第16話『体力測定、僕は祓魔師だぜ?』
できることなら、もう少し時期をずらしてもらえないだろうか、と淡い願いが届くはずもなく始まってしまった体力測定。
今日は随分と盛り沢山な授業スケジュールじゃないか。
「なあなあ、天空ってどれくらいできんの」
「自慢じゃないが、全然だ」
「またまた謙遜しちゃって、お互いに頑張ろうな」
数人の男子から、そんな声を掛けられる。
汗が似合うような、短髪スポーツマンな彼らは爽やかな笑みだった。
あんな人種が本当にいるとは、清々しくて観ていて気持ちがいい。
当然、皆が皆そんなわけじゃない。
体格的に運動が苦手そうな人とかかなり華奢な人は、始まる前から顔色の悪さが伺える。
大丈夫、僕も一応はそちら側だ。
「さて、今日は外でやる種目をやっていく。みんな、気張っていくんだぞー」
体育の先生はそう事務的に話を進める。
今日中にやる内容は、立ち幅跳びに持久走とボール投げらしい。
細かい説明はその時その時でするとのこと。
男子同士、この際だから自分という存在を知ってもらえる良い機会なのかもしれない……のだけれど、まさかのまさか。
このだだっ広い敷地内、校庭内にトラックが二つあるものだから、女子ももう一つで体力測定をやるらしい。
これはこれは……これはこれは……。
ましてや、体育の授業は隣のクラスとも合同で行うときた。
というか、転校して来て早々、一発目の体育の授業が体育測定ってどうなの?
ちなみに、先週の体育の時間は室内の項目だった。
長座体前屈、40㎝。
握力測定、30㎏。
上体起こし、25回。
反復横跳び、50回。
と、言う結果だった。平均値も良いところ、THE・普通。
我ながら中々に善戦できたのではないだろうか。
さて、最初に挑むのはボール投げ。
練習を希望する人は一度だけ、それ以外の人は二投まで投げられる。
白線で刻まれた円内に入り、逆三角形に広がる距離の目安となる白線の方へボールをぶん投げる、というもの。
スポーツマンな彼らは、ヒョイっと投げては距離を測定する先生が読み上げる。
次、次と順番が巡り、いよいよ僕の番に。
「お願いします」
記録係の生徒に軽く一礼して、ボールを構える。
左足を前に出し、鷲掴んだボールを大きく振りかぶって投擲――いい感じに放物線を描いてボールが着地した。
先ほどの彼らほどではないが、結構飛んだのではないか。
「22m」
いいんじゃないかな。
だって、さっきの爽やかイケメン達もこんな感じだったよね?
と、次のイケメン達。
36m、38m、35m、35m。
ん? あれ? あー……。
僕の前に投げていた人達はスポーツはスポーツでも、少し違うのか。
今投げたのは、坊主頭の野球部で、前に投げていた髪型が整った人達はサッカー部かそこらか。
つまり、僕の記録は――平均値ぐらいってこと、か……少しだけ自信があったのに残念だ。
全員が終わり、流れるように次の立ち幅跳びを実施する砂場へ。
ふふふ、これは勝ったな。
なんせ、僕は祓魔師。
アルバイトみたいな立ち位置といっても、自分の足で動いて仕事をしているんだ。
多少の脚力には自信があるというもの。
それに、僕には最強の吸血姫が相棒としているんだ、絶対に良い結果が出てしまうの違いない。
――でもあれ? 今までの結果が平凡だったような……?
『まあ、力は貸しておらぬしな』
『ええ⁉ そうだったの?!』
『うむ』
くっ、そういうことだったのか。
「次、準備してくれー」
「あ、はい」
そんなこんなしていると、あっという間に自分の番が回ってきてしまった。
よおし、飛ぶぞーっ!
「212cm」
今度こそ、やったか⁉
従来より読んできた各物語の中で、このセリフを盛大なフラグと言ったっけ。
だが大丈夫だ、今の僕には自信しかない。
「いいぞ天空、総評として今のところは全部が全体平均付近の得点だぞ」
「ありがとうございますっ」
あれ? 何かがおかしいぞ。
これってあれか? つまりは、そういうことなのか?
