03話
「いただきます」
二日ぶりぐらいにお弁当を作って持ってきたがやはりちゃんと三食食べないと駄目だということがすぐに分かってため息をついた、これまではあまり顔を合わせないで済むように避けていたものの、自分のためには作るしかない。
「すいの作ったご飯って美味しいな」
「普通だ」
「いや美味しいぞ、沖田にも食べさせたらはっきりするぞ」
「銀河、お弁当を作ったら話しかけないという約束だったのにどうして来ている」
「やっぱり誰かと食べてえだろ、沖田は銀に夢中で誘えないからこれは仕方がねえんだよ」
仕方がないで片づけられると困る、彼は再び約束を破ったわけだから駄目だった。
だがこの様子だと自分の行動が原因で私がこのように動いているのだということが本気で分かっていないようだ。
もちろん相手をしなければならない側のこちらとしては困る、それとこんな人間には初めて出会ったことになる。
こんな初めては微塵も嬉しくないがな、一緒の高校に通わなければならないことをここまで嫌だと感じたのも初めてだ。
「あの後なにも言わなかったのも朝に弁当を作ってくれたのも許してくれたからじゃないのかよ」
「違う、妥協しただけだ、特になにかを変えたというわけではない」
「はぁ、なんでここまで……」
小食なのもあって弁当自体はすぐに食べ終えた、だが離れることはしないでおく。
逃げれば逃げるほど追ってくると分かっているのに重ねるなんて馬鹿のすることだ、だから分かりやすいここで食べていたことになる。
「あ、変態兄いたっ、ちょっと付いてきてっ」
「ど、どうしたんだよ? すいの間違いじゃないのか?」
「銀君が変な男に絡まれていてどうしようもなくってっ、だからこういうときぐらいは役に立ってよ。動いてくれたらすいと仲良くなれるように協力してあげるからさっ」
「そういうのがなくても弟が困っているということなら行くよ、案内してくれ」
銀のために動くときはちゃんとした存在になるのにどうして私のときはできないのだ。
役に立てるわけではないが一応付いて行くと確かに男子と一緒にいるようだった。
「って平和だな、沖田の勘違いか?」
「えっ、ち、違うよ、確かに銀君は絡まれていたんだよ」
まあ悪い意味で絡まれているわけではないのであればこちらとしても安心できる、あの慌てようはなんだったのかとツッコミたくなることではあるがなにもなくてよかった。
「だがなにも問題もなさそうに会話をしているぞ?」
「んー、ちょっと心配だから話しかけてきて」
試しに彼が近づいたものの、普通に歓迎されているだけだった。
この時点でいつものあれかと分かってしまったため、教室に戻ることにした。
素子が大袈裟なのはいつものことだ、とはいえ万が一ということもあるから見に行かないという選択肢はなかったことになる。
「よ」
「この前ぶりだな」
「なんか廊下で沖田達が盛り上がっていたけどなんであんたは参加しないの?」
「なんでと言われても必要なかったからだ」
勝手に付いて行って、勝手に理解して、一人で戻ってきたというだけの話だ、誰かに指示をされないと行動できないというわけではないから普通のことをしているだけだった。
でも彼女の顔を見ていれば誰かといられないといけない人間からしたらありえないことだと分かってしまうのがなんとも言えないところだった。
「うわぁ、事あるごとに『私には必要ないことなのだ』とか言ってそー」
「それでなにが悪い」
「大千、悪いことは言わないからもうちょっとぐらいは興味を持たないと駄目だよ」
「だから否定するつもりはないと言っただろう?」
「そーじゃなくて、そのままだったらつまらないでしょって話だよ」
いや誰かといたいと思っているのに頑なに一人でいることを呟いているわけでも、友達が誰もいないというわけでもない、それだというのにこれは引っかかる。
銀河が相手ではない場合でも無難にやるというやつができなくなる、余計なことを言ってしまう。
上手くやりたいのに、敵を作りたくないのに余計なお節介をしてくるせいで……。
「すい、起きろ」
「……先に帰ればいいだろう」
