第五章【僕は僕の仕事をするだけさ】
第29話『冷静に考えたらお家デートでは?』
「天空くん?」
「ごめん、少しボーッとしてた」
「大丈夫? 疲れているなら一旦休憩しよっか」
僕は今、人生最大級のラッキーイベントの真っ最中だった。
そろそろテスト期間に入るため、森夏から勉強を教わっている。
ただ、勉強を教えてもらっているわけではない。
なんせ、今僕達が居るのは僕の自宅なのだから。
「そういえばとっても新鮮かも」
「なにが?」
「今更なんだけど男と残部屋に入ったのが初めてってこと」
「そうなんだ。だというのにこんな殺風景ですまない」
お世辞ではなく事実、僕の部屋には勉強机なんて物もテレビもない。
あるのは、部屋の中央にある四角い折り畳みのローテーブルとベッドぐらいだ。制服やワイシャツは壁に掛けているだけだし、押し入れもない。当然、壁にカレンダーがあるわけでもオシャレな絨毯が敷かれているはずもなく。
「本当だったらお茶の一つでも出して上げられれば良かったんだけれど」
「ううん。全然そんなことは気にしなくていいよ。そういうのって、一回始まっちゃうとずっと続いちゃって疲れちゃうからね」
「そう言ってもらえると助かるよ」
あれ、だけど今冷静に考えると、この状況でラッキーってのもあるけれど、どういうことなんだ。
僕は一度、森夏をデートもとい街案内で誘った時はやんわりとお断りされたじゃないか。
だというのに、なんでそれより難易度が高そうな状況になっているんだ?
「そういえば、今は現文の勉強をしているけれど、他にも苦手な教科があったりするの?」
「全部?」
「え?」
「この場を借りて謝らせてほしい。実は、勉強が少しだけできそうな振舞いをしていたが、正直なところは全部壊滅的なんだ」
「そうだったんだね、少しだけビックリしたけど別に謝る必要はないよ。誰にだって苦手なことはあるもん。大丈夫、一緒に勉強を頑張っていこうね」
「ありがとう……」
なんてできすぎているんだ。
今までは少し冗談交じりに天使だのなんだのと言っていたけれど、これはどこからどう見たって天使じゃないか。
なんなら背中の方から光が射していかと錯覚してしまうほどだ。追加すると頭に光の輪が見えてくる。
僕なんかが祓魔師として仕事をするより、森夏が歩くだけでみんな安らかにこの世から旅立ってくれるんじゃないだろうか。
「でも、ちょっと大変かもね。実際のところどれぐらいできるかわからないけれど、テストの初日って五日後だよね。大丈夫そう?」
「控えに言って大丈夫ではなさそう」
「それは大変だね。私で良かったら毎日勉強を教えてあげられるけど」
「えぇ!? いいの?!」
そんなご褒美を僕はもらっていいのだろうか。
この一瞬だけでも妄想しただけで天国へ羽ばたいてしまいそうだ。
『主様、鼻の下が伸びておるぞ』
『ナイス指摘。危ないところだったぜ』
『やれやれ……』
え、というか。
「それはとてもありがたいことなんだけど、森夏も勉強をしなきゃならないだろ?」
「まあそうだね」
「じゃあ、こんな僕を構っているより自分の勉強を頑張った方がいいんじゃないか」
「ん~、確かに天空くんが言う通りなのかもしれない。だけど、困っているのは私じゃなくて天空くんだから。私は別に良いの」
泣きそう。
この世に美勝森夏という少女をこの世に産んでくれた神様、ありがとうございます。
こういうのは両親に感謝を告げた方が良いのだろうか。
「あ、でも。そうだよね、ご両親に心配されちゃうよね。年頃の男女が一つの部屋でいるなんて」
「あー」
「どうかしたの?」
「まあ、その心配はいらないんだ。僕にはお父さんとお母さんが居ないから」
「え――ごめんなさい」
「いや、謝らないでくれ。別れたとか、別居しているとか、死んだとかそういうんじゃない」
「どういうこと?」
「複雑なのか単純なのか、どっちかはわからないんだけれど、僕は生まれながらにして両親の顔を知らない、そんな感じだな」
「そうだったんだ……。でも、双子ちゃんの妹が居るっていうのは? ――ごめんなさい。無礼だったね、人には訊かれたくないことだったあるのに」
「いや、別にいいさ。僕が――今の高校へ転校する前に、実は僕には血の繋がった妹たちが居るって急遽聞かされて、って感じ。だから、なんかちょっと今でもあんまり実感がないんだよね、家族ってやつが」
「そんなことがあったんだね……いろいろと大変だったでしょ」
