第27話『まったくふざけた野郎だ』

『主様、これはまだ妾の力を借りずとも良いのか』

『正直、控えめに言ってありったけの力を貸してほしいとは思ってるな』

『そう言うということは――』

『ああ、手は出さないでくれ』

『健闘を祈る』


 と、意地を張ってみるものの、これはどうしたものか。

 あんな、物語だったら神か天使みたいな異次元の存在をどう相手してら良いのかわからない。


「なんだ、低能だと準備するまでにも時間が掛かんのか?」

「まあな」


 こちとらお前と違って集中してないと何もできないんだよ。

 しかもお前にやられた傷が滅茶苦茶に痛てえんだ、集中もクソもねえ。


「こっちも暇じゃねえんだ。行くぞ」


 そう言い終えると冗談抜きに早い突進をして来やがる。

 受け止められるわけがねえだろ。

 僕は倒れ込むように右側へ体を飛ばす。

 宮家は光の剣を僕がいたところに突き刺している。直進してきたのだから当たり前だが、もしもその場に居て受け止めようとしようものなら、今頃あの光の剣で体を貫かれていた。

 しかしまあ、かっこよく受け身の一つでもして着地できていれば良かったのだが、無様に地面へ横たわっている。


「なんだ、やっぱり地面が恋しかったんじゃねえか」

「んなわけあるか」


 この時ばかりは、僕が立ち上がるまで待ってくれる宮家に感謝を告げよう。もちろん心の中だけで。


「にしても、そりゃあすっげえな。もしかしてそのまま空を飛べたり、それを飛ばせたりするのか?」

「なんだ、もっと力が観てえのか。じゃあお望み通り」


 僕は一瞬理解できなかった。

 ふわりと舞う髪、少し抉れる左方。


「っ!」

「どうだ? お前が想像通りのものだぞ」

「痛ってえ! そんなの無茶苦茶すぎるだろ」

「お前、本当に美月さんから何も教わってねえんだな」


 そんなの、今言われたって知ったこっちゃない。

 僕だって、師匠の凄さを知っていたらもっと早く教えを乞うていたわ。

 しょうがないだろ、それを知ったのは最初で最後のあの時だったんだから。


「そろそろお前の力も見せてみせろよ。待ってやるから」

「そうかい。じゃあ、少しばかりお待ちあれ」


 売り言葉に買い言葉で返すが、僕にできることはなんてことのない。

 目を閉じて手と手を合わせ、呼吸を整える。

 頼むから、今この時に邪魔だけはしないでくれよ。


 ――手が合わさるところが、優しく温かくなっていく。


 目を開ける。

 宮家は光の剣を肩に担いで余裕の表情。

 ああ、そのままで頼むぞ。

 手と手を離すと、自分でも確認できるぐらい、優しく温かい光が手のひらに集まっている。


「準備できたぞ」

「……」

「なんだ、良い感じすぎて言葉が出ないのか」

「それだ、それが気に食わねえ」

「どういうことだ。あまりにもチンケすぎて呆れてるとでも言いたいのか」

「俺がなんで今の今まで疑い、だがお前と師匠の繋がりを知っていたと思う」

「師匠と同じ洗剤の匂いがしたから?」

「殺すぞ」

「おおう、それだけは勘弁してくれ」


 じゃあ、何だっていうんだ。

 僕は師匠のことを学校で一度も口に出したことはない。

 まあそもそも話ができる人間が誰も居なかっただけだが。


「美月さんとお前の『気』が一緒なんだよ」

「わけがわからない。『気』に種類なんてあるのかよ、初耳だぞ」

「んなの俺も知らねえよ。だがな、わかんねえけど一緒なんだよ」

「何度も言ってるが、僕は師匠から何も教わっていないぞ」

「だろうな、もしも教わってたらお前は俺より強えはずだ」


 いつまでも見下す態度、ごちそうさまです。


「だからこそ気に食わねえ。だから俺はお前をボコす」

「理不尽すぎるだろ!」

「いちいちうるせえな。――俺が次に放つ攻撃をどうにかして防いでみせろ。当然、回避という選択肢はない」


 どう考えても無理だろ。


『主様、さすがに見過ごせん。妾が一瞬だけ姿を現して弾く』

『ああ、頼む。――と、言いたいところだが、僕に任せてくれないか』

『この期に及んで何を言っておる! あんなものを受けたらただじゃ済まんぞ。それどころか本当に死んでしまうぞ』

『まあそうかもな』

『何を他人事みたいに言っておるのじゃ!』

『なあ、さっきの砲撃は痛かったか?』

『……いや、デコピンをくらったぐらいじゃの』

『マジかよ、吸血姫やべえな。やっぱり力を少しだけお借りしようかな』

『じゃから言っておろう!』

『だけどまあ、ここは僕を信じてくれないか』

『……』

『僕は何の自覚も無かったが、宮家に言われてなんだかそんな気がしてきたんだ』

『主様の母上のことか』

『そうだ。何の根拠もないけれど、本当に気のせいなのかもしれないけれど、師匠が僕を守ってくれているような、そんな気がしてきたんだ』

『随分とミステリアスなことを言うのじゃな』

『怪異様にそう言われると、笑えてくるな』

『……わかった。死ぬでないぞ』

『任せとけ』


 僕は両手を前に、手のひらを突き出す。


「待たせたな。こっちは準備万端だぜ」

「馬鹿かお前、本当に逃げないで受け止めようとするなんて」

「ははっ、お前が言ったんだろ」

「お前のその度胸だけは認めてやるよ。じゃあ心おきなくやらせてもらう」


 宮家はさきほどまでどこにもなかった、光の弓を創り上げる。

 そして、右手に持つ剣を矢のように構え、光の弦を引く。