『妾は詳しいことをわからぬが、あれはつまり、そういうことじゃ』
『な、なんだってー!?』
『かっかっか』
こんなにも自信に満ち溢れた顔をしておいて、僕の記録は全部が普通だっていうのかー!
僕だって頑張ったんだぞ、頑張ってるんだぞ、どうして……どうして……。
『主様やい、ハンカチを貸してやるぞ』
『おい、馬鹿にするのはよせ。ハンカチなんて渡せるはずがないだろ』
『かっかっか。そうじゃったか? そうじゃったかものぉ』
『こ、こいつ……』
絶は、僕に隙ができると空かさずチクチクしてきやがる。
僕は、先生へ愛想笑いを浮かべた後、みんなが待機する場所へと戻った。
そしてふと、思い出す。
今現在、視界に入るぐらいには近くで女子も体力測定を行っている。
先生の声量はかなり大きい。
つまりは、僕の記録は男子以外にも知れ渡っているかもしれない。
なんてこったい、こんな醜態を森夏の耳に入っているかもしれないという可能性だけで、気恥ずかしくなってくる。
これは由々しき事態だ。
最後の最後に待ち受ける、休憩後に行われる持久走で挽回しなければ。
持久走こそ、僕が冗談抜きに自信を持てる項目だ。
よぉーし、張り切って走っちゃうぞーっ。
休憩の最中、爽やかイケメン達がぽつりぽつりと僕のところへやってきた。
「天空、結構やるじゃん」
「俺と近い記録もあったし、なかなかやるじゃん」
等々、彼らは僕を褒めてくれた。
その爽やかなスマイルは裏の意図は感じられず、なんなら僕もつられて笑顔になってしまったぐらい。
なんというか、僕とは済む次元が違う人種に思えてしまった。
コミュニケーションの塊みたいな人間は、森夏だけかと思っていたが、案外そうでもないらしい。
もはや存在自体が明るく光っているような感じさえしてきた。
僕よりも歩いているだけで霊が祓えてしまうんじゃないか? まあ、んなわけないか。
森夏――森夏か。
そういえば、体操着姿を拝んだことがないし、今がチャンスなのではないか。
ちらりと辺りを見渡せば、目論み通り女子も休憩時間に入ったようだ。
だが、まず最初に視界へ入った人物があまりにも驚愕的すぎて、目ん玉が飛び出しそうになった。
『あ、あれは……』
『ああ、間違いないの』
『マジかよ、同学年だったのかよ』
そこに居たのは、あの超絶毒舌美少女もとい目口殺意生娘。
出会った時は、艶のある長髪をゆらりゆらりと左右に揺らしていたに、今はポニーテールにしている。
あれ、ちょっとやっぱりあの方は美少女ですか?
『主様、また刺されるぞ』
『あぶない。一瞬でも心が奪われてしまったのは不覚だった』
『美少女好きもほどほどにの』
『そうだな、森夏と絶が居るんだからな』
『……』
あら? あらあら? あらあらあら?
もしかして絶さん、最強の吸血姫なのに言葉攻めに弱いとかそういう可愛いところがあったんですか?
え? これはこれで、なんというか――きゅんです。
『うるさいわい!』
しかも、ここでツンデレとかもう、あざといですね。きゅんきゅんです。
とか現を抜かしている暇ではない。
あの鬼娘が同級生、しかも隣のクラスという事実を知ってしまった。
これはもう、あの場所に足を運ばなければ出会わなくて済むという、安易な対処法ではどうにもできないということじゃないか。
マジでなんてこった。
「よーし、そろそろ始めるぞー」
これもなんてこった。
こんな考察をしている内に、あっという間に休憩時間が終了してしまったじゃないか。
休憩するどころか体力を消耗してしまった。
しかも、森夏を拝むこともできなかったし。
くそっ、全て持久走にぶつけてやる!
