06話
「すいー、水仙って言って」
「すい――ふざけているだろう?」
こういうからかわれ方は昔にもされたから同じような失敗を重ねたりはしない、仮にこれがただの自意識過剰なそれからくるものだとしても失うものはなにもないから気にしなくていい。
「違うよ、あの毒がある水仙のことを言っているんだよ?」
「それならいま解決したな」
「もう、付き合いが悪いなぁ」
「それは貴様だろう」
銀が現れてからは銀とばかり、やっと一緒にいなくなったと思ったら違う女子と過ごす、そのせいで全く一緒にいられていなかった。
何度も言っているようにいつ誰と過ごそうが自由ではあるがそれにしても昔からの友を放置しすぎなのはどうなのかと言いたくなるわけだ。
つまり結局は私も寂しがり屋ということだな、だが彼女ぐらいしか友達がいないことになるから仕方がないのだ。
「お、私に構ってもらえなくて寂しい? ね、寂しい?」
「寂しい、銀河や銀といられるのもいいが素子ともいたい」
「ひゅえ~、よく真っすぐに言えるね」
「嘘をついても仕方がないからな」
嘘をついたところで本当にいたい相手とはいられなくなるだけだ、その形でいられなくなるぐらいなら真っすぐにぶつけて断られた方がましということだった。
天邪鬼ということではないからこれから先もずっと変わらない、はっきり言っていくから彼女もはっきり言ってくれればいい。
「でもさでもさ? 最近はすいの方も変銀君に夢中だよね?」
「変銀君とは……、それに素子や銀がいないとなると銀河といるしかないからな」
あの女子はあれから近づいてきてはいないからそういうことになる、まあ最初と違い嫌というわけではないから構わないどころか感謝しかない。
一人の時間もあるとはいえ基本的には素子といた人間的には誰かといられた方がいいからだ。
「そろそろ帰るか」
「そうだね、兄弟が来ないのは気になるけどこのまま待っていても意味がなさそうだから帰ろう」
もっとも私の方は別に待っていたというわけではない、ただいつものように教室でゆっくりしていただけだ。
たまたまその状態で素子もすぐに帰らなかったというだけでしかないため、微妙にそこが噛み合っていない。
分かっているのは銀が来ていたら間違いなく別行動をすることになっていた、ということだけ、それだけは時間が経過していなくてもはっきりとしていることだ。
「今日はすいの家に行くね」
「ああ、銀に会いたいだけだろうが来ればいい」
「ずっと銀君といたいとは考えていないよ、すいともいたいってだけ」
最近の彼女がどう選択したのかを思い出すだけで信じることができることではないが、うん、言っても悪い雰囲気にしかならないからやめておこう。
ちなみに家に兄弟はいなかった、だから着替えるために部屋に移動したりはせずに飲み物を出してソファに座る。
「うーむ、怪しい……怪しくない?」
「あの兄弟はそこまで仲良くないからな、それぞれ別の異性と過ごしているかもしれないぞ?」
「女の子かー、不良っぽい子じゃなければいいけど……」
「安心しろ、少なくとも銀は上手く躱すだろう」
銀河の方はよく考えずに近づいてやらかしていそうだった。
相手が悪い存在でやめた方がいいと忠告をしても言うことを聞いてくれなさそうでもある、だからそうならないように願っておこう。
「私ね、銀君の匂いが好きなんだ、なんか懐かしい気持ちになるの」
「過去に好きになった男子と似ているのか?」
もしそうなら銀が特別というわけではなくその男子が特別ということになる。
だが銀に集中しているように付き合っていないわけなので、どうにもならないことのような気がした、だってまだその男子を無自覚に追っているということは違う人間の銀と付き合えてもすっきりしないだろうからだ。
相手として選ばれた側の銀としてもすっきりしないだろう、関係が変わっても早々に合わなくなって別れるところが容易に想像できてしまう。
「うーん、そういうのとは違うんだよなぁ」
「とにかく匂いが好きなのは分かった、それで素子的にはどうしたいのだ?」
「嘘だと言われるかもしれないけど付き合いたいって気持ちはないんだよ」
