第17話『保健室にて、対戦よろしくお願いします』

 第一声、どうしてこうなった。

 いや、当人を目の前にそんなことを声に出して言えるはずはないんだが。


 今は保健室に辿り着き、二人とも椅子に腰を落としている。


 それにしても校庭からここまでの道のりは、いろいろと痛かった。

 彼女も僕を認識していたらしく、手を貸す素振りすら見せなかった。それどころか、僕から一定の距離を空けて歩く始末。

 当然、たったの一言すら交わすことはなかった。あ、そういえば一言だけ言われたっけな。「話しかけないで」って。

 ここまで酷い扱いを受ける筋合いは無いと思うのだけれど……。


 二人きりの時間は地獄の様だったけれど、保健室に辿り着けば先生が居る……と頼みの綱であった先生は、何かの用事があるとかで退出していってしまった。

 用件があるといっても、僕の患部の処置と、彼女へ保冷剤をタオルに巻いたものを渡し、しっかりと仕事をこなしてから。


 だがしかし、つまりはこの毒舌女と二人っきり。

 これをピンチと呼ばずなんと呼ぼうか。


 さて、どうすればいいんだ。


「あ、あのぉ……」

「――」


 おお怖い、何ですかその目は。

 あなたもしかして眼光だけで人を殺めることができたりしちゃうんですか。

 そうとしか思えないほどの鋭さ。


 こうして面と向かって見てみると、本当に美人だ。

 まるで雑誌の一ページから飛び出してきたモデルのよな。

 普通の出会い方をしていたのであれば、間違いなく一目惚れしていたかもしれない。

 そう、普通の出会い方をしていれば。


 さて、どうしたものか。


「さっき、私はちゃんと言葉にして伝えたつもりなのだけれど、『話しかけないで』って」

「そうなんだけど、そうなんですけれど。だけどさ、こうやって三回目の出会いがあったってのは何かの縁なんじゃないかって思うんだ」

「あら。あなたって、普通で大人しそうな平均値みたいな存在だと思っていたのに、女の子をナンパするのね。人は見ためによらずってやつかしら」


 うわああああああああああっ!

 自分が自分のことをそうやっていう分には良いけれど、そんなストレートに言われたら僕の心はぐちゃぐちゃに崩壊してしまうじゃないかあああああああああ!

 僕は、地面に転がってのたうち回りたいのを必死に堪え、なんとかコミュニケーションを図る。


「なかなか見る目があるじゃないか。だがな、僕はキミをナンパする目的で話しかけてるわけじゃない。ちょっと、ほんの少しだけお近づきになれないかと思っているだけだ。てか、その口ぶりだと、自分に声を掛けてくる男子全員がナンパしてきているみたいに聞こえるんだが」

「え、違うの?」

「どんだけ自意識過剰なんだよぉ!」

「褒めてくれてありがとう」


 全くもって、1ミリも褒めてねええええええええええ!


『かっかっか、苦戦しておるの主様』

『う、うるせえ! 見てろ、こいつと絶対に話せる間柄になってやるからなぁ!』

『やけくそにならぬようにの』


 絶は、半笑いでそんな忠告をしてきた。

 まあ確かに、こんなことで頭に血を上らせていたらキリがない。


「それに、いい加減そのキミ《・・》っていうの辞めてもらえるかしら」

「そんな事を言われても、名前なんて知らないし」

「白々しいはね。さっき、聞いたでしょ。そういうの嫌いだわ」

「……確かにな。僕もそう思う。すまない」


 僕は何も迷わず、頭を下げた。


「あら、そういう礼儀正しく振舞えるのは大したものね」

「人を人と認識し、存在を証明するもの、それは名前。それを軽はずみには考えないし、もしも自分がそうされたならば心底不愉快だ」

「そうね。ここはあなたの態度に免じて名乗ってあげるわ。私の名前は伊地守」

「じゃあ、僕も名乗るのが礼儀だよな。僕の――」

「二年二組、瓶戸天空。もう忘れたの? あなた、前に自分から勝手に名乗ったじゃない」


 勝手に、か。

 そうではあるが、そうしなきゃいけない状況だっただろうがいっ。


 頭を上げて目線が合う。


「そういえば、瓶戸くんって負けず嫌いなのかしら。さっき、見ていたのだけれど」

「あー……あれは、なんというかあれだよあれ」

「あれってなにかしら。もしかしたら、好きな女子にカッコいいところをみせたいとかそういう幼稚な理由じゃないわよね」

「い、いや? まさか、そんなはずがあるわけないだろ。考えてみろよ、転校して来て早々に好きな人ができるはずがないだろ?」


 な、なんだこの考察。まさかエスパーか!


「それもそうね。あーでも、中二病全開のネックレスを身に付けているぐらいだし、案外当たってるのではないかしら。やっぱり私は天才ね」

「へ、へえ。そんなことまで憶えているのか」

「あ、瓶戸くんの言葉を前提に推理すると、もしかして、私に見せて気を引こうって魂胆なんじゃ」

「んなわけあるかいっ!」

「やっぱり瓶戸くんはお笑いのセンスがあるわよ」

「そんなことも憶えてるなよっ!」

「ほらね」


 ぐぬぬ……普通に話ができていたものだから油断してしまった。

 やはりダメだ。この、伊地守という少女は、根本からズレている。というか、そもそも僕を対等な人間としてみていないだろ。


「瓶戸くんは二組だもんね。案外、美勝さんに鼻の下を伸ばしてるってところかしら」


 な、なんだってー!

