05話
「銀のところに行かなくていいのか?」
「銀君なんて知らない、私は一生すいといるんだ」
銀が彼女を連れて行ったあの日から一緒にいないのはなにかがあったからか、この様子だとその気はないなどと言われた可能性がある。
「それなら今日は付き合ってくれるとありがたいな、最近は一人でやるよりも誰かとやれた方がいいと気づいてしまったのだ」
「分かった、あ、変態兄君も誘うつもりだったりする?」
「変態兄君が勉強をやるかどうかは分からないが一応誘ってみるつもりだ」
ちなみに銀に合わせているのか銀牙の方もここにはいない、まあ元々ふらふらしているタイプだからおかしなこととは言えないが。
少し気になるのは私よりも恋愛脳である彼女が次の男と決めて銀牙相手に動くかどうかということだった、嫉妬云々ではなく流石にその短期間で男を変えるのはどうなのだと言いたくなってしまうからだ。
「一応聞いておくが銀牙に変えたのか?」
「え? もうそんな訳がないでしょ、変態兄君が来ちゃうとすいがそっちばかりの相手をするから嫌ってだけだよ」
「大丈夫だ、銀牙は素子にも興味を抱いている」
「それはないよ、私、そういうのよく分かるもん」
それと一応考えてか勉強中にはあまり声をかけないようにしているからその点でも心配をする必要はなかった、酷いようなら解散にして違う場所で始めればいい。
だがその場合でも別に銀牙が悪いとはならないからそこは勘違いをしてはならない、テストは七月まではないからいまやっている方がおかしいというわけではないがやらなくてもおかしくはない。
「俺にもそのつもりなんか全くないけど勝手に振ってくれるなよ」
「仕方がないでしょ、その気もないのに曖昧にしておく方が問題でしょ」
「そうだけどさぁ、無駄に振られる側になってみないとこの気持ちは分からないと思うぞ」
兄が現れても弟は現れず、か、弟としても彼女との件で気になるようなことがあるのだろうか?
興味が出てきたが聞いたところで素直に教えてくれるとも思えない、弟のこととなれば銀牙だって知っていても吐かないだろうからずっとこのままの可能性があるのが残念だ。
だってきちんと情報を把握してからでなければ動くことすらできない、私のために動いてくれた素子になにかを返すこともできないから困ってしまう。
「それよりすい、銀が女子といたんだ」
「元々異性とばかりいたのだろう? 素子のことを考えなければなにもおかしな話ではないな」
「また悪い癖が出たことになるな、沖田、銀のことを好きになるならある程度は余裕を持っておかないと精神的にやられるぞ」
「な、なんか私が銀君のことを好きでいるみたいな言い方だね」
「「違うのか?」」
彼女はかなりの勢いで首を左右に振る、それからすぐにやめて「銀君のところに行ってくるっ」と教室から消えた、先程まで座っていた椅子に銀牙が座りお弁当箱を広げているがいままでなにをしていたのだろうか。
「そうだ、今日の放課後も同じように勉強をやるのだが銀牙はどうする?」
「参加メンバーは沖田か?」
「ああ」
寧ろ素子か銀以外のメンバーを私が連れてきたら自分が一番心配になるからないと思っていい、破ることになったときには躊躇せずにはっきり言ってもらいたかった。
私はずっとこのままだ、可能なときなら四人、一人無理なら三人、相手がいいなら二人となる。
「それなら参加する、ただし銀がいるなら別だ」
「どうした、弟に厳しいではないか」
「銀がいると勉強よりも空気が恋愛方向になるから駄目なんだ」
やるならやるで別の場所でやるだろうから特に気にする必要はないと思う、文句も言わずに付き合ってくれた存在だからあまり悪く言いたくないのもあった。
自分が立派ではないからそもそも普段通りであれば基本的に誰かを悪く言ったりはしない。
「ただいまー」
「「おかえり」」
「銀君を連れてくることはできなかったけど好意を抱いているじゃないことが分かって安心できたよ」
その情報が正しいのかどうか、でも余計なことを言ったりするのはやめよう、長く一緒にいる人間の言葉よりも好きな人間の言葉の方が信じられるだろうから言ったところで喧嘩になるだけだ。
「隠しているだけじゃないのか?」