「そうだな。大変なことはいろいろあった。でも、今言えることは、僕は妹たちが好きで、唯一の大切な家族。何があっても僕があいつらを守るし、守ってみせる」
「天空くんはやっぱり優しいんだね」
「そうか? 普通は――」
僕は最後まで言葉を続けられなかった。
なぜなら、急に扉が開いて盗聴犯が侵入してきたから。
「にいに~! うわーん!」
「兄貴ーーーー! あああ」
その正体は、今まさに話題に出ていた妹たち、衣月と小陽。
何が大変って、大号泣しながら僕に抱き付いてきたこと。
「にいにだいずぎ」
「あにぎいぃぃぃ」
「おうおう、一体全体どうしたっていうんだ」
涙だけなら可愛いのだが、鼻からも出てるよ、出ちゃってるよ。
「あらあら。その子達が天空くんの妹さん達ね」
「見苦しいところを見せてしまったすまない」
「ううん、お兄ちゃんが大好きな立派で可愛らしいじゃない」
少しは遠慮してほしいんだけれど、二人はありとあらゆる水分を僕の服に拭い付けて顔を上げる。
「私、この人好き」
「同じく!」
「あら、ありがとうございます」
「いや、なんのやりとりだよ」
「私はわかったよ。この子達は、大切なお兄ちゃんがどこぞの馬の骨とも知らない女に取られてしまうんじゃないかって、扉の裏でこっそりとやりとりと聴いていた。だけど、そんなお兄ちゃんが自分達のことをこれほど思ってくれているんだってわかって後先考えず部屋に突入して来ちゃった。じゃないかな」
「うんうん」
「この人名探偵だ」
「それは喜んでいいのか、それとも頭を抱えた方が良いのかわからない事案だな」
僕はただでさえ常に盗聴されているというのに。
『主様、もしや妾のことを言ってはおらぬだろうな』
『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』
『そんな挑発をされては、妾もここで姿を出してしまおうかのぉ?』
『頼む、それだけはやめてくれ。冗談になってない。すまん、僕が悪かった』
『わかればよろしいのじゃ』
もしもそんなことをされてみろ、この場が凍りつくぞ。
「あっ、ちょうど良いから自己紹介をしようかな。私は美勝森夏、天空くんのクラスメイトで今は勉強会をしていたんだよ」
森夏の丁寧な挨拶を聞いて、衣月と小陽はハッと正座になり姿勢をピンッと伸ばす。
「は、初めまして! 私はお兄ちゃんの妹で瓶戸衣月と言います。高校一年生です! お兄ちゃんはお兄ちゃんで、私のお兄ちゃんです!」
「なんてことを言ってんだ衣月ちゃん。――私は兄貴の妹の瓶戸小陽です。私の兄貴は世界一の兄貴です」
「いや、僕からすれば二人共もう少しちゃんとした自己紹介をして欲しいところなのだけれど」
「ふふふっ、良いじゃない。とても可愛らしくて、ちゃんと兄妹愛が伝わってきたよ」
「そ、そうかぁ?」
「うん。私は一人っ子だから、そういうのは羨ましいなって思うから」
なんだか丸く収まったような感じになっているが、これはこれでどうなんだ。
とか考えていると、衣月と小陽は両手を床に突いて、土下座の予備動作に移る。
「どうか、お兄ちゃんを末永くよろしくお願いします」
「兄貴のことをお願いします」
「おい二人とも、なんてことを!」
「ごめんなさいね、衣月ちゃん小陽ちゃん。残念ながら私と天空くんは付き合っている関係性でも、告白されたことだってないんだよ」
「「えー」」
おい、なんだよその目は。
二人揃って『この意気地なし』という目線で僕を見るな。
「じゃあじゃあ、私が美勝さんの妹になってあげるっ」
「私も私もっ、美勝さんならお姉ちゃんって言ってもいい!」
「おい、そんな簡単に家族を増やすな」
「良いねそれ。今日で二人もこんなに可愛い妹ができちゃった」
「お姉ちゃーんっ」
「姉貴っ」
目の前の光景を見ていると、人懐っこい犬にしか見えないな。
「そうだ、せっかくだし私のことはし・ん・かって言ってね」
「わかった森夏お姉ちゃんっ」
「森夏の姉貴っ」
小陽ちゃん、それはなんか語呂的におかしくはないか?
「なんにせよ、もう満足したんだし、そろそろ勉強をさせてくれないか」
「そう言えばそうだったね! じゃあ二人ともごゆっくり~」
「兄貴、勉強頑張ってくれっ」
二人はぺこりと頭を下げて、部屋を後にした。
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