さてさてさて、僕の組が回ってきましたよっと。
「よーし行くぞ。よーい――」
――ピーッ!
ホイッスルの音を合図にスタート。
走り出して、体力はまだまだ余裕がある。
先頭集団についていくことは、やっぱり難しかったけれど自分のペースで走り続けよう。
総距離は1500m、トラックを七周と半分。
この際、座って堪能できなくなってしまったのだから、何度も回るこの持久走で目に焼き付けよう。
案外、先頭集団からは離されることはなく、後ろに張り付いてくるような人も居ない。
『なあ絶、今の俺はかっこいいかな』
『測定中だというのにお話とは、随分と余裕なんじゃな』
『それに関しては、自分でも驚いているぐらいなんだ。まだまだ余力がある。もしかして、絶が力を貸してくれているのか?』
『そんなズルには加担せんわい』
『ラストスパート、主様のかっこいい姿を一番近くで見ていてくれ』
『ファイトォ~』
そんな腑抜けた声以外で歓声を上げてほしかったのだがな。
まあいいさ、僕の本気を観ていろ。
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
ラスト半周、僕は残る体力を振り絞って先頭集団へ怒涛の追い上げをみせる。
僕はこの時思った。
もしも、もしもこの姿が進化の目に映ったのならば、僕はとんでもなくかっこいいのではないか、と。
すると、体の中、自分でも認識していない力がみなぎってきた。
これいける、もしかしたら一位になっちゃったり。
先頭集団に合流まで果たし、ラスト直線。
行けるぞ僕、頑張れ僕、美少女にかっこいい姿を見せるんだああああああああああ!
そしてゴール。
残念ながら、物語の主人公のような展開にはならなかった。
「5分40秒」
先頭集団はみんな同じタイム扱いになったらしく、僕の耳にはそのタイムだけが届いた。
だけど、これは僕も予想外だったのだけれど、ゴールと同時に転んだ。それはもう盛大に。
だから、僕の元へ飛んできたのは歓声ではなく喚声だった。
「天空、大丈夫か」
「あはは、大丈夫です」
ストップウォッチを記録係に投げ、先生やゴールしたみんなが駆け寄って来てくれた。
顔は見えなかったけれど、たぶん、爽やかイケメンなスポーツマンの誰かが肩を貸してくれて起き上がる。
「ありがとう」
顔の見えない彼へそう伝えるも、体のいたるところが痛い。
絶の力を借りればこんなことはどうとでもなる……のだが、こんなみんながいる大っぴらに力を使えば、それはそれでやばいから無理だ。
非常に痛いけれど、あちらこちらから血が滴り落ちている感覚がするけれど、堪えるしかない。
「こりゃあ、保健室だな。心配するな、授業はちゃんと出席扱いだし記録も残った。授業時間はまだあるが、思い切って休んでこい」
「あ、ありがとうございます」
「だが少し困ったな。授業を離れるわけにはいかないし、誰かを一緒にともいかないしな……」
「大丈夫です先生、なんとか一人で歩けます」
「でもなあ……」
すると、駆け寄ってきたであろう足音と、女性の声がした。
「先生、ちょうどよかった。……というのは変よね、ごめんなさい。その子が盛大に転倒している姿を見ました。大丈夫そうですか?」
「ああ、本人は一人で歩けると言っているが……あれ、その生徒は?」
「はい。この子も体調を崩していて、日陰で休んでもらっていました。ですのでこの際、二人で一緒に保健室へ行ってもらうのは、と思いまして」
「なるほど、それは名案ですね」
「伊地さん、怪我人を見守ることはできますよね?」
「はい、それぐらいなら」
ん、今、伊地って言ったか?
伊地って、森夏が言ってた学年一位の生徒じゃないか。
なんだ、完全に無縁な相手だと思っていたのに、出会えてしまうだなんて。
途轍もなく痛いけれど、怪我もしてみるもんだな。
ん、あれ。
あれ? この声、どこかで聞いたことがあるような?
僕は、介護人となってくれる女生徒の顔を拝もうと、チラリと目線を上げた。
って、お前かーいっ!
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