04話
「すいはまた寝てんのか、二十一時には部屋に戻るのに夜更かしでもしてんのか?」
「しー、可哀想だから起こさないようにね」
「とはいってもな、いつまでもここで寝かせておくわけにはいかないだろ」
つか本人も言っていたが寝るなら家で寝た方がいい、座りながら寝ると体によくないと思う。
だが銀は起こす気がなさそうなので運んでもらうことにした、自分が運ぶことを選ばなかったのはこのことですいが怒ったからだ。
「……今回は銀か、二人はこうするのが好きだな」
「文句なら兄ちゃんに言ってください、完全下校時刻までまだ時間はあったのに帰ろう帰ろうってうるさかったんです」
「はは、銀の兄らしいな」
なんで銀にはこんなに甘々なのかが分からない……ことはない、前の学校のときからそうだった、女子はみんな銀にだけは優しかった。
まあ余計なことを言わずに相手のために動けるからというのは分かっている、だから嫉妬をしたりすることはないが……。
「銀、素子の相手をするのもいいが兄の相手もしてやってくれ、一人だからついつい変なことをしてしまうのだ」
「兄ちゃんはすいといますよね?」
「それにしたって他が相手をしてくれないからだろう?」
男子の友達はできた、でもその男子は部活動に所属をしていて放課後になったら一緒にいることはできなくなる。
となると銀かすいか沖田と過ごすしかないわけだが、沖田は俺のことを嫌っているうえに銀にしか意識がいっていないから自然にすいと過ごすということになるのだ。
別にそのことを嫌だとは感じていない、それどころか嫌がられても自分から近づいているわけだから違う。
「僕としては兄ちゃんばかり相手をしてもらってずるいと思っていますけどね」
沖田に誘われるまま付いて行く人間がよく言うよ、すいに相手をしてもらいたいなら俺みたいに行動をするしかない。
いやもう彼女が自分から近づいてきてくれるなんて考えているんならやめた方がいい、そんなに簡単に変えたりするような存在ではないんだ。
「銀は早起きをするから朝によく話すだろう? ご飯だって一緒に作ることがあるからそのときに十分相手をしていると思うが」
「そうですかね」
「ふっ、甘えたければ甘えてくればいい」
「はい、そうしますね」
ないな、弟が甘えるところが想像できない、甘えるなら異性側――つまりすいが甘えることになる。
あの絶妙な距離感がそうさせるのかもしれない、踏み込まないわけでも踏み込み過ぎるわけでもない、だから女子としては焦れったくなって積極的にいくしかなくなるのかもしれない。
家に帰ればいちゃいちゃしている二人が? ……もしそうなったらすいじゃないがすぐに家に帰りたくはなくなるだろうな。
「おい」
「ん? あれ、銀は?」
確かに下を見ながら歩いていたものの、それにしたって急過ぎる。
「女子に誘われて歩いて行った」と彼女は答えてくれたが、別に不満そうな顔はしていなかった。
「はは、らしいな」
「それより口数が少ないがどうした? お腹が減ったということなら少し待っていてくれ」
「違うよ」
ご飯を食べることは大切だ、朝はともかく夜に食べておかないと分かりやすく弱ってしまうから作ってくれるのはありがたい。
でもいま気にしているのはそういうのじゃねえんだよなぁ、それでもなにも言わずに分かれよなんて考える方がおかしいとは分かる。
「それならなんだ?」
「いや、すいと銀がいちゃいちゃし始めたら嫌だと思っただけだよ」
「馬鹿な妄想をするな、そんなことあるわけがないだろう」
本当かよ、もう一度言ってもらって録音をしておいた方がいいのかもしれない、それで発言とは真逆の行為をし始めたすいが現れたら聞かせるんだ、なんてな。
あれだけ女子といても誰かを選んだりはしなかった弟がすいを選んだらそれはそれで面白い気がする、そうなったら弟にとっての理想はすいだったということになる。
彼女みたいな存在はいたようでいなかったからな、もし選んで彼女が受け入れたらおめでとうと一番に言わせてもらおう。
「待てっ」
「ん? おわっ!?」
「はぁ、ちゃんと前を見て歩け」
危ねえからごちゃごちゃ考えるのは帰ってからにしよう。
今日はうざ絡みをせずにすぐに部屋に移動した、ベッドは弟に使わせているから床に寝転ぶ。
「銀牙、入るぞ」
「おう」
いつもとは逆で意識をしなくても勝手に彼女に集中する。
「貴様の好きなおかずを一つ作ってやるからたまには手伝ってくれ」
「あ、俺は銀と違って全くできないんだよ」
手伝っていなければ手伝っている人間に対して○○と比べて云々と言うだろう、それでそのときに弟の口から「兄ちゃんは作れないんですよ」と出ていそうなもんだがなかったらしい。
「下手でもいい、手伝ってくれ」
「……文句を言わないなら」
「言わないと約束する」
こんなことは初めてで、また、どうしてこのタイミングでなのかと気になった。
弟や俺の誕生日が近いというわけでもないし、誰かが来るということも話をされていないからない、それならなんで俺に頼る?