ありがたいようでありがたくない周りの人間達に疲れて寝ていた、でもこの時間さえ邪魔をしてくるのが彼という人間だった。
嫌いだからだと判断をしてしまった方が楽になる気がする、そのため次がきたらそういうことにして片づけようと決めた。
「駄目だ、もう時間がやばいんだよ」
「またそうやって冗談――真っ暗だな」
「だろ? しかももう十九時になる、完全下校時刻になってしまうぞ」
完全下校時刻が十九時など早すぎるだろうと文句を言いつつも片づけて学校をあとにする、助かったことには変わらないからちゃんと彼にはお礼を言っておいた。
流石にそれぐらいの常識はある、助けてもらっておきながら文句を言うような屑な人間ではない。
「待て」
「ん?」
「すまない、間違えただけだ」
「なんだよそれ……」
帰ったら沢山ご飯を食べよう、疲れたときは沢山食べて回復させる必要があった。
「銀、夕方までには帰ってくるから銀河には上手く説明をしておいてくれ」
「やめておいた方がいいかと、少なくともちゃんと説明をしてから離れるべきです」
逃げるためにするわけではなく図書館でゆっくりしようとしているだけだが確かに突撃されても困る、銀に迷惑をかけるのも違うから言ってから行くことにしよう。
「銀河、入るぞ」
ふむ、もう十時を過ぎているのにまだ寝ているのは問題だな。
とはいえ勝手に来ているのはこちらの事情だから普通に起こした、ちなみにかなりびっくりしたようで彼は後ずさって頭を打っていた。
「私はいまから図書館に行ってくる、別に貴様から逃げるわけではないから勘違いをして来てくれたりするなよ?」
「それなら俺も行っていいか?」
「大人しくできるのであればいいのではないか、利用してもらえるのはありがたいだろう」
「じゃあ着替えるから下で待っていてくれ」
何故かそういうことになってしまった。
「それより頭は大丈夫か?」
「あ、ああ、いきなり過ぎて驚いただけだよ、すぐに行くから下で待っていてくれ」
生理現象とはいえ見られたくなかったということか、もう少しぐらいは考えて行かなければならないのかもしれない。
だが私は昔から異性とはいなかったからどうすればいいのかが分からない、そういうのもあって同じようなミスを重ねそうだった――と言うより、もうだいぶ銀河に対してやらかしてしまっているような気がする。
これまでだったら流せていたのに流せなくなってしまったのは何故だ、私なりに緊張しているということなのだろうか。
「お待たせ」
「別にいい、行こう」
そして当たり前のように付いてこない銀になにかを言おうとしてやめた、どう過ごそうが自由なのだからなにかを言う権利はない。
しかしこうして関わらないことになっているはずの銀牙と歩いているとなんとも言えない気持ちになってくるというもので、向かっている途中に話しかけることはしなかった。
「一緒に行動をしてもいいししなくてもいい、帰りたくなったら帰ってもいいからな」
それでも必要なことはちゃんとぶつけて別れ――残念ながら別れられなかったが。
「なにを読みに来たんだ?」
「特に拘りはない」
余程のことがない限りは特に嫌いなジャンルというものもない、だから色々な本を手にとってみて読んでは戻すということを休みの日に繰り返していた。
それ以外の時間は買い物に行ったり掃除をしたりして過ごす、平日はわざわざ言わなくてもいいだろうが学校に行く。
陽キャなんかからしたらつまらない毎日かもしれない、だが私にとってはこれでも十分楽しむことができる。
「すい――」
「ひゃっ、ば、馬鹿者、何故そんなに近いのだ」
「仕方がないだろ、小声じゃないと怒られるんだから」
くそ、現時点では彼の方が正しいことを言っているわけで……。
とにかくこのままだとまた自由にやられてしまいそうだったから適当に本を掴んで席の方に移動した、付いてきたが人がいるからなにかを言ったりはしなかった。
幸い彼も自分が読みたい物を持ってきていたから読書中に邪魔をされるなんてこともなくて三十分ぐらいは平和に時間が経過した、適当に掴んだ本が面白かったのもいい方向に影響したと思う。
「ふぅ」
「それ面白いか?」
