第24話『……って、そんなことは聴いてねえよ』
「こんな広い場所もあるんだな」
絶レーダーによって辿り着いた空地。
空き地とは少し違うのかもしれない。
どちらかというと、廃墟になってしまった場所を工事するために準備途中といったところか。
廃墟というにはそこまで朽ちていない、もしかしたら住めそうなデカい屋敷。
仕事をするにはとても良い条件が整っている。
なんせ、屋敷だけではなく敷地が広く、道路などから見えないように全面を敷居で囲ってあるから。
『主様やい、こんなところでそのヘンテコなネーミングセンスを発揮しないでほしい』
『なんだ、気に障ったのか。個人的には結構センスあると思うんだけどな、便利だし』
『そう思ってくれているのなら、もう少し良い名前を付けて。妾の名前のように』
『それは無理難題だな。絶という名前を上回るほどに良い名前なんて思いつかない』
『それはそれで悪い気はせんが。じゃが、それはそれでどうなのじゃ』
『また今度にでも考えよう』
『じゃな』
そうだ、僕達はお忍びデートでここに来たわけじゃない。
目の前には三人の白霊体。
これなら僕だけの力でどうにかなりそうだ。
しかし、廃墟付近に漂う白霊体ともなると、推測するに穏やかではない気がする。
まずはいつも通り、対話から始めよう。
僕の懸念は良い意味で外れてくれた。
例外なく三人ともこの廃墟となる前の屋敷に憧れを抱いていたらしい。
だから、今回僕にできることは、入れずに足を止めていた三人を廃墟へと誘導して帰ってくるのを待つだけだ。
『のお主様、さっきの話であった、祓魔師の優劣って身体能力とか学習能力で決まるのかえ?』
『一応はそういう判断基準も存在する。だが、単純かつ明確な力量の差っていうのはある。僕が常日頃から鍛錬しているのを観ているだろ? あれは【気】を練っているんだ。お前達のような怪異は霊類に効果抜群の代物なんだけど、あれの総合量とか使い方が祓魔師の優劣を決めるんだ』
『じゃが、主様も霊達に直接触れて気を送っておるじゃろ? それとて到底、常人には扱えぬと思うのじゃが』
『そこなんだよ。僕が劣等生と言われるのはそこにある。僕がやっている、体から直接【気】を送り込む、これが常人と祓魔師との違いなんだ。つまり、僕は祓魔師だけれど、ほとんど常人寄りってわけだな』
『その流れじゃと、もしや、手から放つとか跳躍で距離をとったりできるということなのかの』
『そういうことになるな。忘れたのか? お前と戦った師匠の強さを』
『ああ確かに。あれはもはや人間の域を超えた存在じゃったの。妾達と同じ怪異と言われてもなんら疑問すら浮かばぬわ』
と、知ったかぶりをしているけれど、師匠の力を観たのはあれが最初で最後だった。
本当に凄まじく、人間と怪異の戦いは想像を絶するものだった。
だってそうだろう、戦いが起きたら地形が変わっちまうんだぜ?
『じゃあ、あのいけ好かない小僧はどれぐらいのものなんじゃ? 確か、学年主席的な感じなのじゃろ?』
『そうだな。んー、自分で言っておきながら他人を評価するってのは随分と難しい。だが、僕ができないことは大抵できる。例えば……僕が手こずった廃霊体、あれをワンパンで祓ったという噂は聴いたことがある。事実確認をしたわけではないからいまいちわからないのだけれど』
『ほほう』
『あー、身体的能力ってのは元々の素質があったらしく、【気】のコントロールもピカイチって感じだな。本気で走ったらクソほど速いし、本気で跳んだら飛んでしまうんじゃないか』
『人間が飛べるわけなかろうが』
『まあ確かにそうなんだけど、極めれば超飛躍と言ってしまえるほどには身体能力を向上させることができるんだ。【気】のコントロールとボディコントロールを兼ね備えた、一種の化物って感じかな』
『ふむ。で、妾とそやつ、どちらが強い?』
『そんなの絶に決まってるじゃないか。お前、自分の強さをわかっていないな?』
『そんなものは知らぬが、そう即答かつ断言してもらえると、ちと嬉しいの』
『上機嫌になってくれて良かったよ』
最後の言葉は少しばかり皮肉が籠っていた。
どうしてこんなに僕の周りには"普通"と呼べる人が居ないんだ?
人間でも怪異でも霊でも良いから、誰か僕と肩を並べて歩いてくれる存在は現れないかな。
そんなこんなしていると、白霊体達が戻ってきた。
皆が皆、とても満足そうな表情をしている。
良かった。
これで、この人達と握手をして【気】を送って、無事にあの世へと旅立ってくる。
「それでは皆さん、お疲れ様でした」
一人一人、握手をしながら感謝の言葉を告げられた。
僕のやっていることは、祓魔師としての役割からは外れているのかもしれない。
仕事としての効率を考えれば、こうしている時間は無駄だと、他人からはそう見えるだろう。
だけど、僕は祓魔師である以前に一人の人間だ。対する霊達だって元は人間だ。
だったらそこに礼儀は示したいし、どうせ本当の最後だったらこうやって気持ちの良いものに、良い思い出にしてもらいたい。
またこんなことを考えていると、絶にこのお人好しと言われてしまいそうだ。
最後の一人を祓い終えると、背後に気配を感じ咄嗟に振り向く。
「よお、お前はまだそんな生温いことやってんのか」
そこに居たのは宮家大我。
お前のその台詞は、何かの決め台詞かなんかなのか。
だけど良かった。
こんなところに居るのを一般人に見られでもしたら、不審者扱いされていたから。
「んで、今度は何のようなんだ。また僕をからかいに来たっていうのか?」
「そうだな」
「即答かよ! てか、そこは別の言い方に変えたりするところだろ!」
「なんだお前、もしかして見ない内にお笑いの勉強でもしてたのか? 結構、お笑いのセンスあると思うぞ」
「なんでだよ!」
あれ、こんなやりとりをどこかの誰かとしたような。これがデジャブってやつ?
