19「魅了とかキモくね?」②
「一応、聞いておくけど乃亜ちゃんって……三原くんの彼女のことだよね?」
「そのことで怒っているんだろう? だから、付き合うときに筋を通して隠さなかったじゃないか。なのに……男らしくないだろう!」
「誤解だって言っているのに、こいつは本当に会話していて疲れる。というか、会話ができている気がしないんですけど」
必死に記憶を手繰って乃亜という少女を思い出す。
少し気安い感じの隣のクラスの少女だった。
(確かに俺は、気になると言った。それは好意や好奇心じゃなくて、違和感や不快感だったんだけどな)
ぽろり、と優斗の前でこぼしたのが悪かった。夏樹が異性として気になっていると勘違いされ、すぐに乃亜を恋人にしてしまうとは想像もしていなかった。
夏樹としては、優斗と乃亜が付き合うことに反対はしないし、それ以前の問題としてどうでもいい。
誤解しているのならそのままでもいいと思っていたが、夏樹が優斗の想い人を奪われたせいで友達ではないと冷たい態度をとっており、男らしくない、と思われているのは遺憾でしかない。
面倒だが、訂正しておくことにした。
「あのね、一度しか言わないからよく聞いてね」
「な、なにを」
「俺はね、乃亜っていう君の彼女を好きだったことはないし、異性として気になったこともない」
「え?」
「むしろ、その逆だから」
「え、それって」
「気にはなったよ。でもね、気持ち悪いという意味での気なるだから。断じて、好きでもなんでもあーりーまーせーんー!」
(今ならわかるんだよね。乃亜って子は、人じゃない。魔物っていうのか、亜人っていうのか、とりあえず異世界だと魔族と呼ばれている方面の種族なんだよなぁ。実際、ちゃんと会ってないから種族はわからないけど、あまり良くない感じの種族だと思う)
夏樹は力に目覚める前からなんとなく察していたようだ。
ただし、乃亜という子が人間に悪いことをしているかどうかまでは不明だ。
水無月家という一族と、院という組織があるのなら、人外が悪さをすれば取り締まるだろう。
ならばあえて夏樹から関わることはないし、乃亜の本性まで誰かに伝える必要はない。そんなことをしても、いいことなどひとつもないからだ。
ただし、夏樹の想い人ではないということだけははっきりさせておきたかった。これに関しては迷惑という実害が出ている。
「待って、待ってくれ!」
「なに?」
「僕に乃亜ちゃんを奪われたからって、そんな嘘をつかなくても」
「嘘じゃないって」
信じられないとばかりに震えている優斗に、夏樹は怪訝な顔をする。
夏樹が乃亜を好きだったということが誤解であることに、なぜそうも動揺するのか理解に苦しむ。
だが、次の優斗の発言で、夏樹はいろいろ合点が言った。
「じゃあ、なんのために僕は……」
(こ、この野郎。前々から思っていたけど、わざと誰かの好きな人とか、幼馴染みとかに手を出してるな!? つーか、仮にも親友だと思うのなら、そういうことはしないだろう! 魅了的な力があるからの前に、その考え方がキモすぎる!)
他人の物、近しい人間を奪うことを好んでいるのなら、中学三年生にしてなかなか歪んだ性癖の持ち主である。
(どおりで所構わず女の子に粉をかけては特定のひとを選ばないでハーレムをつくっているわけだ。女の子が好きなんじゃなくて、誰かの大事な人や想い人が好きなわけだ。やっぱりキモー!)
信じられない、と顔色を悪くしている優斗にこれ以上付き合う気が失せた。
魅了に関しては、あくまでも触れた相手にきっかけにしかならない些細なものなので、優斗と女の子の問題だ。
元義妹に関しても、きっかけこそ魅了だったとしても自分の意志で優斗を好きになったのだし、それ以上に、自分や母に暴言を吐き、癇癪を起こし、優しかった義父を追い詰めて離婚を決断させたことは消えない。謝罪されていればまだ可愛げがあるが、謝罪はなく自己弁護だけだったので、気持ち悪ささえ覚える。もっとも、謝罪されて許すとかではなく、謝罪されたところで他人なので興味もなにもないのだが。
夏樹は優斗に言葉をかけず背を向ける。
授業に出る気もなくなったので、このまま帰ることにした。
せっかく愛しい故郷に帰ってこられたのだ。学校をサボって買い食いをしたってバチは当たらないだろう。
さすがに優斗も、夏樹を引き止めようとはしなかった。
「なんか甘い物飲みたい。炭酸飲料とかガブガブ飲みたいなぁ」
疲れたときは糖分吸収だ。そんなことを思いながら、下駄箱でスニーカーを履く。
「あ、いたいた! 夏樹くーん!」
聞き覚えのある懐かしい、少年の声に振り返った。
すると、
「メッセージの返事してよ! 何度も送ったんだけど!」
茶色い髪をツーブロックにしたチャラい感じの少年が笑顔を浮かべて近づいてくる。
彼の名は、三原一登。三原優斗の弟だ。
夏樹にとって、優斗よりも幼少期を共にした、いい意味で幼馴染みと呼ぶのにふさわしい相手だった。
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