第26話『僕は何のために祓魔師をやってるかって?』

「なんだよ訊きたいことって、僕はお前が知っている通り頭が悪いぞ」

「うっせえ、そんなの知ってるわ。ずっと前からそうだろうが」

「そんなに直球で言われるとかなり傷つくな」

「てめえと美月さんはどういう関係だったんだ」

「なんだよそれ、それが訊きたかったことなのか?」


 宮家は目線を逸らし、「うるせえ、だったら悪いのか」と悪態づきながら唾を地面へ吐く。


「そうだな。一言で言ったら師匠だな」

「はぁ? てめえがあの人の弟子だっていうのか!? んなのありえるはずがねえだろ」

「すまないが、実際のところがそうなんだから仕方がないだろう。それに、こんなところで嘘を吐いたって僕に何の得もない。そうだろ」

「……百歩、いや、一億歩譲ったとしてそうだとしても、何かのからくりがあるはずだ」


 実際に僕は何も事実から異なることは言っていない。


「そんなことを言われても、他にはない」

「じゃあ、なんで弟子のためだけに学校へ来て、教師どもを怒鳴り散らかすんだよ。んなの普通じゃねえ」

「ああ……」


 あの微かに残る記憶、あれはそういうことだったのか。


「僕には家族が居ない」

「はぁ? 何いきなり自己紹介してんだ。んな戯言に付き合ってる暇はねえ。関係ねえ話は――」

「少し訂正しよう。僕には家族と呼べる、親戚と呼べる、親と呼べる存在が居ないらしい」

「…………」

「言葉も出ないよな。僕がこんなにも他人事なのも、この事実を知ったのがつい数か月までの間なんだ。まあ、師匠は僕が物心つく前から散々言っていたらしいけれど」

「……」

「ここまで話せば、頭の回転が速いお前ならわかっただろ。そうだ、師匠はそんな僕を赤ちゃんの頃から預かって育ててくれた――母さんなんだ」


 宮家は眉間に皺を寄せ、顔がさらに強張る。


「それに、僕と師匠の関係性を薄々気づいていたお前なら、これが嘘ではないとわかるだろ」

「……そりゃあ、あんな頻繁に学校に来てりゃあわかるわ」

「え、そんなに?」

「お前、自分の親が学校に何回も来てんのになんで気づかねえんだよ」

「そんなの初めて知ったぞ。僕が記憶しているのはせいぜい一回か二回だ」

「何寝ぼけてんだ。俺が記憶にあるのは二十回は来てたぞ」

「ええ!?」


 一体、僕の知らないところで何をしているんですか師匠。


「だからてめえは最下位生だったってわけか」


 流石は宮家だな。

 こんな少ない情報だけで僕の過去を辿れるだなんて。


「皮肉な話だ。最強の祓魔師の弟子は最弱の祓魔師ってか」

「お褒めにあずかり感謝申し上げる」

「褒めてねえわ、ボコすぞ」


 とりあえずそれだけは勘弁してくれ。


「師匠は、どんな人だったんだ」

「なんだお前、もしかして師匠のファンだったのか?」

「……悪りぃかよ」


 おっと、そんな表情は少しズルいんじゃないのか。

 なにそれ、これが世間一般的にいうところのツンデレってやつですか。


「別に、そんなに憧れるようなことはないぞ。普段から厳しくしようとしているのに、なんだかんだいっていろんなことをしてくれるし、料理だって普通にする、普通の女性だった。普通に本を読んで、普通に雑誌を読んで、普通にご飯を食べて、普通に寝言を言いながら寝てる、そんな」

「なんだか力が抜ける話だな」

「だろ。それに、残念なことに僕は師匠から一回の指導を受けていない。今でもこんなザマだ、説得力があるだろ」

「そんな世界一もったいないことがあんのかよ。確かに、今のお前を見れば誰よりも説得力があるな」


 少しは否定してくれ。

 自虐っていうのは本当に痛いものだな、心が。


「ああそういえば、お前も師匠のお葬式に参列してたな。流石ファンは違うな」

「てめえ、もう一度地面に頬擦りしてえか」

「それは勘弁してくれ」

「んなの理由とかはねえだろ。連盟でも最強といわれる祓魔師が亡くなったんだ、行かねえ方がおかしいだろ」

「まあな」


 実際、師匠のお葬式には沢山の人が参列した。

 僕はその時までもどこか実感がなかったから、あまり記憶にない。

 それに、僕が師匠の子供として育てられていた事実は、上層部の人間しか知らなかったらしく、僕は親族という扱いは公にはされず。

 だから、参列も一般枠で行い、そこからは上層部の知らない人たちの後ろに隠されるように居た。


「そんなところだ。質問はこれで終わりか?」

「いいや、まだある」

「なんだ、残念ながら師匠のスリーラインとかは知らないぞ」

「――てめえは、なんで祓魔師を目指し、実際になったんだ」

「そんなの、学校にも通ってたし能のない僕にはこれしかなかったからだ」

「ちげえだろ。ちゃんと答えろ」


 少しばかり今までのノリで応えてみたのだけれど、ダメか。


『絶、今までの内容も初めて喋ったけれど、これから話すことも初めてだ。もしよかったら聞いてくれるか』

『急に何じゃ。妾は主様が喋ること、思うことが全部伝わってくるのじゃぞ。今更ではないか』

『そういえばそうだったな』


 唇から滴る血を左腕で拭う。


「外ではどんな人だったかはわからないが、師匠は自分のことよりも誰かを優先させるような、身内から見てもお人好しな人だった。育てられた僕が言うんだ、かなり説得力があるだろ」

