第31話『どうせやるなら、やりきるか』

『主様、妾が言っておいてなんじゃが……これはいささかマズいのでは?』


 言いたいことはわかる。

 そして、電柱の合間を縫って、壁という壁を縫って移動しているのを他人に見られたらどういう存在として扱われるかもわかる。

 だが、僕にはわからないものを絶が察知した。

 絶のせいにするわけではないが、内容が内容なだけに見過ごせない。


 我ながら随分と姑息な真似をしている。

 だったとしても、伊地に正面から話を聞くわけにはいかないし、話を持ち掛けたとしてもすんなりと話してもらえる絵面が思い浮かばない。

 てかどっちにしても、一般人にわかるよなことでもないだろう。


『さて、これはどこまで続くのか』

『いや、あやつの家までじゃるろうて』

『それもそっか。てか、僕は言い訳が効かないほどには絵になるストーカーだな』

『じゃな』


 もしかしてこれは名案なのでは。


『なあ絶、前みたいに姿を現してもらえないか』

『ふむ。それは名案じゃな。一人の男が一人の女を尾行していればタダのストーカじゃが、男女二人ともなればデートの最中だと思ってくれよう』

『だろ』

『じゃがしかし。赤の他人に見られる分にはそれで良かろうが、もしも知人が同じ学校の者に見られようものなら、明日の話題はそれで大盛り上がりになるじゃろう?』

『あー……確かにな。しかも、伊地にバレようものなら言い逃れができないな』


 どうしたものか……。


『ほら主様、ボーッとするでない、見失ってしまうぞ』

『いっけね』


 曲がり角を何度も曲がるものだから、悠長に構えていられない。

 できるだけ足音を立てずに小走りで向かう。

 向かう先の角を曲がろうとした時、僕は心臓が止まりそうになった。

 危なかった。勢いそのままに飛び出していたら、間違いなく認知されていたに違いない。

 伊地は足を止め、右手の荷物を地面においてポケットを漁っていたのだ。

 壁から顔を半分出して観察していると、何を出したかはわからないが、再び右手に袋を持って左に曲がった。

 曲がった、というよりは敷地に入っていったというのが正しいだろう。

 つまりは、あそこは伊地の家ということになるわけだ。


『なんだかんだ、ついに自宅付近まで来ちまったよ』

『それはそうじゃろ。というより、あれに驚かぬか』


 絶のいうあれとは、あの隣に家が一見も隣接していないような、敷地全てを壁で囲われている豪邸のことだろう。

 立地の条件としては、隣接している家がないのは僕の家と同じだけれど、その大きさはまるで違う。違いすぎる。

 現実にあんな家があるだなんて考えたこともなかった。

 ここからじゃ全体を把握できないな……。


『主様、これ以上はマズいのではないか。あそこまでの屋敷となると他の目があったりするじゃろ』

『……そうだな。監視カメラに映るのはまだセーフだとしても、ボディーガード的な人達に睨まれでもしたら、僕は逃げることしかできない』

『妾が力を貸したら、小指一本で十分じゃがの』

『絶……お前、実際のところどんだけ強いんだよ。今度どっかで試さないか』

『それは面白そうじゃの』


 だがしかし、どんなに話したところでこれから先に進めない。

 強行突破を試みようものなら、僕は明日から寝床が檻の中になってしまう。

 道路を照らす光は、陽の光から該当へと変わっている。

 そろそろ家に帰らないと衣月ちゃんと小陽ちゃんが心配してしまうか……。


『悔しいが、今日はここまでだ』

『それが妥当じゃの』


 回れ右をして歩き出す。


 時間的にこういう住宅街を歩くのは地獄かもしれない。

 悪い風に捉えているわけではないけれど、至る所から晩ご飯の匂いが漂ってくる。

 当然、お腹をこれでもかと刺激された。


 そんな中、僕はさり気ない先ほどの会話を思い出す。


『そういえばさ、師匠と絶が戦った時ってどんな感じだったんだ?』

『うーむ、まさに激戦って感じじゃったが……あやつが言っていたことが俄かには信じがたいのじゃ』

『宮家が言っていたことか?』

『うむ。確かに、主様の光とあの人の光はとても似ている。じゃが、あの人は妾に物凄い形相で殴りかかって来ておったぞ』

『なにそれ』


 あんな、怒っていたって様になるような美人が?


