第14話『だからまあ、これらは夢物語ってことだよ』
今日も今日とて、森夏とのお話しタイムを愉しむ。もとい、学校行事について話をしていた。
「天空くん、付き合ってくれてありがとうね」
「いいや、これぐらいで役に立てるっいうならばどんとこいだ」
「じゃあ早速。話題に入りたいな、とは思っても、まずはこれを決めないとだよねぇ」
ある物語に出てくる委員長も、こういうことで手こずっていたな。
どうして、学校行事だと言うのに遠足のしおり作りを委員長一人に任せてしまうのか。
先生もクラスメイトも委員長という役職に甘えすぎている。
まあ、結果的にこうして森夏と二人きりで話せているのだから、逆に感謝しなければならい。
それに遠足というのは初めてで、二重の意味で心が躍り始めている。感謝感謝。
「うーん、やっぱり見やすい方が良いよね。ページ数は増えちゃうけれど――天空くんが前居た、もしくは中学校とかのしおりってどんな感じだったの?」
おっと、まずい。
「んー、あー、どうだったかな。あーでも、一ページに情報がまとまっていて、ワンポイントのコメントがあった気ような」
「なにそれ凄くいいアイデアだよ。いいね、それ採用させてもらおうかな」
「力になれて嬉しいよ」
もちろん嘘である。
僕にそんな記憶はない。
森夏には悪いけれど、この情報はこの街に来た時、駅に置いてあったパンフレットを参考にしている。
「天空くんのおかげで、物凄く進んだ気がするよ。ありがとうね」
「できれば、もっと手伝ってあげたいんだけどな」
「それは悪いよ。こうして一緒にいてくれるだけで本当にありがたいんだから」
うっひょー! 何その嬉しすぎて鼻の下が伸びそうな台詞。
『主様やい、実際に鼻の下が伸びておるぞ』
『な、なんだってー!』
「ふふ、天空くんって真面目なのか面白いのかどっちなんだろうね」
「あはは、どっちも?」
二つの意味で恥ずかしい想いをして、独りでに飛び上がったり顔を隠したりしてしまうものだから、笑われてしまった。
森夏は手元の紙にしおりの下書きをしながら、気になる話題を出す。
「昨日だったかな、偶然ニュースを見かけたんだけど。それが物凄く気になっちゃったんだよね」
「ほほう、そんなに興味がそそられるものだったのか」
「そこまで食い入るような内容ではなかったのだけれど。聞き間違えじゃなかったら、【黒霊病】って言ってたと思う」
「あぁ……」
どうしてタイミングが良いのか、どうしてその話題を振る人物がちょうど良すぎるのか。
その問いについて、僕は答えを持っている。
だけど、それを事細かくしたところで、『お前何言っての変人じゃん』と思われるのが関の山。
ただ一つだけ言えるのは、黒霊病は物凄く厄介で、病気が最終段階までいってしまった場合死は免れないとだけ。
さて、どうしたものか。
ここはしれっと話題を合わせる感じで。
「ああ、偶然の偶然だ。僕もそのニュースを観ていたよ」
「なんか専門家さんの言っていることが、わかるようでわからないようでって感じだったんだよね」
「なるほどね。僕も大体そんな感じだった」
実に完璧な相槌と回答だと思う。
「なんかねぇ、病気については侮ってはいけないってのはわかるんだけれど、名前に入っている"霊"っていうのが、なんだかどうして怪しいっていうか」
まあ、そういう感想を抱くのが普通、ということだ。
「そういえば、森夏は霊的な怪異的な存在って信じるタイプなのか?」
「うーん、どうだろうね。少なくとも、私は見たことがないかな」
「まあ、そうだよな」
「でも、どうだろうね。信じてるか、信じていないか、それはどっちでもあってどっちでもない」
「なんじゃそりゃ」
「だって、本当に見てみないと居るか居ないのかがわからないじゃない?」
「それ言えてる。でも、なんか……なんか聞いたことのある文言だ」
「それはきっとシュレディンガーの猫じゃないかな」と、森夏は小馬鹿にすることなく答えた。
何かの空想実験だったか、思考実験だったかはいまいち思い出せないのだけれど。
「でも、見てみたいな、という興味は抱いたことのある人間ではあるよ」
「その心は?」
「だってそんな幻想的な話、面白くないわけがないじゃない。空想上の生物との邂逅、誰も味わえないというなら尚更出会ってみたいと思ってしまうかも」