「ううん、ちゃんと本人が教えてくれたから知ることができたんだよ」
「そうか、あ、どいた方がいいか?」
「いいよ、すい、放課後はよろしくね」
「ああ、よろしく頼む」
最低でも一時間はやってから帰りたい、その後に温かいご飯が食べられればなにも不満もない。
温かいお風呂に入って、温かいベッドに寝転ぶ、毎日同じことをしているだけなのにそれだけで楽しい。
「ん? なにかついているか?」
「違う違う、三十分ぐらいは頑張るよ」
「ああ、頑張ろう」
だが残念ながら頑張ろうとなどと言っているとこうなるよなという内容で終わった。
勉強自体はできたが三人で集まることの問題というやつにぶつかったのだった。
「早く行きましょう」
「まあ待て、そんなに焦らなくても目的の場所が逃げたりはしないぞ」
乗り物だってなくなったりはしない、混むことで乗れない可能性はあるかもしれないが少なくともそこに存在してくれている。
それと少し時間が経過したことで分かったことがある、それは銀と銀牙があまり仲良くはないということだ。
「それより銀、何時までいるつもりかは分からないがある程度のところで帰っておかないと銀牙が怒るぞ」
「ただ出かけたということで怒ったりはしませんよ、流石に兄ちゃんもそこまで短気ではありません」
「だが声もかけずに出てきているのだぞ?」
「いまは兄ちゃんのことはいいです、僕のことを意識してください」
冗談でも自分のことを意識してくれ~などとは言えないから感心――ではなく呆れた、どうせ関わる女子全員に言っているのだろうなと内で呟く。
なにをどうすれば、なにを食べていればこうなるのかが分かっていない、仮に知ることができたところで実行しようとも思えないが分かっているのであれば教えてほしかった。
「着きましたね、まずはなにに乗りますか?」
「それならあれに乗ろう、まずは高い場所に移動をして落ち着きたい」
「分かりました」
ぐっ、地味に財布にダメージだ、やはりこういう場所は高い、私としては高いお金を払って遊園地で遊ぶことよりも近所の公園で遊んでいる子どもなんかを見て過ごす方が好きだった。
好きな時間に帰ることができるというのも大きい、こうしてある程度のお金を払っていると沢山遊ばなければならないというそれに負けて疲れてしまうからだ。
「言っても意味のないことではあるがやはり銀的には再婚なんてない方がよかったのではないか? こっちの県に来たからこそそんなにテンションが上がっているのだろう?」
「んー、単純にすいに知ってもらいたかっただけですよ、再婚なんてしやがってなんて文句はありません」
「でもなにも失わない私と違って友達とはいられなくなっているわけ――」
「せっかく楽しい場所に来ているんですからやめましょう、大丈夫です、それにすいに出会えてよかったぐらいですよ」
銀牙と違って彼は隠そうとするから駄目だ、私に向けるそれも、素子に向けるそれも嘘くさい。
ただいますぐにどうこうできることではないから窓の外に意識を向けた、いい天気なのもあって遠くまで奇麗に見えた。
「早いですね」
「仕方がないだろう、自分から望んでおいてあれだがずっと高い場所にいるのも落ち着かなくなるからこれでいい」
「はは、そうですね」
乗り放題ということで次から次へと乗ろうとするハイテンションの銀に会わせるだけで精一杯だった、元々体力がある方ではなかったため十二時になる頃にはへとへとだった。
「どうぞ」
「ありがとう……」
冷たい飲み物がしみる、だがこれのせいで動きたくなくなったのもある。
若い存在に付き合うのであればもう少しぐらいは体力の方をなんとかしておかなければならないのかもしれない、でもこれもすぐに結果は出るわけではないから少しずつ伸ばしていくしかない……よな。
もっとも今日が終われば彼が誘ってくるようなことはもうないと思う、だからせっかく付いていけるような体力を得られてもそれを見せられるのがいつになるのか分からない。
「十五時ぐらいになったら出ましょうか」
「こっちのことは気にするな、遊びたいなら遊べばいい」
「いえ、僕らが住んでいた場所にすいを連れて行きたいんです」
「そうか、付いて行くから気にせずに行動をしてく――そんな顔をしてどうした?」