「まあ、友達としていたいという考えはおかしなことではないな」
考えてもあまり意味はないが彼女が彼だったとしても特別な対象として見ることはなかった、それでもずっといたいという気持ちは変わっていなかったと思う。
誰か一人とぐらいは不安定にならずに一緒にいられなければ駄目なのだ、そういうのもあって彼女にはそういう存在としていてくれることを求めていた。
「うん、だけど他の女の子と話しているところを見ると気になるんだ、独占欲が強いんだよ」
「そのまま伝えるというのも危険だな」
親友が相手でもなんでも求めればいいわけではない、ときには親友が相手でも我慢は必要だろう。
「うん、実際に過去の私がぶつけたときは友達としてすらいたくないって言われちゃったわけだからね」
「素子として生きるには難しそうだ、私が私でよかった」
「えぇ、なにそれー」
「はは、許してくれ」
相手が同性の素子であっても独占欲を働かせるような人間ではなくてよかったとしか言いようがない、その場合はきっといまみたいに考えられるわけではなかっただろうから恥知らずな私を直視しなくて済んだのだ。
「なんか暑くなってきたな」
「夏が近づいているからな、なにもおかしなことではないだろう」
四月が終わり五月が終わり、きっと六月もすぐに終わる。
だがそれはつまり生きられているということでもあるから文句はない、一つ不安な点を挙げるとしたら弱らないか心配だということだった。
正直に言うと暑いのは苦手だ、思わずプールとか海とかそういう力を借りなければならないぐらいには弱ってしまう。
あまり汗をかかないということから図書館で過ごすのもいいが……それでも一ミリもかかないというわけではないから気になるというものだ。
相手にとって自分の匂いがどういう風になるのかが分からない以上、狭い場所にはあまり行きたくない。
「それより今日も雨かよ、ここまで連続していると怠いな」
「七月にやる気を出されるよりはましだろう」
いや待て、農家などにとっては微妙だろうが私にとっては雨が降ってくれた方がいいのではないか? 気温が下がれば熱がこもってしまうなんてこともないわけだからそういうことになる。
つまり誰かに迷惑をかけてしまうということもないわけで、色々な方向から見てみないと危険だということが分かった。
「……そのまま冷たい対応をしていると抱きつくぞ」
「冷たい対応? あの頃と比べてから言うべきだ」
一緒にいることについて文句も言わないし喋りかけられれば相手をしている、それでもこの反応だ。
それこそ抱きしめて頭を撫でながら「はいはい、相手をしてあげますからね」などと言ってあげない限りはこのままということなのだろうか? そういうのは他の異性に、母性が溢れたような存在に言ってもらいたいところではあるが……。
「相手をしてくれよー」
「はぁ、相手をしているのに物足りないなんて銀河はおこちゃまだ」
「おこちゃまでもなんでもいいからすいが相手をしてくれ」
「よ、よくそんなことが言えるな……」
シャーペンを置いて銀河の方に意識を向ける、自分を見たことで期待しているのか「お、やっとやめてくれたな」と嬉しそうな顔をしていた。
ここまで自分の欲求通りに動く人間は初めて見た、また、家族であることも影響しているのかもしれないが同級生の女相手にここまで求められるのもすごかった。
「銀河、私は――ひゃあ!?」
「大きな雷だな」
がっ!? ……驚いて飛び跳ねて足を思いきり机の裏に打ち付けて悶絶している馬鹿がいる。
これだったらまだ彼を抱きしめてやってそのことによる羞恥にやられた方がましだった、これだとさすがにあほ過ぎる。
「足は大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ、だが精神に悪いから銀河はもう帰ってくれ……」
「いやこの状態で帰りたくねえよ、流石に危険だ」
「ははは……そうか、それなら私が消えるとしよう」
くそ、屋内にいるのに雷ごときで驚くのではない。
それにまだ足がじんじんと痛む、それでも教室にいて銀河に気を使われる方が嫌だからこうするのだ。
