20「弟のほうが潜在能力高くね?」①




「あー、ごめんごめん! いろいろあって。それにしても……一登は大きくなったなぁ」

「何言ってんの? おととい会ったばかりじゃん?」


 左耳に三つのピアスを空け、制服をだらしなく着ている一登は一見するとチャラ男だが、昔からいい子である。

 もうひとりの幼馴染みで自称親友の優斗が、幼少期から女の子とばかり遊んでいるので、夏樹は一登と一緒に近くの森を駆け巡り、蝉を採り、カブトムシやクワガタを捕まえ、最中釣りをしたいが道具がなかったので川でよく見かけるおじさんに弟子入りして釣りを覚えた。今は、あまり虫は好きではなくなったが、釣りに関しては中々の腕前だと自負している。


 一登は優斗の弟というだけあり、夏樹以上に苦労している。

 女友達をはじめ、少し仲良くした子がしばらくすると優斗に夢中になってしまうのだ。そして、一登の親しくしている友人の気になる異性、親しい少女にも手を出すのだから始末が悪い。

 中学に上がり、異性や性に多感な時期になると、優斗の存在はひとつ年下の後輩たちからも疎ましく、そのせいで一登がいじめられかけたこともある。

 夏樹が後輩たちの間に入り、三原優斗という存在は自然災害みたいなものだから、と説いたことでことなきを得たが、一登はこれをきっかけに軽くグレた。


 家に帰らないようになり、素行の悪い人間と付き合いはじめたのだ。さすがにまずいと思った夏樹が、深夜にふらついている一登と殴り合うなどもしたが、結果として彼は道を踏み外さずに済んだ。

 優斗のせいで貴重な十代を無意味に過ごす必要はないのだ。

 また、その際に聞いたのだが、優斗は異性だけではなく同性にも熱狂的な支持者がいるようだ。

 当時は普通に異性だけではなく、同性にも手当たり次第な優斗を気持ち悪いと思ったが、異世界から帰還して改めて優斗と顔を合わせた今も、変わることなく気持ち悪いと思う。


「そうだったっけ? まあいいや。それで、メッセージって?」

「杏のことだよ。ほら、俺って杏とクラスが一緒じゃん? クソ兄貴に彼女ができたせいか、杏がおかしくてさ。昨日も、夏樹くんに関していろいろ聞いてきたから、なんかあったのかなって。それに、夏樹くんは杏が嫌いだから、迷惑かけられないように気をつけてって言おうと思ったんだけど……遅かったみたいだね」

「せっかく気にしてくれたのにごめん。杏とかいう人、突撃してきたよ」


 ため息をつきながら、夏樹は一登に説明をした。

 杏がいきなり話しかけてきて、優斗におかしくされていたとわけのわからないことを言ってきたこと。その後、優斗が杏が泣いたことを知り、ぶん殴られたこと。


「それは災難でしたね。にしても、やっぱり杏はおかしいですよね」

「そうなの?」

「そうなんですよ。夏樹くんが興味ないのは理解できますけど、俺としては放っておけないっていうか……性格は悪いですけど、昔からの付き合いですし」


(……そういえば、一登は杏が好きだったな。今はどうかしらないけど、気にはなっているのかな?)


 乃亜という少女を夏樹が好きだと思ったから手を出していた優斗なら、夏樹の義妹であり、一登の想い人でもある杏にわざと手を出していたと考えられる。

 ただし、杏には魅了はもちろん、洗脳などの精神的な作用がある力は使われていなかった。少なくとも、夏樹の見た限りは、なにもされていない。


 きっかけは魅了だったのかもしれないが、今までは杏の意思で優斗を好きだったのだから、優斗の中身がどうであれご勝手にしてくださいといった感じだ。

 だが、もしも、一登が杏を今も好きなのならば、どうにかするべきなのかと悩むが、個人的には義理の母と兄に散々暴言を吐き、癇癪を起こして暴れ、自分のしたことを棚に置くような女は一登にはふさわしくないと思う。


「うちのクラスの女子も、何人か様子が変なんですよ。とくに、田淵絵里がやばくって」

「田淵絵里?」

「本当に興味ない人だなー。二年生で一番可愛い子ですって。上級生にも人気なんですよ。もっとも、クソ兄貴に手を出されていますけど」

「……本当にあの馬鹿は手が早いな」

「しかも、割とガチめに手を出されちゃっていて……他にもそういう子はいるみたいなんですけど」


 優斗の手の早さに呆れる。

 童貞の夏樹には、恋人でもない少女と肉体関係を持つことができるのが不思議でしょうがない。

 そこに愛はないのか、とか、女の子もそれでいいのか、とも思う。

 いくら魅了があっても、優斗の力は強くなく、万能ではない。


(顔がよくて、女の子への当たりがいいんだから、魅了がちょっとしたアクセントになってもともと女の子を口説くセンスがあったってことでいいのかな?)


「田淵絵里は急に昨日の放課後に倒れたみたいなんですけど、それ以降兄貴を避けているっていうか、会いにきても友達に隠れちゃうんですよ。今までは、姿を見つければ呼ばれていなくても小走りで近づいて行ってたのに」

「……うーん。ていうか、その子は周囲との関係は悪くないんだ?」

「めちゃくちゃいい子ですよ。杏と違って、俺や夏樹くんに兄貴と比べて暴言は吐きませんし、兄貴と他の子がいても笑顔でにこにこしているんですよ。だから、俺たちも悪い印象はないですし、健気って思ってましたね」

「ちなみに杏への周囲の反応は?」

「あまりこういうことは言いたくないんですけど……性格ブス、うざい、わがまま、人への文句多すぎ、媚び売りすぎ、田淵さんを見習えよ、とかですかね」

「言いたくないってわりには言うなぁ!」


 ははははは、と夏樹と一登は笑ってから、そろって肩を落とした。





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