それは少し、危ない思想だ。
森夏のような優等生だからこそ現時点では忠告の必要性がないけれど、興味本位から逸脱した、本気度の高いものであれば今すぐにでも説得の必要がある。
霊的な存在はあまり関係ないが、怪異は全くの別物だ。
怪異というのは、求めている人間に近づきやすい。
まあ、森夏に限ってはそんな心配は必要なさそうだけど。
それにしても……うぅ、こうも悪意のない人間を前にすると、あの超絶毒舌美少女が脳裏に過ぎってしまう。
どうか、僕の記憶から消えて言ってほしい。とか、考えてしまっているだけで、僕も甚だ美少女に弱いことが露呈している。
当然、僕はマゾヒストのような部類ではない。
「森夏は珍しいな」
「何が?」
いや何故、こんな私情を口に出してしまったのか、僕も森夏と同じく「何が?」と思ってしまった。
「どうしてそんな不思議そうに私を見ているの? その顔をしていいのって、今の私だけだよね。それとも、私の顔に何か付いてたりするの?」
森夏は首の角度が直角になるほど曲げ、そのツヤツヤな黒髪が机に垂れてしまっている。
「ごめん。つい、ポロッとしてしまっただけだ。――もしも、もしもの話だけどこの世界には、そのもしかしたらが起きているかもしれない。例えば、死後この世界を彷徨い続ける幽霊とか、物語に出てくるような」
「じゃあ、そのもしかしたらには、神様とか悪魔とかも出てきちゃっても不思議じゃないってことだよね」
「ああ、そんなのも居るかもしれない。この世界のどこかに、今もどこかで、そして今ここにも居るかもしれない」
「天空くんは詳しいんだね」
「あ、ああ。いやー、その。知人でそういう人が居てね」
と、少しだけはぐらかす。
自分でセーブを掛けておきながら、自分でアウトラインまで踏み込むところだった。
でも、僕が口走った通り、こんな嘘八百のような話をよくもまあこんな真摯に受け止められるものだ。
「それに、僕はこう見えて本を読み漁っていたりしたからね」
「そうなんだ。でもそれは、それは凄いことだと思うよ」
「でもごめんね。ここで好きな作家の話とかジャンルの話とかで花を咲かせられたらよかったんだけれど……」
「あれでも、森夏も本を読んでるよね? 結構」
僕は確かに記憶している。
森夏は僕と話をしている時間以外、基本的には独りの時間を愉しんでいるような印象を抱いていた。
ここで少しばかり言葉を添えるなら、ストーカーのような卑猥な目線を送っていたのではなく、興味を抱いたからだ。
その興味というのにもしっかりとした理由がある。
森夏は僕みたいな初対面の人間とも分け隔てなく話してくれて、クラスメイトと談笑する姿も見ていた。
だからこそ、なぜ。
なぜ、そんなコミュニケーションお化けのような人間が、わざわざ話しかけるなオーラが嫌でも出てしまう読書をしているのか、と。
そんなプライベートなことをこちらから訊けるはずもなく……と、思っていたのだが森夏は。
「私ね、ちょっとだけ疲れちゃう時があって、そういう時に読書をするんだ」
いろいろな疲れる、の意味が、説明されなくてもストンと腑に落ちる。
「文字を読んでいると、物語を読んでいると、いろんなことを考えなくてよくて、別の自分にすり替わったようで。一応補足すけど、話の内容が右から左に流れてるわけでも、本を冒涜しているわけじゃないからね」
「……ああ、わかっているさ」
「まあそんな感じ」
「読書の意味も、人それぞれだからね。別にそこで何かを言うつもりはない。僕だって、勉強のために読み漁ってただけだし」
そう、僕の方が人に誇れるようなものではないのだから。
「まあでも森夏、幽霊とか怪異っていうのは気のせいみたいなものだ」
「天空くんがそう言うと、なんだかそんな気がしてきた。物語博士さん」
「なんだか物白い称号を貰って光栄だよ」
森夏に限ってそうはならないだろうけれど、ここは一応、祓魔師として釘を刺しておこう。
「だからまあ、これらは夢物語ってことだよ」
「なるほどね。つまりは、そんな話もあるんだね。ってことだね」
「そういうこと」
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