『今となっては単純な話じゃ。主様の母上じゃったのなら、大事な子供に何かされたと思ってそうしたのじゃろう』

『ああ、確かにそうかもな』

『そんでもって、祓魔師とは芸の数が多いというかなんというか。本当に個人によって戦い方も光の使い方も違うのじゃな』

『そうらしいな』

『じゃがしかし、妾の最強の攻撃を打ち込んでも尚、"最後"まであの護りを突破できなんだ』

『な、何を言っている。師匠は、お前の攻撃をくらって亡くなったんだろ』


 そうだ。あの時、僕は確かに見た。


『……本当に、そうじゃったか?』

『な、何を……』


 本当に、何を言っているんだ。

 確かにあの時、師匠は……確かに……?

 あれ……?


『気づいたか。妾の攻撃をくらって、あんな綺麗な亡骸になるはずがないじゃろ?』

『言われてみればそうだ。つまりはどういうことだ?』

『そこら辺の詳しいことはわからぬ。が、一つだけ言えるのは主様の光は、もしかしたらあの領域までいけるかもしれぬ、とういうことじゃな』

『そんな馬鹿な』

『ただの推測でしかないじゃが。どちらにしても、妾があの人に敗北したのは確かじゃ。最強の吸血姫と称されておりながら、何とも情けのない話じゃがな』

『珍しいな、というか、そこは負け惜しみの一つでも言うところじゃないのか』

『本気を出していようがそうでなかろうが、負けは負けじゃ。そうじゃろ? 主様もあの憎たらしいあやつにやられても、何一つ言わないじゃろ』

『まあ、な』


 だがしかし、絶の話は嘘だと断言できない。

 本当に言われてみたらその通りだ。

 怪異との戦闘後、いくら相手を討伐できたからといって、相打ちのような結果だったのにもかかわらず遺体は五体満足かつ傷の一つもなかった。

 お葬式の時も、みんな『こんな綺麗な顔で……』的なことを言ってもいたのを憶えている。

 どういうことなんだ。

 この推測を深堀していけば、もしかしたら師匠はまだ生きている……?

 だが、あの顔は確かに本物だったはず。


 ああもう、足りない頭で考えてもわかりゃしねえ。


『とりあえず、今はそのことについて考えても答えは出ない』

『そうじゃの』

『それにしてもどうしたものか。このまま疑わしきを放置するわけにはいかない』

『じゃが、話しかければ不審がられて警戒される』

『『うーむ……』』


 希望を語っても仕方がないが、もしも森夏のような関係性だったのなら探りを入れやすかっただろうに。

 さて、どうしたものか。


『主様、ここまで来てしまったのならいっそのことなりきってしまうのもありではないか』

『何に?』

『スートーカーとやらを極めるのじゃ』


 いきなりなんてことを。

 と、いつもの僕ならツッコミを入れていただろうが、状況が状況だ。

 祓魔師としては引くに引けないからには、それが最善策なのかもしれない。


 なるようになってしまったら、自分の足りない頭を呪おう。


『じゃあ、明日から決行だな』

『学校には行くのかえ?』

『あー、そういえばそうだったな。んー、そこは迷いどころだけど、行くしかないだろう』

『じゃったら、これから毎日のお楽しみお家デートはどうするのじゃ? あんなに浮かれておったのに』

『はっ! うわあああああ、そ、それだけは譲れない、譲りたくないんだが……くぅ、これが苦渋の選択というやつか』

『主様にとっては、じゃがな』

『んぐぐぐぐぐ、ぐーーーーー!』

『そこまで悩むことかの』

『僕にとっては最重要事項なんだ!』

『でも?』


 絶、お前ってやつはいつからそんなに性格が歪んでしまったんだ。

 冗談抜きで僕にとっては滅茶苦茶大事なことなんだが……。


『祓魔師としての仕事を優先させる』

『それでこそ主様じゃ』

「はぁ――すぅーっ、はぁ……はぁ……」

『そんなにため息を連打しては、幸せ気逃げてしまわないかの?』

『もう、とっくに幸運は僕を見放しているさ』

『かっかっか、それもそうじゃな』


 僕は家に着くまでの数十分、大体百回ぐらいのため息を吐いた。

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