12「用があるならそっちが来るのが筋じゃね?」①





「――ご馳走様でした! おにぎりって、聖剣よりもよほど世界に重要な存在だと思うね! 神器だよ、神器!」


 母が作ってくれた弁当を屋上で食べ終えた夏樹は、軽くお腹をさすると、ペットボトルのお茶を飲む。


「うん! 当たり前に飲んでいたお茶だって最高! ま、向こうじゃ飲み食いしていなかったんだけどね」


 異世界に召喚され、心躍ることもなかった夏樹をさらに絶望させたのが食生活だった。

 肉をどんっと焼き、野菜は水と塩で煮込むだけ。飲み水に至っては濁っていて一口でお腹を下しそうだった。寄生虫や病気を考えると、異世界からあの世に旅立ってしまう可能性さえあった。

 貴族たちでさえ、肉はスライスして盛り付ける。スープも気取ったお皿に。レモンを入れる間にもっとすることあるだろ、と突っ込みたくなるような水は上等そうなグラスに注ぐだけ。

 平民との違いは、塩胡椒をふんだんに使えることや、高そうなワインを飲んでいること。食事の支度を使用人にさせていることくらいだった。


 水を煮沸しろ、肉はちゃんと焼け、野菜の皮をしっかり剥け、とか言い出したらキリがない。

 夏樹は、異世界の食事を口にしたら間違いなくあの世行きだと考え、一切手をつけなかった。

 しかし、飲まず食わずで六年間生きていけるはずがない。


 最初は辛かった。空腹になると、保存状態が悪い食事や、雑菌だらけだと思われる水も欲しくなった。だが、我慢した。腕に噛みつき、血を飲み、汗を舐め我慢し続けた。

 異世界の物を食べたら、元の世界に戻れない――そんな気がしたのだ。

 もっとも成長期の少年が空腹で三日と持つはずがなく、頭がおかしくなりそうだった。空腹と、恐怖が夏樹の中で蠢き、正気の方が先に無くなりそうになったとき、身体に変化が起きた。


 空腹と乾きが無くなり、身体に力が漲ったのだ。

 その時は、「俺、すごくね?」と思っていたのだが、後に大気に溢れる魔力を吸収して生命力に変えていたと知った。


 元気になった夏樹だが、「早く魔族と戦え」「土地を取り戻せ」「魔族の奴隷がほしい」「女子供は労働力として生かしておけ」と勝手なことばかり言う人間たちに嫌気が差していて、食事の改善やゲームの類を異世界ものよろしく教えるようなことは絶対にしなかった。


「思えば、魔族たちのほうが魔法を使ってこっちに近い生活をしていたなぁ」


 そんな異世界の住人たちが、今、なにをしているのか――全く気にならない。


「さてと、午後は授業を受けたいし――そろそろ出てきていいよ」


 夏樹が、面倒臭そうに屋上への入り口に向かって声をかけると、ひとりの少女が現れた。


「――気づかれていましたか。どうやら力があるのは本当のようですね」

「誰?」


 艶やかな黒髪を伸ばした少女は、夏樹の記憶にある市松人形を想像させた。

 髪型もそうだが、容姿もこれでもかと整っている。欧米人よりの異世界人とは違う、日本美人に将来なるであろう美少女だった。整った鼻梁、キリリとした眉、なによりも強い意志を持っているであろう瞳が印象に残る。


「っ、そうやってふざけたことを。クラスメイトではないですか!」

「……えっと、一松子さんだっけ?」

「水無月都です! どこから出たのですか、その名前は!」

「あ、そうそう。水無月都さんだよね。うん。もちろん、すごく覚えています。確か、隣の席だったよね?」

「違います!」


 整った顔に怒りを露わにし、少女――水無月都が怒鳴る。

 はて、と夏樹が首を傾げた。

 なにせ体感では六年ぶりだ。しかも異世界で過酷な六年を過ごしていたので、クラスメイトの顔や名前はあやふやだった。


(うーん、戦った魔王とか、勇者様と結婚したいですとか言いながら父親の友人と不倫していたお姫様の顔のほうが印象的でよく覚えているなぁ)


 夏樹の反応が薄いことに苛立ったのか、都はつかつかと近づいてくる。

 目の前に立った少女は、夏樹を見下ろすと、はっきり告げた。


「まあいいや、それで用事があるんでしょう?」

「水無月家は由良くんの力を感知しました。説明を求めます。水無月家に来てください」

「え? やだ!」


 迷うことなく夏樹は断った。

 まさか断られるとは想像もしていなかったのだろうか、都は驚きのあまり口をぱくぱくしている。


「……な、なんですって?」

「いやさ、用があるならそっちからおいでよ。失礼しちゃうなぁ」


 夏樹の物言いに、都は顔を真っ赤にした。




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