「そんなことはどうだって良い。それで、本当の理由はなんなんだ。もしかして、俺の仕事を横取りしたお前を許さない、お前をぶちのめしてやる、だなんて言わないよな」
「はっ。そんな女々しいことを言うわけがないだろうが。白霊体の対処なんざ、末端の構成員の仕事だろ? 俺がやるとしても、暇で暇でしょうがない時ぐらいに決まってんだろ」
「……まあ、そうなんだろうな」
宮家が言っていることは、まさにその通り。
僕みたいな組織の下っ端が対処し、優秀な人材っていうのはもっと厄介な相手に出番が回ってくる。
廃霊体や怪異を相手取る時など。
『本当にこいつ、気に食わぬ。今すぐにでも手が出そうじゃ』
『まあそんな気にするな』
『そうなのか? あいつは祓魔師としての風上にも置けぬと思うのじゃが。主様は自分が劣等生、あいつが優等生と言っておったが、妾からすれば主様の方が一億倍は祓魔師じゃと思うがの』
『はははっ、まさか怪異の絶にそう言われると照れるな。ありがとう。だからってのは違うかもしれないが、今回だけは僕の顔に免じて怒りを鎮めてくれ』
『主様がそう言うなら……今回だけじゃぞ』
『ああ、そうしてもらえると助かるよ』
絶の手もしも出てしまったら、本当に笑い話じゃなくなる。
「まあだけど褒めてやろう、一部分だけ正解だ」
「どこだよ」
「『お前をぶちのめしてやる』だ」
「はぁ?」
『こいつ、ふざけよって』
『頼む、落ち着いてくれ』
「状況が理解できない。良かったら説明してはもらえないだろうか」
「んあ? 理由なんざありはしねえよ。ただそこにお前が居るからボコす。たったそれだけの理由だ。なんか悪いことでもあるんか?」
「そんな理由でボコボコされるのを納得する訳ないだろうが!」
「やっぱお前、お笑い芸人への道を目指した方が良いぞ」
「その話はもうやめろ!」
あーもー! こんな時に思い出しちまったよ!
あの超絶毒舌美顔鬼美悪女とのやりとりだったな!
こうも僕の敵側に回る人間は、なんでどいつもこいつもこんな感じなんだ!
あれか? 僕は否定的な考えを持っているだけで、本当にお笑いの素質があるっていうのか? あ?
「そんなに何かと理由を欲しがるってんだったらくれてやるよ。同郷だから、だ」
「いやいやいや、それもおかしいだろ」
「ふっ」
「ふっ、じゃねえよ!」
「あれだ、こんな人目がない場所ってのもあるし、上の人間が下の人間を指導するってのは至極当然な流れってもんじゃねえか。だから、これは指導だ」
随分とふざけたことを言ってくれやがる。
そんな理由で殴られるって、どう考えてもパワハラだろ。
しかも、あいつは同じ学校に通っている時から、こんな理不尽を僕に押し付けてきていた。
だからこの流れも慣れているといえばそうなのだが、だけど嫌だろ、誰だって痛いのは。
「ほうらどうした? 上司が直接お前に指導してやるって言ってるんだぞ。ここはありがたく頭を下げて指導を承るってのが、下の者の礼儀ってやつだろ?」
「ああ、まあそれはそうなんだが……」
『あ・る・じ・さ・ま。妾は我慢の限界じゃ。いくら主様の顔を立てたといって、もう耐えられない。どうせ、人間は沢山おるのじゃろ? こんなクズ野郎が一人この世から消えたぐらいで誰も騒ぎ立てないじゃろう?』
『ストップ、ストーップ! ノット殺人! ノット殺生!』
『ならば腕や足の一本ならば、いや、二本でも三本でも良いぞ』
『ダメに決まってるだろ! そんなことをしたら大問題になるだろ! 僕と違ってあいつの体は再生しないんだぞ!』
『人間とは難しいの』
僕だけだったら、宮家が言う通りに惨めに頭を下げて、何も言わずに暴力を受け入れていただろう。
だが、今は絶も居る。
絶がこのようにブチギレるのを止めないといけないし、新たに知った情報では絶にも痛みが伝わってしまうというじゃないか。
どうにかこの状況を回避でいないだろうか。
『あ』
『どうしたのじゃ、妾にあやつをぶっ飛ばして良いと許可を出してくれるのかっ』
『なんでそんなに嬉しそうなんだよ。違うよ。あれだ、単純な話だけど、僕の痛みが絶にも伝わるんだよな?』
『そうじゃな』
『絶って、僕が僕を殴ったとして、痛いのか?』
『いや? 主様の可愛らしいパンチは、妾の頬を撫でるぐらいだと……まさか』
『ああ、そうさ。ここで僕が僕を自分で殴りまくれば、あいつだって引いて引きまくるだろう?』
『そうすれば、自分以外の誰も傷つかない、か。かかっ、なんとも主様らしい策戦じゃの』
『まあそういうことさ。だから、あいつが去った後、回復させてくれな』
『お安い御用じゃ』
やることは決まった。
後は実行するだけ。
だが、僕は僕の名案を実行する前に、自分で自分の腕を止めてしまった。
宮家大我の発言によって。
「ああ、そういえば言い忘れていたが、今日から俺はこの街に滞在することになった。だから、お前の上司ってのは戯言じゃなくて本物だ」
「えっ――」
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