6「捕まったんだけど冤罪じゃね?」①
由良夏樹は、異世界に勇者として召喚された。
魔王に侵略されつつある人間たちが、救いを求め、勇者にだけが振るうことができる聖剣の使い手を探し、見つからず、躍起になって召喚魔法を使いをとにかく見つけようとした。結果、地球の日本から夏樹を呼び寄せることに成功したのだが、異世界人たちもまさか別世界から使い手を呼ぶことになるとは想像の範囲外だったようだ。
異世界召喚にも関わらず召喚特典というものは無いに等しく、ひどく落ち込んだ夏樹だったが、聖剣に触れ、使い手として認識された瞬間――人でありながら人を超越した力を手に入れた。
――同時に本物の『勇者』でもあることを自覚した。
聖剣が選んだだけの勇者ではなく、夏樹自身が聖剣がなくとも勇者としての力を有していたのだ。
つまり、勇者としての力をふたつ持つことになったのだ。
聖剣を手にしたことで、夏樹は覚醒した。
二重の力を持つ勇者として、力を手に入れた。
その後、戦いの基礎ではなく、戦うための度胸を徹底的に叩き込まれた後、すぐに魔王軍との戦いに放り投げられた。
他者を傷つけることへの抵抗、命を奪う罪悪感、魔族を人として見ない人間、人と変わらなかった魔族。
数々の経験をし、ときには仙人を自称する老人から戦い方を教わり、魔王軍四天王を倒し、魔王を倒した。最後には、世界を破滅へ導こうとしていた魔神さえ倒したのだ。
異世界全土を支配しようとしていた魔王、そして魔神を倒した力は、現在の夏樹の中に間違いなくあった。
「さて、と」
海の上に胡座を描いていた夏樹は、水面に立つと、右腕に左手を添えて真上に向けた。
「とりあえず、全力で一発撃ってみますか!」
魔力を解放する。
身体の中で、なにかが目覚めたように躍動し、体内を駆け巡る。
今の肉体で、ちゃんと魔力を使おうとしたことで、魔力が馴染んでいくのがわかった。
体内に張り巡らされている毛細血管のごとく、由良夏樹のすべてに魔力が染み渡り、循環を始める。
「景気良く行きますか! 俺の十八番だ――黒狂う雷」
厨二病なネーミングセンスの魔法が夏樹の右腕から放たれた。
その威力は、まるで天に昇る黒龍のごとく。
雷を放った余波で、海面が爆発し、海水が豪雨のように降り注ぐ。
「――っ、ぐっ、ああっ」
黒の雷が空で暴れ、雲を掻き消し、暴れ狂う。
雷を放ち続けている夏樹の腕が裂け、血が吹き出した。続いて、額が割れ、鼻血が垂れ、眩暈がする。
このまま続けたら、意識を失う、ということろで魔法をかき消した。
気づけば、息が切れ、買ったばかりのパーカーが潮水と血で汚れていた。
「……なるほど……この十四歳の身体だと全力は出せないのか」
鍛えたことのないごく普通の未成熟な肉体では、限界があった。おそらく同力の魔法は同じ結果になるだろう。
他にも、もっと強力な魔法もあるが、使えるかどうか不安だ。順々に試していくことがいいと判断した。
「問題は、聖剣なんだけど……こっちも不安だなぁ」
夏樹が喚ぶと、当たり前のように右腕に一見するとただの西洋剣にしか見えない聖剣が握られている。
しかし、黒狂う雷で、海と空に大きく影響を与えたことから察するに、聖剣を使えばもっと酷いことになりそうだ。
なによりも、使い勝手が悪く、『やんちゃ』な聖剣を、今の夏樹が制御し切れるとは思わない。
「向こうでも使いこなすのに相当苦労したもんな。仙人の爺さんから、力の使い方を教わったからなんとかできたってだけで、百パーセント使いこなせていたかって言われたら、正直悩む」
異世界で最強を手に入れた力は、当時の夏樹でさえ完全に掌握していなかった。
今の幼い肉体では、夏樹自身はもちろんのこと、適当に使えば周囲に被害を与える可能性がある。
「ま、いっか! どうせ使う相手もいないだろうし」
結論として、そう落ち着いた。
使う場所がない力など持っていないに等しい。
空を飛んだりするのは良いとして、こちらの世界で戦う力のない人間を痛めつけるような趣味は夏樹にはない。
「なんか、しらけっちゃったな」
力を確認しても、宝の持ち腐れだ。
嬉しさ以上に、虚しさが胸の中を支配した。
「帰ろ」
傷ついた肉体に回復魔法『ヒール』をかけながら水面ぎりぎりを飛び、浜辺に向かう。
止めてあった自転車を拾って、コインランドリーで制服を洗おう。
母にいろいろバレるのはまずい。
そんなこと考えながら、浜に着地した夏樹が、少し離れた駐輪所に足を向けようとした時、
「手を上げろ!」
複数人の警察官に取り囲まれた。
「え、ちょ、ま?」
制服警官の中に、スーツ姿の人間もいる。若い男女と、中年、初老と様々だ。
全員に共通していることは、――拳銃を構えていること。
「発砲許可は得ている! 大人しくその場に這いつくばれ!」
異世界から帰還して二日目。
由良夏樹は警官たちに包囲された。
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