第23話『もしもその時が来たのなら、頼んだ』

『主様、あやつとはどういう関係性なんじゃ』


 絶のもっともな質問が飛んできた。

 放課後、珍しく川辺て道草を食っているという、暇な状況だからちょうど良い話題なのかもしれない。


『端的に言うと、ただの同級生だよ』

『ただの同級生という割には、随分と穏やかではないやり取り以外を聴いたことがないのじゃが』

『そこからが難しい問題なんだよな。あいつの名前は宮家大我、これはまあ知ってると思うんだけど、まああいつは優秀で僕は不良ってことだ』

『なんじゃ主様、以前はそんなにグレておったのか』

『違う違う、コンビニで集まっているような、肩がぶつかったら喧嘩腰になるとか、学校をサボってゲーセンへ遊びに行く、そう言う不良じゃない。――出来損ないってことだ』

『……』


 出来損ない、劣等生、不良品。

 言葉を並べれば、僕にふさわしいのはいくらでもある。

 絶からいつものような返しがない、ということは思い当たる節が多々あるのだろう。別に今更そんなことで気分が害されたとかはないんだが。


『そういえば、絶に僕の育ちとかを話したことが無かったな。――細かいことは追々話すとして、僕には僕を生んだ母親の記憶がないんだ』

『……そうじゃったか』

『そして、憶えているか? お前が戦ったあのとんでも強い祓魔師』

『ああ』

『あの人、僕にとっては師匠なんだけど、それと同じく、僕にとっては母親だったんだ』

『……本当に……すまない』

『いや、今更そのことでお前を責めることはないし、僕は師匠の願いを叶えた。"お前は生きろ"っていう。あの時、僕は見ての通りの瀕死だった。馬鹿だよな、必死過ぎて自分でそれを気づいてなかったんだ。それを、師匠が最後の力で命を繋いでくれた』

『そして、妾と契約をした、と』

『そういうことだな。天下の吸血姫様と契約できたおかげで、今の僕がある。だから、師匠のことで、いや、これからもお前を咎めるっていうのは筋違いってもんだ。だろ?』

『主様は、本当にお人好しじゃな』

『ははっ、お褒めにあずかり感謝するよ』


 そうだ。

 これは、許す許さないという問題ではない。

 師匠が繋いでくれた命、絶からもらった命、命の価値なんて付けちゃいけないんだ。


『話を戻すけど、僕はそんな境遇の持ち主でな、世間一般的な学校というのは幼少期から通ったことがない。師匠と二人、控えめに言っても豪華とはいえない小屋みたいな家で暮らしていた。当然、勉強なんてしたことも本なんかも読んだことはなかった。だから、祓魔師の学校に行ったときはそれはもう酷い学生だったと思う。なんせ、誰もが読めるような漢字すら読めず、一般的なコミュニケーションというのをしたことがなかったからな』

『やはり、人間というのは浅はかな人間じゃの。たかがそれだけのことで人の優劣を決め、それだけでは飽き足らず、同類を蔑むとは』

『僕が言うのも違うのかもしれないけれど、まあ、仕方ないんじゃないかな』

『その心は』

『誰だって、得体のしれない存在って言うのは認めたくないし怖いんじゃないかな。人の怒りの感情っていうのは、大体がそう言うものなんだし』

『何度も言うが、主様は本当にお人好しじゃ。じゃが、主様はそうではなくてな』


 別に僕だって神様や仏様のような心は持ち合わせていない。

 あの時あの瞬間、集団という輪から外されたという事実にショックを受けなかったと言えば嘘になる。

 だけど、そんなきっかけがあったからこそ、いろんな本を読んでみようってなったなし。まあ、トントンって感じかな。


 そういえば、つい昨日のことをふと思います。


『そういえばさ、絶と契約しての特典ってどういうものがあるんだ?』

『妾を何かのサービスみたいに言うのはやめいっ!』

『言い方が悪かったな、ごめん。なんていうかさ、あの超回復ってのは初めて知ったし、俗に言うチートってやつじゃないのか?』

『そのチートというのが何なのかわからぬが。まあ、人間にとっては超人的な能力には違いないの。じゃが、知っての通りに痛みはそのままじゃがの』


 忘れたい記憶が呼び出され、顔がこれでもかと歪む。


『ああ、あれは絶対に忘れられないだろうな。今でも叫びそうだ』

『ちなみに、その痛みは妾にも伝わる』

『なっ、なんでそんな重要なことをもっと早く言わないんだ!』


 鈍痛、苦痛、激痛、疼痛。

 ありとあやゆる痛みが一気に全身を支配した。

 たった一瞬で気絶、いや、死んだとさえ思った。それを絶も味わっていたというのか。

 なのに、俺を助けてくれて、喝まで入れてくれた。


『僕が不甲斐ないばっかりに、あの時はごめん。そして、ありがとう』

『かっかっか。そんなもの、お安い御用じゃろ? なんせ、主様と妾は一蓮托生なんじゃから』

『ああ、そうだったな』


 そう、僕達はあの日から。


『それで、他にも力が使えるようになったりするのか?』

『うーむ。妾の力を使えるとなると、それこそ人間の領域なんて凌駕してしまうじゃろう。じゃが』

『運動能力は普通、学習能力も普通、顔も普通、全部普通……』


 あれ、涙が込み上げてきたんだが。


『まあそんな感じで、正直な話をすると妾にもいまいちわからぬ』

『なるほどな。そこら辺は追々って感じか。だが、超回復ってのは本当に凄いよな。あれって自分で取れた腕を拾ってつなげるとかできるんだよな』

『とんでもなく痛いじゃろうがな』

『もしもの時にってことだよ。そんなことは起きない方が良いに決まっている。だって僕の体は僕だけのものじゃないってわかったからな。だが、もしもその時が来たら覚悟だけはしてくれ』

『かかっ。そういう時でも自分より他人を優先させるとはな。流石は妾の主様じゃ』

『一応、そうならないように上手くは立ちまわるさ』

『そうかえ? 妾は近い未来に訪れると思うておるがの』

『なんだよそれ、そういう能力なのか? 吸血姫の勘ってやつ?』

『いいや、女の勘じゃ』

『なんだよそれ』


 僕に女の影なんてないじゃないか。それはもう悲しいぐらいに。

 まあ最近はいろんなことがあったけど。

 これ以上の厄介なことは起きないだろう、ああ、そうに決まっているさ。


 スマホの通知音が鳴る。

 ポケットからスマホを取り出すと、地図が。


『今日も今日とてありがとう絶、助かるよ』

『じゃが、残念ながら妾の意思でコントロールしているわけではないのじゃがな』

『まあなんだっていいさ』


 僕は立ち上がり、背中とお尻をパッパッと払う。


 じゃあ、本日もお仕事をやっていきますかっと。

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