第15話『小テストか、ああ、任せてくれ』
「そういえば、先生が次の時間は小テストって言ってたよね」
「え?」
「あれ? 私の間違いじゃなければ、たしか先週の授業で先生が言ってたよ。……たしか、天空くんが転入してきた初日。なんだったかな、あの……超絶毒舌の女の子? がどうのこうのって言ってた後の授業だったよ」
「あぁ……」
僕は顔を歪ませながら、あの時のことを思い出す。
ああたしかに、そんなことはあったな。
なるほど……つまりはそういうことか。
辛口と辛辣の狭間、僕の精神は疲弊してしまっていたということだ。
森夏という癒し成分を摂取できたのは良いものの、その後の授業では集中力というのは皆無に等しかった。
あんなことがあったのだ、一瞬にして忘れ去って、目の前の授業にひた励むというのはあまりにも無理がある。
理由はもう一つある。
一つの地獄からは解放されたものの、授業中、もう一つの針の手は止まらなかった。
授業中、暇を持て余していたのだろう。
もっと刺激が欲しいだの、先生の言っていることが理解できないだの、それはもういろいろなことを話しかけられた。
僕だって、こうして穏やかな空間で授業を受けるのなんて初めてなのだから、堪能したかったのにもかかわらず。
……ちょっと違うのかもしれない。だからこそなのかもしれない。
初めてだからこそ、こうして誰もが普通に送るであろう日常が心地よいのかもしれなかった。
僕と絶は二人同じく。
「森夏は余裕そうだな」
「まあ、ね。人並みぐらいには」
その特に主張をしない表情と言葉は、控えめな印象を抱くけれど、それはきっと謙遜に過ぎないのだろう。
本当のところはわからないけれど、たぶん、こういうタイプは高得点をたたき出すタイプだ。
テスト前、「テスト勉強ってやってる?」という質問に対し、「いや、全然やってないよ」と答えるああいうの。
「天空くんはどうなのかな? まあ、採点が終わればわかるか」
「ああそうだな。乞うご期待あれ」
「ふふっ、それは結果がお楽しみだね」
僕だってやればできる子だ。やればできる子だ。
大事なことだからね、二回ぐらいは言っておかないと。
さて、授業が始まり、予告通りに小テストが始まってしまった。
答案用紙が僕のところまで手渡され、すぐに目を通す。
どれどれ……ふむふむ、なるほどなるほど。
――結論、ほとんどわからない。
これはどうしたものか、と考えていると、絶の声。
『主様、これらはなんと解くのかえ?』
『いい質問をしてくれるじゃないか』
『それで、解は?』
『ふっ、笑わせてくれるじゃないか。――当然、全くわからない』
僕は空想上で胸を張る。
『それを自信満々に言うのは、少しばかり違うと思うのじゃが』
『ははっ、そんなに褒めてくれるな、照れるじゃないか』
『いよいよ主様の頭の中がお花畑になってしまった……』
『そこまで言うのなら、絶が手伝ってくれないか』
ああそうさ、僕達は二人で一人なのだから。
『いいや? 妾にもさっぱりじゃ』
『え? 前に、この程度もわからないのかとか煽ってこられてませんでした?』
あれあれ、話が違うな。
僕はこのようなタイミングで助けを乞うつもりだった。
いや、カンニングじゃないよ、ケッシテ。
『それじゃあどうするっていうんだ』
『テストというものは、自力で乗り越えるものだと心得ておるのじゃが?』
『だからじゃないか。だから絶の力を借りようとしているんじゃないか』
『はて?』
『僕達は二人で一人、つまりは一蓮托生だろ?』
『主様やい。そういうのは、いささかズルいというものではなかろうか』
うぐっ、そんなこと言われなくなってわかってるやいっ。
ええい、こうなったらなるようになれ!
うむ、わかってはいたさ。
テストを前の人へ渡し終える。
ああそうさ、僕は勉強なんてできないさ。
別に隠そうとしていたわけじゃない、誰も僕にそんな問いを投げかけてこなかっただけだ。
誰が意気揚々と自分は勉強ができませーんと宣言できようか。
授業が終わった、のなら、森夏の来訪。
「天空くんはテスト大丈夫そうだった?」
もはや、人に気を使うというのは無意識に行っているのであろう、その言い回しは僕にとってはとてもありがたい。
「まあまあだったね。最近、ちょこっとだけ勉強をサボり気味だったから、もしかしたらとても悪いかもしれない」
森夏は「そーなんだ」と軽く流してくれた。
正直、助かる。
「森夏はどうだったんだ?」
「私もまあまあだったよ」
と、表情一つ変えずさらりとおっしゃっている。
僕はそれを知っている。
森夏のそれは、俗にいう余裕の表情というやつだって。
「森夏は全教科で大体何点ぐらいなんだ?」
「中間と期末とかで強化数が違うから、一緒くたには答えられないんだけれど、一年生の時の学年末テストは旧教科で870点ぐらいだったかな」
え? え? え?
