21「弟のほうが潜在能力高くね?」②





「そういえば……授業始まってるのに、どうして下駄箱にいるの?」

「夏樹くんを探しにきたんですよ。杏がクラスに帰ってきてないから、嫌な予感がして」

「わざわざありがとね」

「……クソ兄貴のせいで迷惑かけてますから」

「何度か言ったことがあるけど、一登は優斗のことでなにも悪いことなんてないから負い目を感じる必要はないよ。むしろ、あれと兄弟のせいで俺よりも苦労しているんだからもっと怒ったっていんだし」

「はははは、最近は男子や兄貴を嫌う女子に理解してもらっていますから大丈夫ですよ。それに、夏樹くんもいますし」


 優斗の魅了はすべての女子に通用しているわけではない。

 不特定の女性を侍らす優斗に不快感を覚える女子もいるので、その力は絶対ではない。

 また、一時的に優斗に熱を上げても、すぐに冷める子もいる。おそらく魅了が一時的に働いただけだろう。


 優斗の人気は後輩からすればイケメンでモテている先輩がいる、程度だ。それだけの感想で終わる子もいれば、不快に思う子もいるし、中には優斗のハーレムに入りたいと思う子もいる。

 結局のところ、自分の気持ちが一番ということだ。


「おじさんとおばさんはあの馬鹿について何か言ってないの?」

「正直、諦めかけているって言う感じですね。親として放置はできないんですけど、言っても聞かないですし。今のところ、大きな問題にっていうか、男子が僻むくらいなので問題になってないし。だから親も、問題を起こさないならそれで……ってなってますけど、いつか誰かを孕ませるんじゃないかってビクビクですよ」

「去勢してやればいいのに」

「できたら苦労しないですって」


 三原家でおかしいのは優斗だけだ。

 母親は専業主婦で、父親は会社役員。弟は一登、そして優斗という家族構成だ。


 ご両親ともに優しく良識がある方なので、異性にちょっかいばかりかける優斗を嗜めることもした。中学に上がってから、毎日違う子と遊んでいるのを知って母親が注意をしたこともあった。だが、そのくらいで優斗が改めることはなく、それどころか「僕じゃなくて女の子のほうに言ってほしいな。僕の身体はひとつなんだから」と言わなくてもいい余計なことを言って、烈火の如く怒られたのだが、まるで気にしていなかったのだ。

 正直、両親が諦めたくなる気持ちもわかる。


「あとそうだ! 明日香ちゃんが夏樹くんのこと探していましたよ」

「……明日香って誰?」

「マジですか!? 杏と同じく兄貴に夢中の子じゃないですか! 俺と夏樹くんにとって幼馴染みみたいな子なのに」

「幼馴染み……優斗の他にいたっけ? 明日香? 明日香?」


 元とはいえ義理の妹さえちゃんと覚えていなかったのに、幼馴染みの少女を覚えているはずがない。

 優斗という個性的な幼馴染みであればさておき、優斗に夢中の少女というだけで夏樹にとってはよくいるひとりでしかないのだ。


「バスケットボール部でなんちゃってエースの!」

「なんちゃってエースってなに!?」

「練習しないで兄貴といちゃついているから部員にうざがられて陰でそう呼ばれているんですよ。って、その話を教えてくれたのって夏樹くんじゃないですか! ボケるには早いですよ!」

「ああ! 思い出した! あー、はいはい、あの子ね。うん、いたいた。いたね、そんな子!」


 これまた優斗同様に、幼い頃に出会った少女のことだ。

 名を、松島明日香という。

 幼少期は少年に見間違うほどボーイッシュな子で、よく夏樹、一登の三人でサッカーやバスケットをした記憶が戻ってきた。


 優斗は後から出会ったのだが、明日香は誰が見てもわかりやすく彼に惚れてしまった。以来、夏樹たちと遊ばなくなり、優斗にくっついている。

 優斗の気を引きたいのか、兄のお下がりの少年のような格好から女の子らしくなり、夏樹と一登はそこで初めて明日香が女の子だったと知った。


 幼馴染みと言っても、短い間だけ遊んだだけであり、それ以降の交流はない。

 いや、杏同様にことあるごとに、夏樹を優斗と比べてあれだ駄目だ、これが駄目だ、と文句を言ってきていた。本人は親切心からの助言のようだったが、聞いている夏樹からすると「なぜこいつに駄目出しされないといけないの?」という心情だった。

 親しかったのは本当に短い間で、友達だったという認識もない。ちょっと遊んでたら知らない間に遊ばなくなった。物心つくと急に駄目出ししてきた変な子、くらいだ。

 一登にも「もっとお兄ちゃんみたくなりなよ!」とか、余計なことを言っていたと思い出す。


 当たり前だが、夏樹にも一登にもみんなの前で平気でそんなことを言うので、明日香の評判はあまり良くない。

 とはいえ、杏のように罵倒してくるわけではないので、あまり気にしていなかった。というか、気にもならなかった。


「杏のあとに明日香が探しているとか聞くと嫌な予感しかしないんだけど」

「俺にも理由はわからないけど……めちゃくちゃ慌ててましたよ。夏樹くんにメッセージとか……あ、そもそも教えてないですよね」

「そりゃ、仲良くない人に連絡先は教えないでしょう」


 夏樹の記憶が正しければ、優斗と明日香は恋人ではないが肉体関係にあるはずだ。

 優斗が自慢することじゃないけど、という感じで前置きしてから自慢げに言っていたことを覚えている。


「まあ、いいや。なんか、学校にいても面倒な予感しかしないから今日は帰るよ」

「そのほうがいいかもしれませんねー。俺も、兄貴が彼女作ったせいで、クラスメイトにいろいろ聞かれるんですけど、知らねーよって感じで」

「そりゃそうだろうねぇ」


 一登とそんな会話をしていると、五時間目の授業が終わるチャイムが鳴った。

 夏樹は一登に軽く手を上げ、ハイタッチする。


「んじゃ、俺帰るね」

「うーっす! じゃあ、また明日。あ、でも、なんかあったら電話しますから出てくださいね!」

「了解!」


 挨拶を交わし、夏樹は教師に見つからないようにそそくさと学校を後にする。


「一登は相変わらずいい奴だな。……それにしても、優斗よりも潜在能力がでかいのって、正直どうなの!?」


 顔に出すまいと必死に我慢していたが、ひとりになったことでようやく吐き出せた。

 優斗も一登も、目覚めていないが潜在的に力を持っていることがわかり、夏樹は結構動揺していた。





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