第30話『ああ、僕は上機嫌だった、さ』
「天空くん、ここまでで大丈夫だよ」
「本当に大丈夫か? 僕は迷惑だと思ってないから、もし森夏さえよければ家の前まで――」
「ううん、大丈夫だよ。心配してくれるのはありがたいんだけど、私のことより妹さん達を心配してあげて」
「……わかった。じゃあ気をつけてな」
「うん。帰ったら連絡するね」
姿か見えなくなるまで背中を見送ろうと思ったが、もしも振り返ってしまった時にどうしていいかわからないため、僕も回れ右して歩き出す。
こんな過保護な考えを抱いているが、陽が完全に落ち切った訳ではない、夕陽が映える空模様だ。
『主様やい、少し訊きたいことがあるのじゃが』
『なんだ珍しい。何か食べたいものでもあるのか?』
『人を食いしん坊キャラにするでない。ちと真面目な話じゃ』
いつもより絶は僕のノリに乗ってこず、声色から真剣さが伝わってきた。
『主様が前に話をしておった、【黒霊病】というのはなんなんじゃ。妾は随分と生きておるが、聞いたことがないぞ』
『まあぶっちゃけた話、僕も詳しくは知らないんだ。学校で、少しだけ習ったのは世間的にも知られているぐらいだな。初期症状は風邪と一緒、中期症状は重い風邪に黒い痣、後期症状は症状の悪化と痣の肥大、最終段階は生存率がほぼ0つまり死んでしまうって感じだな』
『ふむ……』
『なんだ、知っていることがあるなら教えてくれ』
『いやぁ、のぉ。これといって知っていることは何一つないのじゃが……一つだけ心当たりがあっての』
『なんだよもったいぶって』
『妾もここ最近気づいたのじゃが、この黒い靄のような未完全な気配を感じるようになっておって』
『はぁ?』
そんな突拍子もないことを言われるものだから、僕はつい足を止めてしまう。
偶然通りかかっているスーパーの光を後一歩のところで。
『なんでそんな大事なことをもっと早く言わなかったんだ』
『じゃってよくわからぬし。妾のお便利センサーにも反応がなかったのじゃろ? 妾に非はないと思うのじゃが』
『た、確かにそうだな』
確かに、僕自身が【黒霊病】について詳しく情報を持っているわけではない。
だから、絶を責められる立場にあるのかと問われると首を縦に振れないのもまた事実。
あれか、もしかして僕ただ勉強を怠っていたというだけで、宮家とかは知ってそうだし、ここは僕が逆に責められるような立場なのでは。
ん、待てよ。
僕はふと、とある可能性について考えた。
いろいろな側面的については、考えても仕方ないのだけれど……【黒霊病】というくらいかつ祓魔師連盟も関与しているというのだから、ただの病気ではなく霊的なものということだ。
そして、ある結末を予想してしまう。
まさか、白霊体・灰霊体もとい廃霊体ときたのなら、黒霊体なんて存在になったりはしないのだろうか。
色遊びをしているのではないのだから、本当にそんなことにはならないと思うけど。
ま、まさかな。
も、もしもそんな存在を目の前にしたら、僕は本当に生き残れるのだろうか。
『なあ絶。これは真剣な話なんだが』
『どうしたのじゃ』
『もしも、もしもだ。黒霊体なんてのに遭遇したとして、どうなってしまうと思う?』
『うーむ……妾も戦ったことのない存在じゃからの。どうなるであろうな。廃霊体との戦いがあんな感じじゃったからのぉ。死ぬんじゃないかの?』
『普通だったら、その結末に違いないだろう。絶の再生を使ったらどうなるんだ?』
『攻撃手段がわからぬからの。主様の守護の光? とやらと合わせたら、もしかしたらどうにかなるやもしれぬ』
『相手が黒いからって【気の光】が弱点ってか? そんなことがあるもんかね』
『じゃが、それ以外の手はありはせんと思うが。じゃって、妾の力は使いとうないのじゃろ?』
『そんな非現実的な状況までなってしまうと、状況次第、だな』
悔しいが、僕の実力では本当に対処難なのだろう。
最悪、あの上司に助けを乞う他なさそうだ。
だがしかし、今のうちに絶の力がどの程度か訊いてみるのもありかもしれない。
が、その予定はたった今潰えた。