いつも二人でやっているというわけじゃない、だが二人でやることの楽しさに気づいてしまったということなんだろうか。
「二人でやりたいんだとしてもやっぱり食材的に銀を待った方がよくないか?」
「銀は素子の家に泊まるらしい」
「え? そんな連絡……あ、きてたわ」
相手が弟でもなにがしたいのかが全く分からない、弟が求める理想とは沖田のことだったとか……? だが沖田みたいな存在は前の学校でもいたわけだからな……。
「私と貴様だけなら失敗をしても問題ない、だからこういうときにこそ練習をしておくべきだと思うのだ」
「でも……」
「大丈夫だ、だから始めよう」
とりあえず迷惑をかけないように頑張るしかなかった。
「すいー、お弁当を一緒に食べましょ――う゛ぇっ? な、なにそのお弁当……」
「これか? 銀牙が作ってくれたのだ」
一つ言い訳をさせてもらうと夜は無理やり誘ったようなものだが朝は自分の方から作ると言ってくれたから強制させたわけではなかった。
「や、やめておきなよ、なんか黒々しいよ?」
「いやこれでいい、誰かが作ってくれるというのは嬉しいものだ」
「いやまじでやめておいた方がいいぞ、作っておいてあれだけど……」
「気にするな、いただきます」
苦々しいとかそういうこともないから必要以上に二人が悪く捉えているだけでしかない、また、仮に苦みの連続だったとしてもちゃんと全部食べきるつもりだった。
作ってくれたのに残したりなんかはしない、これは昔からずっとそうだから私を知っている素子的に違和感はないだろう。
「変態兄君のはすいが作ってくれたの?」
「ああ、だから全然違うだろ?」
君がついただけいい方に傾いていっているな、名前ではなくてもこのまま仲良くしていけば名字呼びぐらいにまでは回復する。
求めすぎなければ相手も応えてくれる、それぐらいの期待はいいのではないだろうかと考えているがどうだろうか。
「うーん、確かに見た目的にすいのお弁当の方が美味しそうだけど意外と君のも悪くないかもね」
「最初みたいにはっきり言ってくれればいいんだぞ?」
「いやほら、小さい弟がお兄ちゃんお姉ちゃんのために頑張って作ってくれたという見方をすれば結構違うなって思って」
「小さくないぞ、俺も沖田達と同じで高校ニ年生だ」
銀牙が小学生とかだったら生意気そうだが可愛さもありそうだ。
甘えたいのに素直になれなくて、でも実際のところは寂しがり屋で相手の優しさに触れたときには泣いたりしていそうだった。
「ごちそうさまでした、美味しかったぞ」
「そういうお世辞はいらねぇ……」
「本当のことを言っている、お世辞ではない。銀牙は私が正直なところしか言えない人間だともう分かっているだろう?」
何故か怖い顔になってお弁当を食べ始めてしまったから照れ隠しだということにして飲み物を買いに行くことにした。
「こんにちは」
「お昼休憩ですか?」
「はい、あんまりよくないんですけどね」
これぐらいのことすら基本的には許されないなんてなにがよくて教師になんかなるのだろうか? みんながみんな子どもが好きというわけではないだろうから単純に勉強が好き……とかだろうか。
「大千さんは嫌なこととかありますか?」
「嫌なことは特にないですね」
嫌なことではなく気になることであれば沢山ある、その中の一番はやはり兄弟の母親だ。
どういう人なのか、仕事大好き人間ということは分かるがそれ以外のことをなに一つとして知ることができていない。
