22「なんだか面倒な家じゃね?」①
「――はっ、あ、ああ、私、私の身体! あ、ある、あるよね?」
屋上で飛び起きた水無月都は、自分の胴体がちゃんとくっついていることを確認し、大きく安堵の息を吐いた。
だが、都は夏樹に両断されたことをはっきりと覚えている。
下半身の感覚が消える瞬間、力が入らず身体が地面を転がった衝撃、断面を顕にした下半身からおびただしい血液が流れていく光景。そして、意識が眠るように消えかけていく感覚。忘れたくてもきっと忘れることはできないだろう。
なによりも、斬られたことの証拠だとばかりに、セーラー服の腹部がない。
相手の力量を測ることができなかった結果、間違いなく一度死んだのだと確信した。
どのような方法かまるでわからないが、身体がくっつき、命が繋がっていることに感謝する。
「起きた?」
「……お姉ちゃん? え? どうして?」
夏樹への恐怖を忘れらずに小刻みに震えていた都は、姉の澪の存在に気づいて、拳を思い切り握りしめて震えを堪える。
「都が由良夏樹くんと接触して、霊力が消えかけたから心配して来たの。でもね、彼と接触するのは放課後だったはずでしょう。勝手なことをしたら、ママに怒られるよ」
「ひとりだったからちょうどいいと思ったんです! だけど、あんな、化け物なんて!」
「そういう言い方はやめなよ」
「――っ、お姉ちゃんはあいつに身体を真っ二つにされていないからそんなことが言えるんです! いくら力があったとしても、普通、人に向かってあんな躊躇いがなく攻撃できるなんて……」
「都だって刀を向けたそうじゃない」
「私は! 少し脅かそうとしただけで!」
言い訳を重ねる都だが、夏樹との接触を失敗したことは間違いない。
本人もそれを自覚しているから、悔しげに唇を噛んだ。
「はぁ。それよりも、刀どうするの?」
「え? ああっ! どうして……」
澪が指差すのは、真っ二つになった霊刀だ。
都が後継者として認められた一年前に授かった家宝だった。
「……嘘ですよね。この霊刀は水無月家に代々伝わる、神が授けてくださった水で清めた……え、これ、どうするんですか?」
「家宝なくなっちゃったね」
霊刀を拾い、折れた部分を合わせてみるも、霊的な不思議な力でくっついたりする気配がまるでない。
水無月家次期当主として、やってはいけない失敗をしてしまった。
それでなくとも、母から命じられた夏樹との接触に失敗しているのだ。二度の失態を重ねた都は、母からどのような叱りを受けるのか不安になった。
呆れられたり、次期当主から降ろされることになったりしたら都の存在理由がなくなってしまう。
「とりあえず、家に帰ろ。ママには私も一緒に謝ってあげるから」
「――っ、そうやって上から物を言わないでください!」
「そんなことないよ」
「うるさうるさい! 黙ってよ、生贄の癖にっ!」
感情に任せて叫んでから、都は自分の口から出た言葉の意味を理解した。
口をつぐむももう遅い。
「……私は先に帰りますから!」
姉への言葉を謝罪することなく、バツの悪い顔をした都は大きく跳躍すると中学校の屋上から飛び降りた。
残された澪は、特に妹の言葉に怒るわけでもなく、小さくため息をつくと、
「はぁ……誰か助けてくれないかな……なんてね」
決まっている運命に争う力も湧かず、泣くことも喚くこともしない。
ふ、と、空を見上げると、青空を鳶が悠々と飛んでいた。
自分もあんなに飛べたらいいのに、なんてことを考え、澪は諦めたように笑うと、妹を追いかけて屋上から跳躍したのだった。
〜〜あとがき〜〜
もう一話、夏樹不在です。
次回は水無月家にて。
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