「あら、あらあらあら、瓶戸君。こんなところで会うだなんて、いよいよストーカーという犯罪に手を染めてしまったのかしら」
「邂逅一発目にそんなことをいう人物の方が怖いっていうの」
そこに立っていたのは、たった今すぐそこのスーパーで大量に買い物をしたのであろう買い物袋を両手に持つ伊地守だった。
そんなに大量に買って、一体何人分の料理を作るんですかって質問したいのをグッと堪える。
「伊地……以前、保健室で話をしただろう、僕はお前に興味があるわけじゃない」
「何を言っているの瓶戸君。そんなのわかりきっているわよ。これは単なる挨拶じゃない。もしかして、気に障ってしまったかしら?」
「そんな挨拶があってたまるかぁ!」
「今日も相変わらずキレッキレね」
ぐぬぬ……この女、本当にどこでも相も変わらねえじゃんか。
「こんなところで会ったのも何かの縁ね。中二病全開の瓶戸君に質問なのだけれど」
「め、珍しいじゃないか。伊地が僕に質問だなんて。内容によるがな」
「いいえ、あなたの許可なんて求めていないのよ。私が問い、あなたは答える。ただそれだけよ」
「へ、へぇ! そ・う・で・す・か!」
「あら瓶戸君、随分と元気そうじゃない。何か良いことでもあったのかしら」
そりゃあ、今日はまさかの森夏が僕の家にあがり、しかも僕の部屋で勉強会をしたんだ。おまけに二人だけでこの道を歩いたんだ、上機嫌にならない方がおかしいってもんだ。
じゃ、ねぇ!
「そんなことより、何だよ質問って」
「危うく忘れてしまうところだったわ。結局、瓶戸君ってあの中二病の象徴とでも言える十字架のネックレスはまだ付けているのかしら」
「あ、ああ」
「おかしいわね。あの時は偶然、付けてきてしまったという口ぶりだったと記憶しているのだけれど。あれは嘘だったのね」
「いやあれはその、なんていうか」
「まあいいわ。見苦しい言い訳は聞くに堪えないもの」
つい即答してしまったが、別に付けてないと言えばよかったじゃないか。くっ。
「次のは、ついでのついで。特にこれといって意味のないことなのだけれど、少しばかり興味が沸いてしまってね。なんだったかしら――ああそう、確か【黒霊病】と言ったかしら」
「……なぜそれを」
「あら、瓶戸君って全然テレビとか観ないのかしら。それとも勉強不足? もしかして不良だったりするのかしら。見た目に寄らず」
絶対に最後の言葉は嫌がらせだろ。
「すまない。そういえば忘れていたよ。あまり聞き馴染みのない言葉だったから、つい」
実際は僕が直接仕入れた情報ではない。
つい昨日の森夏と会話していた内容を思い出しただけだ。
「なら良かったわ。この時間が無駄にならなそうで。それで、瓶戸君はどこまで知っているのかしら」
僕は自分が知っている情報を全て話した。
当然、学校で学んだことを伏せて。
「……そ、そう……なのね」
だが不思議なことに、伊地は少し汗をかき始めている。
まあ、あんな重そうな買い物袋をずっと持っているのだからそれもそうか。
「じゃ、じゃあ、そろそろ帰らさせてもらうわ。時間をとらせちゃって悪かったわね、ありがとう」
「ん、ああ。これぐらいはお安い御用さ」
ん? 今、あの超絶毒舌鬼娘が『ありがとう』って言った? 聞き間違い?
『いいや、しかとあの娘はそう言ったの』
なんだ、疲れすぎて頭が回っていないのか?
「なあ伊地。その荷物、随分と重そうだから手伝おうか」
「いいえ、その気遣いは不要よ。それじゃあ」
伊地は先ほどまでの変化がなかったかのように、スタスタといつも通りに歩き去って行った。
なんだよあいつ。今日は随分とらしくないじゃないか。
張り合いがないというか、いや、序盤はあったけど後半がおかしかったか?
そんな考察をしていると、絶から。
『主様、あの娘から少しばかり妙な匂いがする』
『そうだったか? 僕は桃のような石鹸みたいな良い匂いがしたぞ?』
『主様はどこかからか匂いフェチにでもなってしまったのか? 違う、違うのじゃ。人間のそれとは違う、"黒い匂い"が』
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