「すごいですね、私は大人なのに嫌なことが沢山あります」
「でも感情があるから仕方がない気がしますが……」
「他の人と違ってやる気がない人間でも教師ですからね、その教師がこんな感じでは生徒も付いてこないでしょう」
立ち上がると「少しだけ本当のところを吐けてすっきりしました、ありがとうございました」と言って歩いて行った。
私は最初に決めていた通り飲み物を買ってベンチに座る、ストローを刺して中身をちびちびと飲んでいると銀牙が現れた。
「沖田じゃないけど確かにあの教師ってすいのことを気にしているよな」
「たまたまだろう」
「そうか? 名字も知っていてなんか怖くないか?」
全く怖くはないからこれからも話しかけられれば相手をするだけだ。
「教室に戻ろう」
「あ、俺も飲み物を買うよ」
「ふっ、これをやろうか? ――待て、そんな顔をするな」
ただの冗談でもまだぶつけるには早かったらしい。
「違うよ、驚いていただけだ」
「そうか、それなら待っているから買えばいい」
避けるのをやめてからはこれが当たり前になって少し距離感を見誤ってしまうときがある、言葉の選択ミス、行動の選択ミスをしたらそんな当たり前もなくなるかもしれないから意識をして行動をしよう。
「ここ分かりますか?」
「ああ、まずはこうして」
勉強をやろうと誘ったのに参加してくれたのは銀だけだった、素子も銀牙も後悔しても知らないというやつだ。
普段から少しずつでもやっておけば楽になるのに分かっていない、それこそ素子的には一緒にいられるチャンスなのに無駄にしてどうするのかと言いたくなる。
「付き合ってくれてありがとう、銀だけだいい子は」
「そんなことを言わないであげてください」
「参加するかどうかは自由だが特に銀牙には文句を言いたくなる」
こちらが分かりやすい態度でいても続けていたのにいざ時間が経過をすればこれかと、ただの暇つぶしとかであれば他のところに行ってほしい。
なにが質が悪いかと言えば一緒にいるときはそれっぽいことを言ってくることだ、そういうのがなければ私だってこのような反応をしない。
「はは」
「ん?」
「あ、どうして兄ちゃんにだけ厳しいんですか?」
「素子だって似たようなものだ、銀が来てからは完全にこちらからは興味をなくしたからな――つまり銀も同じだ」
本当のことしか口にしていないからそういうことになる。
「えぇ、流石にそれは……」
「だからこそ銀牙には感謝もしている、そういうのもあって銀牙にだけ厳しいというわけではないから勘違いをしないでほしい」
まだ一時間も経っていないのにお喋りが多くなってきてしまった。
彼らが悪いというわけではないが彼らが来てからは自分の集中力のなさに気づけてしまったことになってうーんという感じだ。
一応誰も来ない休み時間なんかには勉強をしたりもするものの、受験のとき以外は一人でいるしかなくて仕方がなくやっているように見えるかもしれない。
それでその積み重ねで余計に悪い影響を受けてしまっている可能性もありえる。
「た、助けてくれっ」
「ちょっと待ちなよ変態兄君っ」
断ったのはそういうことだったのか。
異性といることが好きな銀牙が異性といられるとなったら普通はそっちを選ぶ、敢えてそんなときに勉強なんかをするわけがない。
しかしその相手が素子というのもどうなのだろうか、泊まりに行くぐらいの、あっさり許可をされるぐらいの存在である銀と争うことになっても構わないのだろうか?