「待てよ、別に怖く感じることが恥ずかしいわけじゃないだろ、寧ろちゃんと警戒していていいだろうが」
「別にそのことで離れているわけ――ひっ!?」
「出会ってすぐに同じように雷が鳴っているときもあっただろ、そのときは普通だったのにどうしたよ?」
どうしたよってそのときはただ必死に我慢をしていただけでしかない。
それもそうだろう、出会ったばかりの二人に情けないところなんかを見せてしまったらどうなるのかなんて分からないから普通はああする。
最悪な人間だったらそれで弱みを握られてしまったようなものだし気持ち良く過ごすことができなくなるわけで、あの選択で間違いなかった。
「なんだにやにやして、これで私のことを自由にできると思っているのであればそれは勘違いというものだ」
「ちょっと可愛いと思っただけだ」
「なにが可愛いだ、苦手な私からすれば驚いているところを見られて最悪だ」
場合によっては本当に家に帰れなくなっている可能性もあったうえに穴だって掘っていたかもしれない、雨によって土が崩れてそのまま死んでいたかもな。
「でもさ、少しは信用してくれているということだろ? あの頃は隠したということなら今回見せてくれたのはさ」
「……あまりに急だったからだ、段階的に雷が強くなっていったのであれば私は見せていなかったよ」
「じゃあ見られてよかったよ」
「最低だな、相手が本気で怖がっているのに笑うなんて」
なにかが間違って素子が動こうとした場合には止めようと決めた。
自由に動いてくれればいい、だが相手が銀河となれば別というやつだ。
弟に厳しい、兄に厳しい、自由に言ってきたものの、自分が同じような立場になると言いたくなる気持ちが分かるというものだった。
「ふっ、最近はいい感じだな」
残念だった集中力も少しずつ勉強時間を増やしていくことでなんとかなっている、ついでに話しかけられてもスルーして集中できるようになっているから悪くない。
とはいえ流石に限界もあるから勉強をやめて一階に移動するとソファで寝ている銀河を発見した、銀はどうやらいないみたいだ。
「何故部屋で寝ないのだ……?」
いい加減床に寝転ぶ生活はやめたいということなら母に頼んでベッドを買ってもらうのもありではないだろうか? それぐらい甘えるのは別にいいだろう。
巻き込んでおいて結局なにもサポートをせずに働くだけ働いている、大人で独身であればそれでいいかもしれないがそうではないのだからしっかりするべきだ。
「ふっ、寝ていると可愛い顔だな」
「……ああ、下りてきたのか」
「ぎゃ!? ……起こしてすまない、だが一応言っておくとなにか変なことをしたとかではないからな!」
落ち着け、ここで慌てたら私は馬鹿ですと言ってしまってるようなものだ、いや偉い人間からすれば私は馬鹿だろうがとにかくここで慌てるのはよくない。
「銀と喧嘩をしたわけじゃないぞ、ただここでのんびりしていただけだ」
「そうか、とにかくすまなかった」
だが部屋に戻ってもやることはないから暇なら付き合ってもらうのもいいかもしれない、雨も降っていないのもあって少し歩かないかと誘った結果「じゃあ着替えてくるよ」と彼はリビングから一旦出て行った。
「ちなみに銀は違う女子が家に来て出て行ったぞ」
「忙しい人間だ、あ、銀河も参加してくればよかったのではないか?」
銀の兄ということで興味を持ってもらえるかもしれない、そうなったら女子に嫌われているなどと弱音を吐くことがなくなるわけだから私的にもいい。
だって知っている相手がマイナス方向の言葉を吐き続けていたら気になるものだろう? 自信を持ってくれればこちらがそわそわする必要もいらいらする必要もなくなるわけだから期待したい。
「俺が行ったら目線でどころか言葉で刺されるぞ」
「はぁ、まあいい、行こう」
「ちょっと待ったっ」
出なければ始まらないのに彼はリビングの扉の前に立って通せんぼをしてきた、こんなことがしたくなるぐらい寂しかったという表れではないだろうか。
「今日は俺が言うことを聞く側だよな、だったらなにかメリットがなければならないよな?」
「さっさとなにを求めているのかを言えばいい」
これからは私も絶対に求めようと決める、相手に自由にやられてへらへら笑って終わらせることはできない。
