10「今さら義妹と関わる必要とかなくね?」①






 警察署をあとにした夏樹は、青山署長から「ちゃんと学校に行け」と言われたので、自転車で向島第一中学校に向かっていた。

 署長室で話している間に、制服は水洗いして乾燥してくれてあった。

 ちゃんとクリーニングに出したわけではないので、潮臭いが、ずぶ濡れよりマシだ。問題は母に、この潮臭さをどうやって説明するかどうかを悩む。


「ん? あ、そうだ。スマホをずっと預けていたんだった。え? なにこれ、色んな人からめっちゃ連絡きているんですけど」


 自転車を一旦止めて、スマホをチェックする。

 現在も次から次にメッセージが届いている。


『おい夏樹! 優斗に彼女とか、どういうこと!?』

『由良くん優斗くんの彼女って何か知ってる?』

『優斗が彼女作って大混乱なんだけど!』

『一部の女子が阿鼻叫喚でウケる!』

『由良はなんで休み? 面白いことになっているから学校に来いよ?』


 メッセージを確認して、夏樹はげんなりした。


「学校行きたくねー。超行きたくねー」


 相変わらず、どいつもこいつも三原優斗のことばかりだった。

 良い思い出がない異世界で唯一嬉しかったのは、幼馴染みの名前を聞かなくて良かったことだ。

 二度と戻りたくない異世界を、帰還二日目でちょっと懐かしく思ってしまった。


「まあ、わかっていたよね。優斗が彼女作ったら、中途半端に手を出されていた女子が冷静でいられるわけがないっての」


 三原優斗はモテる。めちゃくちゃモテる。異性からはもちろん、時には同性からさえモテる。

 タチの悪いことに、好意に鈍感ではなく敏感だ。誰が誰に気があるのか、めざとく気づく。それでいながら、好意を集めたがる。特に、女子の好意を収集する癖でもあるのかと問いたくなるほど、だ。

 異性に好奇心しかない思春期男子が手当たり次第に手を出そうとするのではない。

 自分以外の誰かに好意を抱いている女子を見つけては、その好意を自分に向けることが得意なのだ。その間は、その子だけに夢中になるのだが、手に入れたと認識するとすぐに興味を失う。それでいて、女の子には思わせぶりな曖昧な態度をとるのだ。

 タチが悪い、を通り越している。


 それでも、発言力や影響力を持つ女子が優斗の自称彼女を気取って取り巻きを仕切っていたのだが、本人がちゃんと彼女を作ってしまったのだから、そのバランスが崩れること間違いない。

 優斗の取り巻きとはあまり関わらないようにしているが、一部の女子はなぜか夏樹に突っかかる。突っかかっては、優斗と比較し、優斗のほうがいいと言うのだ。

 なら初めから関わってくるなと思う。


「遊ばれていた女子たちが混乱する姿を見たい気もするし、責任転嫁される未来しか見えなくて学校に行きたくないんだけど……はぁ」


 すでに時間は昼だ。そろそろ学校では昼休みになるだろう。

 一番ざわつく時間に学校にたどり着くのも嫌だが、青山署長に学校に行けと言われた手前、帰宅するのも気が引ける。


(つーか、見られているんだよねぇ。誰の指示かしらないけど、監視されているんだよなぁ。おじさんがこんなみみっちいことはしないだろうから、俺の力に気付いた誰かかな?)


 監視されているのなら、自宅に帰るのは得策ではない。

 母は仕事でいないので、ひとりになったところでなにかされるなど溜まったものではない。襲われて抵抗できないわけではないが、こちらの世界の人間がどの程度できるのか把握していないため、やり過ぎてしまう可能性もある。

 そのやり過ぎを自宅でしたくはなかった。


(監視者も、校舎内でなにかしてくることはないでしょ)


 視線を感じながら、自転車を再び漕いで学校へ向かう。

 校門を抜け、駐輪場に自転車を停めると、下駄箱へ向かう。

 湿った靴と靴下を脱いで上履きを履くと、校舎の三階に向かって階段を登ろうとした。


「――お兄ちゃん」


 どこかで聞いたことがある声が響くが、そのまま階段に足をかける。


「お兄ちゃん!」


 より大きな声が響き、夏樹はもしかして自分が呼ばれているのではないかと思った。

 しかし、夏樹には兄と呼ぶ人間はいない。

 気のせいか、と首を傾げて振り返ると、階段の下の踊り場に、亜麻色の髪をツインテールにした少女がいた。


「夏樹、お兄ちゃん」

「どちらさまですか?」


 見知らぬ少女が自分の名前を知っているだけではなく、「お兄ちゃん」と呼んでくることを、ちょっと怖いと思った。




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