相手のことが好きなら身近にいる喧嘩をしたくない存在が相手でも動けるということならすごいと言える。
少なくとも私には無理だ、でもその行動力が羨ましいとも思わない。
必ず顔を合わせなければならないような存在と不仲……とまではいかなくても言い合いをするような関係になるぐらいなら動かないことを選ぶ。
「銀君捕まえ――あっ、私じゃなくて変態兄君を捕まえてっ」
「兄ちゃんのことはいいよ、それよりちょっとあっちで話をしよう」
「え、あ、すいー」
やめだ、今日はもうこれで終わりにしよう。
黙って呼吸を整えているであろう銀牙には声をかけずに荷物をまとめて教室をあとにした。
冬とは違って廊下も外も冷たいわけではないから気にならない、なんなら可能な時間まで外にいたいぐらいだ。
残念な集中力でも一時間は集中できるわけだから公園でやっていくことにした、人が来たらどけばいい。
「よっこいしょっと」
「荷物を持っていないということは一回帰ったのか?」
それかもしくは素子の家に置いてあるというところか、まあどちらでもいいが。
それより約束をしていただろうにいいのかと聞こうとしてやめた、問題があるならこうして付いてきたりはしない。
「おう、だけどなんか沖田から誘われてな、その後集まったんだ」
「銀のことで相談を持ちかけたかったのではないか?」
「いや、俺もそう考えて集合場所に行ったんだけど違う内容でさ」
そのことと先程のことが繋がってこないわけだが。
「教室にすいも銀もいるということが分かっていたから助かった、ありがとう」
「そんなことで礼を言われても困る、それといまから一時間ぐらいは勉強をやるつもりだから帰りたくなったら遠慮をしないで帰ればいいからな」
「いまから一時間ならこの季節でも暗くなる、一人ですいを帰らせたくないからここにいるよ」
「私は素子ではないのだ、私相手にそんなことを言う必要はないだろう」
いい、お喋りなら後でもできるから集中しよう。
特に嫌いな教科はないからその日にやりたくなった教科を選んでいる、今日は――気にしない気にしない。
ちゃんと向き合っておけばなんだかんだで時間が経過してくれる、そうしたら口先だけのところもある彼は変えるはずだ。
「これを膝か肩に掛けておけ」
「冬ではないぞ」
「いいからほら」
そうだっ、試されていると思えばいいのだっ。
いい方に捉えてしまえば途端に彼がいい存在に見えてくる、私はこういうことが繰り返される度に動じないメンタルを身につけられるわけだから無駄とはならない。
どうしてほとんど初対面のときだった私はあのような対応をしてしまったのだ、そのつもりはなくても私のためになっていたというのに……。
「あ、あのさ、もう……よくないか?」
「ん? あ、もうこんな時間か」
「えぇ、普通暗さで気づくだろ」
「意識を変えたら自然と集中できるようになったのだ」
街灯のおかげで教科書を見る分には気にならなかったことになる、まあ気づいていなかったような演技は余計だったがせっかく集中できているのにやめるという選択肢を選ぶのはもったいなかったというだけの話だった。
「貴様もよく分からない男だな。まあいい、とりあえず帰ろう」
本当に残念なのはこうして側にいてくれて喜んでしまっている自分を発見してしまったことだと言える、出会ったばかりなのだぞ! と内で叫んでみても消えてくれたりはしない。
「よく分からないってことはないだろ、俺は残るって言って実際に残っていただけなんだからさ」
「だが素子に比べたらつまらない人間だということを私は分かっている、そのつまらない人間と敢えていようとすることをよく分からないと言っているのだ」
教室にいたときの私は嫉妬をしていたということなのだろうか……? もしそうならうわー! と叫んで走りたくなるところだがどうにかならないだろうか。
相手がとにかく適当で一緒にいるときだけ調子のいいことを言うことについて怒っている程度に抑えてくれないと困ってしまう。
「沖田に比べてつまらないって誰が言ったんだよ?」
「だから私だ」
「はぁ、無駄に自分を下げたっていいことなんかなにもないぞ」
相手が最近出会ったばかりの銀牙というのも不味い、これが違う人間であったのであれば――私の場合はそれでも問題になるか。
と、とにかく喜んだことなどばれないようにしなければならないのは絶対だ、知られてしまったら軽く消えたくなる。
「付き合ってくれてありがとう」
「おう」
うん、気の持ちようだな。
こういうことに関しては考えることをやめてしまえばなんとかなるというものだ。
まあ人間だから難しいだろうが、変な風に考えなければいいだけの話だからそこまで難しいことでもないのかもしれないと楽観視していたのだった。
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