珍しく不満がありますとでも言いたげな顔をしている、彼がそういう顔をしているからこそ気になるというものだ。
断ったわけでもなくまだ遊ぼうとしているところに帰ろうと空気を読めないようなことを言ったわけでもない、それだというのにまるで私が選択ミスをしてしまったかのような反応だった。
「気にせずって一緒に来ているんですから気になりますよ」
「なら私にだけ敬語だということも気になるわけだが、そこのところはどう答えるつもりだ?」
素子が特別ということはない、何故かは彼が敬語を使わずに相手と会話しているところを何度も見ることになったからだ、他の人間にも敬語を使うか誰か一人に対してだけは敬語ではないという状態であったならこんなことは言わない。
「やっている方は気にならないかもしれないがやられている方は気になるのだぞ」
ここには私達しかいないのだ、なにか嫌なことがあるならはっきりと言えばいい。
それが正しいことであれば逆ギレなどをせずに受け入れると誓おう、ただしでたらめなことだったらいちいち言わなくても分かるだろう。
「こうして出かけていることから分かると思いますけどすいのことが嫌いだからとかそういうことではないです、特別な存在だから敬語を使っているというわけでもありません」
「ああ」
「一つはっきりと答えを出すなら敬語を使ってしまったからです」
えぇ、なんだそれは……。
彼は頬を掻きながら「何故か敬語を使ってしまったんですよね」と重ねようとしてきたが聞きたくなかった。
それに同級生だろうが初対面だったわけだから敬語を使うぐらいでいいのではないだろうか? 私だったら再婚相手の家族に対してまず敬語から入るが。
「そ、それなら特に拘りはないということだな? ならば敬語をやめてみたらどうだ?」
「んー、すいにはこのままでいいです」
……ふっ、いいさ、最低限の会話ができればそれでいい。
仲良くなったところで所謂本命というやつには勝てないわけだし、勝とうと努力をしようともしていない、私達にはこの距離感が合っているというだけの話だ。
理由がどうであれはっきりしたのはいいことだと言える、そういうのもあって今日は気持ち良く寝ら――寝られるだろうかと不安になってしまった自分もいたのだった。
「ここです」
「いつ父が消えたのかは分からないが流石に三人だと狭くないか?」
「特に狭いと感じたことはなかったですよ、学校と違ってほとんど兄しかいない毎日だったので寧ろこれぐらいでいいんだと思っていました」
言えば変えてくれるようなことではないからそう言い聞かせているだけの可能性もある、正直彼の本当のところを知ることができたわけではないからそのまま信じることはできなかった。
家族なのに敬語のままなのが駄目だ、初対面のときはともかくもう一ヶ月は経過しようとしているのにこれだから困る。
「銀……? 見間違いではなかったのね」
「はは、まさか会えるとは思っていなかったよ」
こちらが離れる前に向こうが勝手に離れたから少し色の変わった空を見て時間をつぶす、だがまるで銀牙の感情とリンクしているようで少し気になった。
一人っ子のうえに仕事が大好きな父ということで私的には別に構わないが銀牙にとってもそうなのかどうかは分からない。
どこかに行くのだとしても声をかけてからにしてほしいタイプであればあそこに着いた時点で相当やらかしていることになってしまう。
「お待たせ――あ、お待たせしました」
「元彼女か?」
「いえ、元好きだった子です」
「そうか」
無理をしている感じは伝わってこなかったから彼が抱えていた気持ちを知らないのかもしれない、仮に振った振られたという関係であればもう少しぐらいは違った結果になるだろう。
それかもしくは驚きなどの感情をほとんど押し殺せるような能力を持っていた……というところか、知らないことが多すぎるからそういう人間がいてもなんらおかしなこととは言えない。
「そろそろ帰りましょうか、流石に兄ちゃんが黙っていないと思いますからね」
「今更言うのは意地が悪いな」
「何回も言いますが兄ちゃんのことが嫌いとかじゃないですからね」
