよ、作ってくれてありがとう」

「ああ、気を付けて行くのだぞ」

「すいも帰るときは気を付けてね」


 なんとなく歩いて行く二人の背を見ていると「そういえば敬語じゃなくなっているな」と言われてはっとした、それと同時に今更気づいて少し恥ずかしくなった。


「ま、まあいい、さあ銀河も座ってくれ、ここはいい場所だぞ」

「いやもう座っているぞ、落ち着け」

「……そうしよう」


 まだ十二時にもなっていないから時間がある、だが眠気が完全にどこかにいってくれたわけではなかったからしっかり見ることができなかったというだけだ。

 そういうのもあって座っているのをいいことに足を借りることにした。


「……はしゃいで予定よりも一時間早く起きてしまったのが失敗だった」

「相手が銀だからか?」

「いや、いつもとは違うお弁当を作れると思ったからだ」

「そうか」


 運動会のときも作ったりはしない量だったから新鮮だった、だが慣れていないとこういうことになるということが分かって微妙だ。

 だからまあ次は同じような失敗をしないようにする、眠くなって迷惑をかけてしまうぐらいなら多少は抑えた方がよかった。

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