 こんなん、本当にエスパーだろ。それ以外考えられないぞ。


「そんな隠せている風に思えて丸わかりな表情をこれ以上見せないでちょうだい。皆まで言わなくてもわかるわよ。優しいものね美勝さんは、誰にだって平等に」

「なんだよその引っ掛かる言い方は。なんか森夏に恨みでもあるのか?」

「いいえ、ないわよ別に」


 目と目を合わせていたのに、急に逸らされたら気にだろ普通に。


「どちらにせよ、瓶戸くんには全く関係のない話よ。でしょ?」

「まあそうだな。他人の事情に顔を突っ込むほどお人好しじゃない」

「あら、以外ね」

「何が? 普通はこういうもんだろ?」

「それもそうね」


 そんな会話を聞いて、絶の笑い声が聞こえてきた。


『かっかっかっ。世界一のお人好しが、どの口でその言葉を述べたのか説明してもらいたいものだのぉ。かっかっかっ』

『僕だってそこまでのお人好しではないさ。その人にとって大切な事情じゃない限り僕だって干渉はしないつもりだ。僕は心理カウンセラーでも何でも屋ってわけでもないんだから』

『それもそうじゃの、主様は他ならぬ祓魔師じゃもんな』

『ああ、そういうことだ』


 そう、僕は祓魔師。

 未練を残す霊や廃霊体のためならば、その人を思い遣ることはする。

 怪異が相手だったとしても、一方的な暴力で済ませるつもりはない。

 だが、相手が人間であるならば僕にできることはそこまでないと思う。

 だからこうして、たった一人の少女相手に苦戦しているわけで。


「気になるんだが、やっぱっり伊地さんは他の人にもそんな感じなのか?」

「なんだかむず痒いわね。他の人には『さん』付けで呼ばれる分には普通なのに、あなたに呼ばれると変な感覚がするわ。……もしかしてこれが虫唾が走るってやつかしら」

「人を汚物みたいに言うなぁ!」

「やっぱりあなたセンスあるわよ。伊地で良いわよ」

「また言っ――あ? ああ、そ、そうか」

「それでなんだったかしら。他の人にもそんな感じだって? 別に隠すことでも嘘を吐くことでもないし、答えはYESよ」


 いやそこは、隠すかオブラートに包むべきところだろ。


「まあ何があったかは別に訊くつもりはない。それは、人それぞれの事情、だからな」

「あなたは他の人とは違うのね。みんな、こういう私に偽善を振りかざして、口を揃えてこう言ってくるのよ、『何か悩みがあるなら相談に乗るよ』って」

「偽善って……」

「だってそうじゃない。私は私の意思でそうしているのに、なんで赤の他人に秘密になるかもしれないことを言わなければならないの? おかしいじゃない。しかも、それは同時に弱みを握られてしまうということ。違う?」

「それはそうだが」

「そして、秘密を握られた人間というのがどうなるのか、私は知っている。いや、馬鹿じゃなければみんな知っている。情報っていうのは、単なるお喋るの種ではなく、立派な武器であると」


 的を得ている。

 伊地がどんな情報を抱えているかはわからない。

 だが、自己防衛という面では徹底して完璧である。


「秘密は、誰かに言ってしまった時点で秘密ではなくなる。ここだけの話は、絶対にここだけの話にはならない、か」

「瓶戸くんって見掛けに寄らず、しっかりと知性を宿しているのね」

「その鋭い言葉はこの際スルーさせてもらう。僕にだって経験があるってだけの話だ」

「あらそう。見た目通りに大変そうな人生を送っているのね」


 おーい、僕は暴言を何でも受け入れられる仏様ではないぞー?


「さて、そろそろ私は教室に向かわせてもらうわ」

「え、休んでいかなくていいのかよ」

「瓶戸くんってデリカシーのない人なのね。わからない? 女の子はお着替えに時間が掛かるのよ。汗の始末だってあるでしょ」


 嘘だ! こんなに近い距離で話をしていて、汗の一つの匂いもしなかったぞ!

 てか、お前は体力測定をずっと日陰で見学してたんだろ!? てかてかてか、体調不良とか絶対に嘘だろ!!


 伊地は、僕の返答を待つことなく部屋を後にした。


 その後すぐ、保健室の先生が返ってきたのだけれど……。

 返ってきた先生は、「若いお二人の邪魔になると思って、ね。で、どうだった? 上手くいった?」とか言い始めた。いや先生、何してんですか。それはあまりにも余計すぎるお節介ってやつですよ。

 ウキウキワクワクする先生には悪いけれど、僕は「特に何もありませんよ。そう言う間柄じゃないんで」と返す。


 ほどなくして授業終了のチャイムが鳴り、僕も保健室を後にした。

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