「ああ、読んでみるか?」
「おう」
それならと彼が読んでいた本を借りてみたのだが……。
「これどこにあった?」
「この本の近くだ」
「そうか、戻してくる」
珍しくあまり好みではない物に出会って戻すことになった。
それでちゃんと戻したのはいいが何故か戻る気にもならない、読む気にもならなくて先程の場所をうろうろとすることになった。
ちらりと確認をしてみれば本に集中している銀牙が見える、これではまるで私の方が無理やり連れてこられたかのような状態に見えてしまう。
だがその気にならないから仕方がない、このまま無理やり読んでも本に申し訳ないからなんとかするために外に出る。
「最低でも一時間は集中できるのに今日はどうしたのだ……」
そこまで利用者がいるわけでも通行人がいるわけでもないから独り言を吐いたところで誰かに見られるということはないものの、いつもとは違うそれに困惑しっぱなしだ。
「いた、出るなら出るって言ってくれよ」
「すまない」
今回ばかりは私が悪いから謝るしかない。
「調子が悪いのか?」
「違う」
調子が悪いのに敢えて動くような人間ではないからそうだ、たまたまなのかいつも通りではいられていないだけでしかない。
来週の土日までには直ってくれないだろうか、だってそうなってくれないとどうやって過ごしていいのかが分からなくなる。
少なくとも午前中は図書館で過ごして終わらせなければ……。
「そうか、それならなにか食べに行かないか? 集中したら腹が減っちまってさ」
「あそこのラーメンが美味しいのだ、だからラーメンでもいいか?」
「お、おいおい、今日はどうしたんだよ?」
「たまには外で食べるというのもいいだろう、それに銀牙はまだまだこの辺のことを知らないわけだから少しずつでも知ることができた方がいいだろう? 両親が離婚をしない限りはここで過ごすのだから、後々に役に立つかもしれないのだから無駄とはならない」
今回は主役のラーメンだけではなく餃子や他の物も頼んで食べた。
私は彼と違って朝ご飯を食べたわけだからかなりきつかったものの、美味しかったから後悔はしなかった。
「すい、これはどこに持って行けばいい?」
「それはここだ、私が持って行くから貸してくれ」
「ああ、じゃあとりあえずはこれで終わり……か?」
「そうだな、普段からしておいてよかった」
「急に掃除をしようと言われたときはまたやらかしたかと思ったけどそうじゃなくてよかったよ」
彼がまた変なことをしたとかそういうことはないが銀は素子に誘われて遊びに行っているから頼るしかなかったことになる、そういうのもあってなんとも言えなかった。
だって頼っていることには変わらないし、彼ならいいと判断をしてしまっているところもあるからだ。
もっとも自分の中でどういう扱いになっているのかまで言うつもりはないが、利用された側の彼からしたら微妙……だろうな。
「お疲れ様だ、手伝ってくれてありがとう」
「自分の家のことだから当たり前だろ」
「家のことだから、か」
「だからこそすいだってやっていただろ? 誰かがやらなきゃいけないことなんだから普通のことをしただけだ」
このことではなく二人の母がどうして父と結婚することを選んだのかが気になった。
そもそも顔を見せたことがないし、夜中になろうとも一応帰ってきているというわけでもない、結婚した意味もあまりない。
もう彼らも高校生で自分のことは自分でできる、お金については頼るしかないが家事なんかでは困らないわけだからそのままでも問題はなかった。
結婚ということがなければ転校をすることもせずに済んで気に入っていた友達なんかともいられたわけで、親と子のどちらにとってもメリットというやつが見つからないのだ。
でも前にも言ったように子どもにはどうしようもないから受け入れるしかない、私が彼らの立場だったらきっといまのようにはできていなかっただろうな。
「不満とかないか、あるならちゃんと言っておいた方がいい」
「不満ならあるぞ、すいが自分からは来てくれないことだ!」
「昨日も今日も私から近づいただろう?」