 ははは、意気込んでみたものの、あれがあのまま飛んでくるのか。

 渇いた笑いしか出ねえな。


「いくぞ」


 光の矢が放たれた。


 それは僕へ一直線に突っ込んでくる。

 目で捉えられない速さ、だが、その矢は真っ直ぐ僕の手に直撃した。

 ぶつかって直後、物凄い衝撃に体が吹き飛びそうになるのを、必死に踏ん張った。

 このままじゃ威力に負けて腕が折れ、矢が僕の心臓を貫く。


 もはやここまでか。


 ――と思っていたが、耐えていた圧がスッと消えていった。


「やっぱりな」

「な、なんだと……」

「やっぱり、てめえは気にくわねえ」


 一体全体何が起きたというのか。

 さきほどまで僕の心臓を射抜こうとしていた矢が、今はその姿を消している。

 しかもさりげなく宮家が鎧のように羽織っていた光も消えていた。


「詳しいことは知らねえが、お前は師匠と同じ『気』の性質をしているらしいな」

「はぁ?」

「本当に何も知らねえんだな。師匠がなんで、何をもって最強といわれていたか」

「わからねえよ。美人だったから?」

「美月さんは、防御において最強の祓魔師だったんだ。攻撃は、今の俺の方が上だ」

「……」

「いろいろと辻褄が合わねえが、お前はそれを引き継いでいる。引き継いでいるのか、たまたまそうなってんのかは知らねえがな」


 そんなことが本当にありえるのか。

 秘伝技なんて教わってないし、伝承とかそんなわけのわからないことがあるはずがない。


『なあ絶は気づいていたのか?』

『わかるわけがなかろう。妾が人間ならまだしも、吸血姫であり敵の使う技なんぞ知るわけがない』

『確かにな、それもそうだ』

『じゃが、もしも本当にそうだとしたら……いいや、なんでもない』

『なんだよ気になるじゃないか』

『確信があるわけじゃないからの。いずれまた』


 宮家は何事もなかったかのように、ポケットに手を突っ込んで僕に背を向ける。


「どっちにしても、てめえは半人前以下だったのは変わりねえ。用件も終わったし俺は行く」


 そう言い終えると宮家は去った行った。

 その背中を見送り終え、僕はその場に崩れ落ちる。


『絶、頼む』

『お安い御用じゃ』


 本当に自分が人間じゃなくなってしまった気分だ。

 自分でもわかるほどに顔や体に傷が多数できていたのにもかかわらず、みるみるうちに傷が癒えていく。癒えるというよりは、そこには元々何も無かったかのように再生していく、修復されていく、上手く表現できないが大体そんな感じだ。

 感覚的には不思議なもので、体中が温かい。お風呂に潜ったような、そんな感じ。


『なあ絶、これってどういう理屈で治癒しているんだ?』

『いまいちわからぬ』

『え? 僕はそんな得体の知れない何かで治癒されているのか?』

『考えたことがないというのが正直なところじゃの。気づいていたら無意識にできていたからの』

『おいおい……ガチモンの怪物じゃねえか』

『怪異じゃがの。詳しいことはわからぬが、たぶん、主様たちが使う『気』のようなものが怪異にもあるのじゃろう。ほら、妾は最強の吸血姫らしいからの』

『くっ……とんでもないほど適当なのに、誰に言われるより説得力があるのが悔しい』

『面白そうではないか。もしかしたら、主様もさっきのあやつみたいに何かを飛ばせるようになるかもしれぬぞ』

『そこまでいったら本当に僕は人間じゃなくなっちまうよ』


 絶の探求心がくすぐられたのか、なぜかノリノリである。

 実際、これから怪異や黒霊体と出くわした時、自衛のためにもそれぐらいはできた方がいいんだろうけれど。

 だけど低能というレッテルが張られている僕がそんなことをし出した暁には、どんな人体実験をされるかわかったもんじゃない。

 嫌だぞ、残りの人生を実験体として過ごすのなんか。


『それにしても、あやつは情緒不安定なところがあるのかえ?』

『どうなんだろうな。言っていることもやっていることもかなり滅茶苦茶だけど、芯があるような人間だ。と、思っている』

『あれが? 芯のある? 人間? じゃと?』

『言いたいことはわからなくもない。他人から見たら、力を振りかざして弱者をいたぶる卑劣なやつに映っているだろう。だけど、今も祓魔師を続けているってことは何かの目標や信念みたいなのがあるんじゃないだろうか。僕みたいに』

『どうせ、主様のような立派な志は持ってはおらぬわ』

『まあ、そこんところ決めつけるには、あいつのことを知らなさすぎる。少なくとも、今回の対峙でわかったのは、あいつは師匠のファンボーイだったってことだ』

『祓魔師というのはアイドル視されるような仕事じゃったのか?』

『そんなことがあってたまるか。なあでも身内から見ても美人だったし、そういう目で見ていたやつも居たんじゃないか。それに、本当に優しい人だったし』


 絶に嫌悪感を抱かせないために、美談を語っているが、僕は思い出す。


『だがしかし、僕はさっきの痛みを忘れはしない。絶、お前も憶えておいてくれ』

『もちろんじゃ』

『いつか絶対にその時が来たら、あの顔面に一発ぶち込んでやる』

『いいぞその調子じゃ主様』


 本当に痛かった。

 僕が普通の人間だったら本当に死んでいたかもしれない。

 まったくふざけた野郎だ。


『じゃあそろそろ家に帰るか』

『れっつらごーっ』

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