「外でもそんな感じだったぞ。てか、いちいちふざけんな。ぶっ飛ばすぞ」

「だったら、僕がいつまでもお前がいうところの生温いことをやり続ける理由ってのはわかるんじゃないか。お前なら」


 ただのファンじゃない、ここまでして俺に話を聞くお前、なら。


「そんな、ただの真似事をしているだけじゃ、死ぬだけだぞ」

「そんなのはわかっているさ。だがな、そんな人に育てられ、憧れたのならやること成すことは必然的にそうなるだろ。師匠が亡くなってしまった、今だからこそ、なおさら」

「実力もねえのに何を勘違いしてんだ。あれは美月さんが強えからできていたことなんだぞ。他の連中を知らねえのか? 強えやつらでも美月さんみたいな人は誰一人いねえ。クソほど強くて、クソほど合理的なやつばかりだ」

「ああそうだな、僕には実力なんて何にもない。本当はお前みたいに自分を磨いて、誰かを守るなら脇目を振らず祓魔師としての役割を果たした方が良いの決まってる。そんなのはわかっているさ。そこまで馬鹿じゃない」

「だったら――」

「だけど、そうじゃないだろ。それじゃあダメだろ。お前は、そんなものだけを見てきたのか? 少なくとも、同じ背中を見ていても、僕はそう思わない。僕はあの優しくて強くて超かっこいい背中を見て育った。だったら、その意志を継ぐ。僕はそう決めた。これからもそうだ。助けを求める人に手を差し伸べ、相手が誰であろうと相手を尊重する。これだけは絶対だ」

「……」


 宮家からの言葉は返ってこなかった。


『事を引き起こした妾が言うのはお門違いじゃろうが、主様は強いの』

『何を言ってるんだ、僕は新米祓魔師の最弱だぞ』

『素直に褒め言葉を受け取るということも覚えてくれぬかの』

『ははは、僕は頭が悪いからいつかは覚えられるさ』


 そんなやり取りをしていると、宮家は口を開く。


「お前は美月さんの死因を知っているのか」

「あ、ああ。僕も直接的に訊いたわけじゃないが、どうやら怪異との戦いだったらしい」

「……怪異との戦闘、だと。美月さんほどの人が怪異との戦いに敗れたというのか、それとも相打ちになったのか。一体どんな怪異と戦ったんだ。最強格の怪異としか考えられねえ。クソがっ」

『おい絶、お前褒められてるぞ』

『絶対に違うじゃろ。あれの顔全体に力が入った鬼の形相をしている人間が誰かを褒めてるはずがないじゃろうて』

『それもそうか』

『主様、さっきので頭を打っておかしくなってるのではないのか』

『頭がおかしいのはたぶん元々だ』

「今考えてもどうせ答えはでねえ。だが、てめえはそれを知っていてなんで祓魔師を目指したんだ。そして、なんで今も続けられるんだ」

「僕は何のために祓魔師をやってるかって? それはさっき言っただろ」

「そうじゃねえ。お前は怖くねえのか。美月さんを死に追いやった怪異は死んだかもしれねえが、そいつと同等なやつがまだまだ居るって考えたら、普通は諦めるだろ」

「なんだ、そのことか」


 普通だったら、諦める、か。

 それは本当にその通りだな。

 能力があったならつゆ知らず、僕みたいな鍛錬したっていつまでも変わらない底辺が祓魔師を続けていけば、いづれはそういった怪異と出会うなんて簡単に想像できる。それは一般人として生活しているよりも確率は高い。

 しかも、白霊体相手だからと気を抜いていれば、いや、今の僕のように生温いことを続けていれば、廃霊体と出会った時にでも死んでしまう。

 普通の人間だったら、そんな危険を孕んだ仕事を諦めるのは普通だ。


「僕だって、死ぬのは怖いさ。普通に過ごしてたら死ぬ確率は低いしな、だけど僕は一度も祓魔師を辞めようだなんて思ったことはない。馬鹿だって思われるかもしれないが、人間は誰だっていつだって死ぬかもしれない、そうだろ?」

「……」

「だったら、誰かの役に立ちたい。救われない魂を救いたい。誰かの願いを叶えたい。そう思わずにはいられなくてね、どこかの誰かに影響されただけなのかもしれないけれど、僕はそうしたいと自分で決めた。――信念ってやつだな」


 他人からすれば、だからどうしたって思われるだろう。

 そんなのはわかっている。

 だけど、あの背中に憧れたんだ、馬鹿正直にそんな人になりたいって思ってしまったんだ。

 ただの意地かもしれない。

 だが、僕はそのことに誇りを持っているんだ。


「わかった」

「そうか、わかってくれたのなら良かったよ」

「てめえが正真正銘の馬鹿だってことが」

「はい? 否定はしないが」

「だから、最後に別の教育をしねえとな」

「おっと宮家さん? その両手の光はシャレにならないんだけれど?」


 宮家は両手に黄色い光の輪を展開し始めている。

 輪、というには少し足りない、十字架の少し広がった、丸みを帯びたもの。

 そして、その右手には光の剣を一本。

 あれは、『気』を具現化したもの。

 僕が精一杯やっても手のひらに光を集められるぐらいのものを、宮家は武器として召喚して扱っているのだ。


「俺は全力を出さない、だからてめえは今の全力をみせてみろ」


 それで全力じゃないってどういう領域なんだよ。


「じゃねえと、今度は死ぬぞ」

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