「昨日のは銀に言われたからで今日のは掃除がしたかったからでしかない、俺といたくて来ているわけじゃないだろ」
難しいことを言う、それこそ自由に言ってきていた相手がなにを勘違いしてか馴れ馴れしくしてきたら嫌だろうに。
なにより私が嫌だから急に変えたりはしない――はずだったのに結局自分が決めたことすら守れずにいた。
口先だけの人間はこれだから困ってしまう、自分が楽しめていればいいなんてこんなときに言うわけにもいかないから困る。
「どの距離感が正しいのか、私はそれが分からないのだ」
「男子とばかりいそうだけどな」
「話せるが友達と呼べる人間はいなかった」
「だから一ヶ月離れようとか言ったのか?」
「いや? それは銀牙が悪い子だからだ」
なにを勘違いしているのか、短時間でやってはいけない失敗をしたからはっきりと言わせてもらっただけだ。
相手がしてはいけないことをしているのにへらへらしてだよねなどと合わせられるような人間ではない、これからもきっかけ一つで同じようなことをしていく。
「おい……」
「事実だろう、そもそも初対面のあれで終わっていないことを感謝するべきだな」
「……別に揉んだわけじゃねえけどな、それに煽ってきたのはすいなんだしすいにも原因がある――ありがとうございます」
「ふん、最初からそう言っておけばいいのだ」
ソファに座って立ったままの彼を誘う。
「すまなかった」
「なんに対しての謝罪なんだ?」
「細かいことはいいだろう、謝りたかったから謝っただけだ」
注いであった麦茶を飲み終え、ちゃんと流しまで持って行ってから部屋に戻った。
やはり一人でいられているときの方が気楽だと言える、なんにも考えずにいられるのも幸せなのだ。
だから今度は避けるためではなくて休むために教室で過ごそう、勉強だって捗る場所だから後の自分のために動けるのもよかった。
「だからなんですぐに戻るんだよ」
「逃げているわけではない、一人になることでいつも通りに戻しているのだ」
「義理とはいえ家族なんだぞ? なんで俺が相手のときに普段通りでいられないんだよ。最初のときを思い出せ、あのマイペースなすいでいいんだ」
「何故だろうな」
「なんだよ、やっぱりおかしいな」
おかしいか、それなら敢えてその相手に近づく彼はもっとおかしいことになる。
素子だってあそこまで拒絶していたら近づいてきたりはしない、悪口こそ言わないが柔らかい態度で相手をしてくれることもないだろう。
だというのに何故態度も変えずに近づけるのだ、それだけ私に魅力が……? いやありえない、となると彼がおかしいだけという見方もできてしまうわけか。
変人は常人とは違う選択を選び続けるからこそ変人のわけで、自分の言葉でどうこうできると考える方がイカれているのかもしれない。
「分かった、俺のことを意識しているからだろ!」
「は?」
「め、滅茶苦茶冷たい声音だな……」
「時間が経過すれば分からないが簡単に惚れたりする人間ではない」
もしそこからきているのだとしたら思わず穴を掘って隠れたくなる。
彼に好意を抱くことを恥じているわけではなく、自覚もせずに彼にだけ厳しくしてしまったからだ。
どうして好きなのに素直にならないのだと好きなのに素直になれない素子に言ったことがあるから恥ずかしくなるわけだ。
「え、その言い方だとこれから変わる可能性がゼロではないってことか?」
「男子と女子、女子と男子、異性と一緒に過ごし続ければどうなるのかなんて誰にも分からないだろう」
血が繋がっていないのであればそこでも変わる、だからそういうことになる。
「え、まじ?」
「変わるかどうかは知らないが嫌なら離れておくべきだ、挨拶程度に留めておくべきだな」
目を閉じて任せる、このまま寝てしまうぐらいがいい。
彼がどうするのかは知らないが変なことはしてこないだろう、少しは信用してやらないといけないから帰れとか言ったりはしない。
でもずっといられてもそれはそれで気になるというやつで、したいことがあるなら自由に行動をしてほしかった。
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