最初はともかくこの県に着いてからはもう言ってもどうしようもないということで切り替えたことになる、そのため私だけ逃げるということはできなかった。
だから家に着いても大人しくリビングにいたのだが、
「どうやら兄ちゃんはいないみたいですね」
「そうか」
謝る対象が家にいなくて無意味な行為となった。
そもそもお前達が出かけたからなんだと言われてしまえばそれまでのことではある、それに勝手に怒ると決めつけていたが興味を持っていなかったらふーん程度で終わってしまうことだ。
これは所謂自意識過剰、自信過剰というやつでかなり恥ずかしい結果なのかもしれない、急に穴を掘りたくなって外に出た。
「よう」
「べっ」
裏に回る前に遭遇してしまった、せめて掘った穴に隠れている私を見つけてから「よう」と言ってほしかったものだ。
「おーい?」
「……いたのか、てっきり素子の家にでも行っているのかと思っていたが」
「ちょっとコンビニに行っていただけだよ、ほら、これが証拠だ」
これならまだ怒ってくれていた方がましだったな、彼が冷静……というか普通のせいで私の駄目さが余計に表に出てしまう、だがこのまま大人しく家に入ることができるような人間ではないのもあってスコップで穴を掘り始めた。
「おいおい、急にどうした、服が汚れるぞ」
「私はもう汚れている、だから私にはここが理想なのだ」
自分の家の敷地内なら誰にも迷惑をかけない、ここで過ごさせてくれ。
別に銀牙が悪いわけではないのだから気にする必要はない、現時点で言えばいない者扱いをしてくれればいい。
「なに言っているんだよ、いいからほら」
「……駄目だ、少なくともいまはその手を取れない」
「銀と喧嘩でもしちまったのか?」
「銀は関係ない」
「こうして問題なく帰ってこられているわけだし、理由が分からないな」
分からないままでいい、仮に分かってしまったら「なに分かった気になっているんだ」と怒られてしまう。
結局自分可愛さというやつで怒られたくないだけなのだ、笑われることよりもそのことの方が怖い。
「まさか俺を放置したことを気にしているのか? すいは連絡だってちゃんとしてくれていただろ?」
「……それも違う」
「じゃあなんだよー」
「とにかく家に入って休めばいい、私だってずっとここにはいられないから暗くなる前には入るよ」
だがこういうときに聞いてくれないのが彼という存在で「よっこらしょっと」といつものように近くに座ってむしゃむしゃと購入してきた物を食べ始めてしまった。
細かいことが気にならない性格なら羨ましいとしか言いようがない、私だったら無理だ。
「まあ、なんにも不満がないわけじゃないけどな」
「……言ってみろ」
「いきなり銀の奴と出かけたりすることが増えすぎだろってこと、すいの自由だけど相手が銀なら話は別だ」
「はは、相変わらず弟に厳しい兄だ」
「だってなんか違うだろ」
なんか違うではなくどう違うのかを分かりやすく教えてほしい、中途半端な情報では留まることも動くこともできなくなる。
言えないのであれば静かに去ってもらいたいところだった、そうしたら期待をして聞いたりはしない。
「いいから戻ろうぜ」
「……まったく、一人で戻ればいいものを……」
「そう言うなよ、一人だったから寂しいんだよ」
道具を使用していたことから手が汚れているわけではなかったがその手を取ったりはしなかった、だがこれ以上は構ってほしくてしているようにしか見えてこないから抵抗をやめて家の中に戻る。
手洗いうがいをしっかりしてから部屋へ、他県及び遊園地に行くということで普段よりは洒落た格好をしていたから着替えてベッドに寝転んだ。
「お、おう、まさか目の前で着替えるとは思っていなかったぞ」
「きゃーと驚いてやればいいのか?」
「いつの間にか変態になってしまったんだな――はっ!? 銀と変なことをしてきたんじゃないだろうな!?」
呆れた、そんなことをするわけがない。
仮に私が彼のことを好きになったとしても彼がずっとこんな感じでいるせいでなにも進展しなさそうだった、そういうのもあってうっかり好きになってしまわないように気をつけようと再度決めたのだった。
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