23「なんだか面倒な家じゃね?」②






 向島市郊外。水無月家。

 畳の香りが広がる座敷にて、正座する水無月茅と護衛として背後に控える八咫柊が、水無月家次期当主水無月都から、由良夏樹との接触、そしてその結末の報告を受けていた。


「……話はわかりました。澪、由良夏樹殿に対するフォローをありがとうございました」

「ううん」


 都の隣に正座するのは、水無月家長女の澪だ。

 市松人形を思わせるすらりとした黒髪の美少女である都に対し、姉澪は少し背が高めで、褐色の肌とブリーチを重ねた金髪をしている。

 都が優等生風なら、澪はその逆の印象を人に与えるだろう。


「お、お母様」

「なんでしょうか?」

「霊刀を、家宝を折ってしまって……申し訳ございません!」


 畳に額を擦らん勢いで謝罪する都の傍には、折れた霊刀が鞘に仕舞われておかれていた。

 折れたせいか、霊力もなにも感じさせぬただの鉄の塊になってしまった。これでは家宝の意味がない。

 叱責を覚悟で謝罪する都に、澪が庇おうとするが、それよりも早く母茅が口を開いた。


「とくに気にする必要はありません」

「え?」

「都に持たせていた刀は、ただの霊刀です。水無月家の家宝ではありません」

「え? え?」

「普通に考えて、家宝を未熟な後継者に渡すはずがありません。当主であるわたくしの目の届く場所にきちんと管理していますのでご安心なさい」


 表情を動かすことなく、折れた刀は家宝ではなかったと明かす母に、都は唖然とする。


「あなたの成長を促すために霊刀を与えましたが、かえって増長させてしまったようですね。母として、当主として、残念でなりません。なによりも、使者として由良夏樹殿に礼節を持って接触するよう命じたはずが、なぜ戦うことになったのか? いえ、敵対してどのような意味があったというのでしょうか? 同級生だから、クラスメイトだから? 由良夏樹殿が敵であったのなら、あなたは今頃死体です。彼に感謝しなさい」

「……はい」

「言っておきますが、あなたに預けてあった霊刀も業物です。成人するまでお小遣いはないと思いなさい」

「…………はい」


 落ち込む様子の都だが、予想していたよりも叱責が少なく安堵もしていた。

 母は淡々と告げる。


「都は、明日学校を休みなさい。柊が由良夏樹殿をお迎えにいきますが、あなたのせいで警戒心を抱かれるのは好ましくありません」

「で、ですが」

「由良夏樹殿とのお話の場には同席させます。それまでは、部屋で謹慎していなさい。また後日、柊によって稽古を行わせます。その驕りと傲慢さがなくなるまで稽古が終わるとは思わないように」

「……はい」

「では、下がりなさい」

「……失礼しました」


 都が一礼をして下がると、茅はもうひとりの娘の名を呼んだ。


「澪」

「うん」

「由良夏樹殿はどのような方でしたか?」

「……よくわからない」

「わからない? どういうことでしょうか?」


 茅の疑問に、澪が夏樹に抱いた感想を述べる。


「強いのはなんとなくわかったけど、どのくらい強いのかわからない。目の前に大きな壁があって、見上げてもどれほど高い壁なのかわからない……そんな印象かな」

「そうですか。力の差があるのは間違い無いでしょう。わたくしも、柊も、短いわずかな間に感じた由良夏樹殿の魔力に太刀打ちできるかどうかわかりません」


 澪は母の凄さを知っている。

 若くして神童と呼ばれ、多くの妖怪、悪魔を屠って来た実力者だ。

 他にも当主の候補に上がっていた親類を全て叩きのめし、再起不能にして当主に収まった容赦がない人でもある。そんな母が、珍しく弱気な声を出すのだ。澪には把握できなかったが、それだけ夏樹は強い力を持っているのだろう。


「しかし、不思議です」

「不思議?」

「ええ、中学三年生の少年のどこにあれほどの魔力があるのでしょう。いえ、なぜ霊力ではなく魔力なのでしょうか? 尋常ではない魔力でしたので、魔族ではないかと思いましたが、報告では人間とのこと」

「うん、間違いなく人間だった」

「ならば魔女の系譜かと思いましたが、あの血を外に出すことを嫌う魔女の血縁者が、しかも男性が日本にいるとは思いません。となると――わたくしたちにとって不可測な方かもしれませんね」


 澪としては、夏樹は力が強いが普通の男の子だったと思う。

 少なくともそう感じた。

 だが、都を両断したことを考えると、普通とは言えない。

 普通ではないのに、普通に見える、それは歪だ。

 少しだけ、彼のことが気になった。


「澪。今日はご苦労様でした。都の不始末のフォローをさせて申し訳なく思っています。あなたも今日は休みなさい。そして、明日、由良夏樹殿をお迎えしたときには一緒に」

「はい。じゃあ、失礼します」

「ええ」


 澪も去り、座敷には茅と柊のみが残った。

 ふう、と小さく吐息を漏らした茅は、娘たちには見せなかった笑みを浮かべる。


「由良夏樹殿のお力は……素晴らしい」


 柊の式神によって夏樹は遠目から監視されていた。無論、気づかれていたが、万が一に備えて監視はすべきだと判断した。

 まさか都が突っかかるとは思わなかったが、止めるには遅く、彼の怒りを買うなら買うで構わないと判断した。

 結果は、都が両断され、さらに回復されたという驚きの事態だった。


 人を両断するくらいなら、茅や柊でも可能だ。だが、その後の回復はできない。

 霊能は万能な力ではない。

 回復に特化した霊能力者は一族にいるにはいるが、それでも両断され、死にかけた人間をなにもなかったように回復できないだろう。


 だが、茅たちにとって夏樹の回復は些細なことだ。

 注目したのは、彼の持つ尋常ではない力を持つ魔剣だ。

 彼は魔剣を振るうのに力を制御していたように見えた。式神の目からでも、彼の持つ剣が、水無月家に伝わる霊刀など比べ物にならない業物だとわかった。

 そして、そんな魔剣を使いこなしている夏樹にも目を見張るものがある。


「いっそ、都の態度に激昂して、水無月家を襲撃してくだされば話が早かったのですが」

「……茅様。どこで誰が聞いているかわかりません」

「構いません。わたくしは、期待しているのです。由良夏樹殿なら、この水無月家を滅ぼしてくれるのではないか、と」


 水無月茅は歪んだ笑みを浮かべ、明日会うことのできる少年に想いを馳せるのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る