11「今さら義妹と関わる必要とかなくね?」②
「じょ、冗談はやめてよ。杏のお兄ちゃんは、お兄ちゃんじゃない」
「……杏? ああ!」
少し苛立ちを見せた少女が、六年ぶりなのですっかり顔を忘れていた元義妹だと思い出す。
だが、向こうにとっては、昨日も顔を合わせた相手だ。「どちらさまですか?」などと言われれば不愉快だろう。
しかし、今更、兄と呼ばれる関係では無い。
彼女が、優斗に恋心を抱いたのはさておき、自分や母に悪態をついて両親の離婚のきっかけを作ったのは事実だ。
いくら幼さゆえの過ちであったとしても、他人に戻った夏樹を兄と呼ぶのは図々しい。
「で、なに?」
夏樹の素っ気ない返事に、綾川杏は肩をびくりとさせた。
首を傾げてしまう。
杏は、夏樹と優斗を比較した結果、散々罵倒してきたのだ。それを今更、どのような企みがあって、夏樹を兄と呼ぶのか理解に苦しむ。
というか、もう兄ではない。
「あ、あのね、お兄ちゃん。杏、おかしかったの。あいつに、おかしくされていたの!」
「はい?」
突然、なにを言い出したのか、と思った。
あいつとは誰だ、と首を捻るが、杏が狂おしいほど惚れていた優斗のことだと思い出す。
「まるで操られていたみたいに、あいつのことを急に好きになって! でも、急にどうでもよくなったよ」
「……それは、一目惚れをしたから急に好きになって、失恋したからどうでもよくなったんじゃ?」
「違う! そんなんじゃない!」
ヒステリックな声を上げた杏に、少し面倒になってきたと感じた。
(今まで優斗は彼女を作らなかったし、特定の誰かを一番だと公言していなかったからなぁ。フラれてショックなんだろうけど、操られたとかは言い過ぎじゃないか)
急にどうでもよくなった、という言葉も引っかかる。
杏は、短期間とはいえ仲よくしていた兄を罵倒するほど優斗が好きだった。周囲に他の女子がいるだけで不機嫌になるほど優斗に夢中だった。優斗ばかりを追いかける杏を嗜めた母に大暴れして抗議するほどだった。
それだけしていたのに、急に優斗のことがどうでもよくなるなどありえるのだろうか、と疑問に思う。
彼女になれなかったショックで言っているのなら、まだわかるが、仮に本当にどうでもよくなっていたのなら、彼女の数年にも及ぶ恋心はなんだったのだと考えてしまう。
(まー、だけど俺には関係ないかなぁ!)
兄妹でなくなったあとも話しかけられたことはあった。
ただし、それは優斗と比較されての罵倒などばかり。ときには、これまた名ばかりの幼馴染みである少女と一緒に、駄目出しをしてくるのだ。
ちなみに、そういうときの優斗は、いつも「はははは、なんか彼女たちがごめんね」と意味のわからない謝罪をしていた。
夏樹にとっては、なぜ君たちはわざわざ話しかけてくるのかと疑問でしかない。
今もそうだ。
杏が優斗への恋心をなくしたとしても、夏樹には関係ない。
報告はいらないし、気にしたことさえない。
(なんていうか、俺がこの人のことを気にかけていたみたいな誤解があるよね? 解いたほうがいいのかな?)
夏樹が悩んでいる間に、杏の独白は続いていた。
あまり聞いていなかったが、ところどころ耳に届いていた内容を要約すると、別に好きじゃなかったし興味もなかったはずなのに夢中だった、ということ。
はっきり言って意味がわからない。
そんなことを言う杏に不気味さを覚えた。
(お腹減った。そういえば久しぶりのお弁当なんだよねぇ。屋上で食べようかな)
申し訳ないが、これ以上杏に興味を持てそうもなかった。
すると、夏樹の反応が鈍いことに焦れたように、近づいてきたので、夏樹は階段を昇る。彼女が近づいてきた分だけ、離れた。
その態度を拒絶と受け取ったのか、それとも別のなにかと受け取ったのかわからない。
俯いてしまった杏が、しばらくそのまま固まっていると、なにやら決意を秘めた顔をして夏樹を真っ直ぐに見た。
「杏ね、お兄ちゃんのことが好きだったの」
「あ、そう。じゃあ、そういうことで」
「――え?」
呆然とする杏を放置して、夏樹はさっさと階段を昇って屋上を目指した。
(……なんていうか、気持ちの悪い奴だなぁ)
散々自分のことを罵倒し、悪態をつき、母を悲しませた少女の言葉などなにひとつとして響かなかった。
それどころか、嫌悪すら覚えた。
夏樹は、もう嫌だとばかりに、さっさとその場を去ったのだった。
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