「じゃあ手を繋ごう」
「手か、義理の弟が手フェチだとは思わなかったな」
この行為のどこがいいのか、でもこうして求めてくるということは彼からすれば魅力のある行為ということだ。
彼の言っているように今回頼んだのはこちらになる、そういうのもあって多少の言うことを聞くぐらいはしなければならないことだ。
メリットがなければならないというのもその通りで、ここで断ることはお前にはなにもしないが付き合えと言っているようなものだから自分のためにもできなかった。
「違うよ。あといまの言い方は少し間違いだった、そこは謝る」
「ん? どこに対して謝罪をしているのだ?」
「細かいことはいいだろ――で、どうだ?」
「別に構わないぞ、お姉ちゃんとして弟に優しくしてあげよう」
こんな感じか、異性と手を繋いだのは小学六年生のときに一年生の子と登校することになったときだけだったから初めて知った形になる。
だが恥ずかしいということはないな、素子が言っていたような安心できるということもない、ただただ手を繋いで歩いているというだけだ。
「銀河、貴様はどう――そんな顔をしてどうした?」
「……ど、どんな顔をしているのかは知らないけどこれ滅茶苦茶恥ずかしいな」
「誰も私達など見ていない、ただ手を繋いでいるだけではないか。どうしてもそのように考えるのが無理なら握手をしながら歩いていると思えばいい」
「握手をしながら歩いていたらあほだろ……」
「そうだ、あほな行為をしているという風にしてしまえばなんとかならないか?」
なんとか……ならなさそうだ、俯いていていつも通りではいられていない。
それなら手を離せばいいのにと言うのは大人気ないだろうか? 彼がこうすることを選んだのだから好きにやめればいい。
まあこちらとしても知ることができたのはよかったわけだし、お互いにとって無駄とはならなかったわけだ。
「どん、だーれだ?」
「ぎ、銀だよな?」
「そうだよ、いやでもまさか手を繋いで歩いている兄と姉を見ることになるとは思っていなかったけどね」
字面だけで見るとやばいことをしているようにしか聞こえない、ただふざけているだけのところに遭遇しただけのようにも見ることができるか。
「じゃ、ここからは僕も参加させてもらいます、姉として兄だけ贔屓するのはおかしいですよね?」
「ふっ、そうだな、普段は違う場所にいて異性としかいない存在ではあるが家族、だから優しくしないとな」
彼よりもよっぽどその弟の方が問題だった、男としては正しいのかもしれないが女としては不安になってしまう。
残念ながら対象外でこれまた嫉妬しているとかではないから勘違いをしないでほしい、そんなことよりも被害者が増えないかどうかが気になるというものだ。
最悪の場合は上手くいかなかったということで家族である私に八つ当たりをしてくる可能性があるため、上手く対応をすることができるようにいまから練習をしておく必要がある……よな。
「これからは僕がすいのそばにいます」
「「ないな……」」
「ありますよ、これまでは我慢をしていただけです」
明日になったら違う女子のところにいるのが見える見える、彼が我慢なんてできるわけがない。
でも私は素子ではないから自由にしてくれればいいとしか言いようがない、銀河にも同じことを言う。
まあ悪いことは言わないから同じ異性を好きになることだけはやめた方がいい、なにもその相手だけしか異性がいないというわけではないのだから変えるべきだ。
「兄ちゃんは邪魔をしないでね、邪魔をするようだったら相手が兄ちゃんでも容赦しないから」
「どうせ冗談だろうが仲良くな」
「冗談かどうかはこれから一緒にいることで知ってもらいますよ」
こちらとしては損ということもないからそれでもいい、兄の方がどういう反応を見せるのかは分からないが仲良くできた方がベストだ。
家族なのも影響している、家族とぐらいは誰だって仲良くやりたいものだろう。
そういうのもあって上手く兄弟と仲良くやっていきたかった。
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