はい? 僕は今、混乱している。
聞き間違えた? マジかよ、そんなことあるのか。
僕が通っていた祓魔師育成学校でも、一応座学のテストがあった。
今の学校ほどの教科数はなく、内容は専門的なことしかやっていなかったけれど。
その中で僕が全五教科中の最高点数は99点だった。
ああ、当然だけど一教科100点の中で。
だからこそ虐めの対象になったわけだ。
でも、言い訳がましいのだけれど、教科書に書いてある漢字が読めず、授業中に出てくる感じもわからない。
そんな状況下で、まともに勉強ができるはずもなく、置いてかれるのは必然だった。
ということを踏まえ、そんな人間達の中でもそこまでの高得点をたたき出すような人間はいなかった。
「え、へえ。森夏ってすっげえんだな……」
いや、凄すぎるでしょ。
「ううん。私も結構頑張っている方だとは思うんだけど、学年一位ってわけでもないんだよね」
「え、えぇ!?」
「ビックリした。天空くんってそんな声を出すことがあるんだね」
「す、すまない」
いや、こっちもビックリですよ。
だって、900点中の870点ですよ? 後、30点でオール100点、平均点100点ですよ!?
「ち、ちなみに。森夏より上って誰なんだ?」
「うんとね、それが私も肩を落したくなるんだけど……私は、学年順位は四位だったんだよ」
「えぇ?!」
「良かった。今度は驚かずに済んだよ」
心の準備をしていてくれてどうもありがとう。……じゃなくて。
一体どんな化け物が居るというんだ……。
何、この学年の上位陣は平均点99点とかそういうのってこと?
いや逆に何で間違えたんだよ。
あれか? テストを作成する先生が絶対に満点を取らせないために、意地悪な問題でも仕込んでるってことなのか?
「ち、ちなみに学年一位って誰かわかるのか?」
「うん。この学校は、一応最高順位の十位まで張り出されることになってて、点数まで晒されちゃうんだよね」
「ほほう」
晒される――確かに、その言葉の表現は合っている、のだと思う。
プライバシー的な配慮を考えるのであれば、最低でも点数は出さない方が良い。
一応、それ以外の順位や点数は公表されないみたいだけれど。配慮されているのさされていないのか、あまりわからないな。
「それで、一位って誰だったんだ?」
「一位は確か……伊地守さんだったかな。点数は891点だったかな」
マジで平均点99点のやつがいたーっ!
いやマジで、どこを間違えたんだよ。本当に先生の意地が介入しちゃってるんじゃないのこれ!?
それともあれか? 何かの教科以外はオール100点的な!?
「そ、そんな凄い人がいるんだな」
「ね。私もそう思う」
「随分と他人事みたいに言ってくれるじゃないか。僕からすれば森夏も常人離れしている人間の一人なんだけど」
「私なんて全然だよ。偶然偶然」
いや、偶然でそんな点数は取れないだろ。
「点数や順位なんていう数字っていうのは、何かを決める際の指標でしかないから。それだけで人間の価値が決められちゃうなんて、あまりにも寂し過ぎないかなって私は思うんだ」
「物凄く大人な考えだな」
「だってそうじゃない? 現に、私は天空くんとこうしてお話をしているけれど、これって数字で表されたものじゃないよね。初めて会って、初めて話して、こうやって今も話して。ここまでの中に、何か一つでも数字に関わることってないじゃない?」
「まあ確かに」
森夏の言う通り、数字で人間が決められるのは悲しいことなのかもしれない。
現に、僕はその数字によって決めつけられ、僕という人間を数字という鎖で縛りつけられてた。
「だから、私は誰とでも話すし、誰とでも話したい。誰とでも会ってみたいし、誰とでも会いたい」
それが、幽霊でも怪異でも、ということか。
「――これを、世の中一般的には"偽善"っていうらしいんだけどね」
「いいじゃないか。僕はその偽善っていうのは、立派なものだと思う」
「ありがとう」
話が反れる前に、戻そう。
「その学年一位っていう、伊地守さん? っていうのは、化け物だな」
「ダメだよ天空くん。女の子にそんなことを言っちゃ、失礼だよ」
「お、おう。これは失言だった」
あれ、女の子だったのか。てっきり男かと。
「まあでも、言いたいことはわかるよ――あっ、そろそろ次の授業の準備をしなきゃ」
「そうだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます