4「義妹を忘れていたけどどうでもよくね?」①
母のお手製カレーをお腹いっぱい食べ、熱いお風呂に入り、ぬくぬくの布団で眠りについた夏樹は、朝まで爆睡した。
スマホのアラームが鳴り響き、存在を思い出す。
椅子にかけた制服の上着のポケットに入っているため、ベッドから出なければならなかった。
「うう……出たくない」
しかし、アラームを止めなければ、鬱陶しい。
夏樹は嫌々起き上がると、スマホを上着から抜きアラームを消した。
「んんん?」
スマホの画面には新着メッセージの表示がある。
開いてみると、優斗をはじめ、多くの人たちからメッセージが届いていた。
中には、名前も思い出せない人もいたが、おそらく同級生だろう。
「こんなにメッセージをもらうことあったっけ? 駄目だ、久しぶりすぎて思い出せない」
悲しい事だが、友人はそれなりにいるが、毎日多くの友人たちからメールが来るほど深い付き合いはしていなかった。
幼馴染み優斗が小学生時代にいろいろやらかしてくれたおかげで、人間関係が最悪になってしまったことがあり、以来、友人を作っても広く浅く踏み込まないようにしていた。
「……珍しいな。一登からメッセージが入ってる。こいつも何件も。なんだろう?」
一登とは、優斗の弟だ。
幼馴染みの優斗よりも交流があり、個人的には一登を幼馴染みだと思いたかった。
友人知人は後回しにして、一登から届いているメッセージを開く。
『兄貴が彼女作ったってマジですか?』
『ありえないんですけど』
『言い辛いんですが、杏から連絡があって。とても動揺しているんです』
しばらくメッセージを眺めたから夏樹は首を傾げた。
「……杏って誰?」
一登が相談したい内容が兄優斗のことだとわかったが、しかし、杏という名前が出てくるのがわからない。
一登の知り合いかな、と考えるも、やはり思い浮かばず、とりあえず返事をしておくことにした。
『ごめん。メッセージ気づかなかった。あのさ、杏って誰?』
「これでよし。とりあえず、支度をしよう。……といっても、学校は行かないでどこか人目につかない場所で力の確認をしないと」
とりあえず学生服のスラックスを履き、昨日届いたばかりのパーカーをシャツの上から羽織ると、上着を羽織る。
ボタンが面倒なのでいちいち閉めない。
先日までは、上級生がうるさかったが、夏樹も中学三年生だ。生意気だと睨んでくる上級生はいない。
ほとんど何も入っていないショルダーバッグを持ち、スマホをポケットに入れる。机の上のイヤホンが目に入り、よく音楽を聴いていたことを思い出し、手に取る。
部屋から出て階段を降りる。
母はすでに台所で朝食の準備をしてくれていた。味噌汁のいい香りがする。
「おはよう」
「あら、おはよう。……珍しいわね。もう支度をしているの?」
「あ、うん。あれ? いつもしていなかったっけ?」
「いつだってぎりぎりまでジャージ姿じゃ無いの。でも、三年生だもんね。しゃんとしてくれて嬉しいわ。さ、顔を洗って歯を磨いてきなさい。ご飯ももうすぐできるから」
「はーい」
使い慣れたはずの懐かしい洗面台で、十四歳の自分と睨めっこする。
こんな顔していたんだな、と苦笑して、歯ブラシを手に取る。大量の歯磨き粉を塗って、歯を磨き出す。
(ミントの清涼感最高っ!)
以前は苦手だったスースーする感覚も今では愛しく思える。
異世界にも歯磨きがあったが、歯ブラシ風のなにかでごしごし磨くだけ。
浄化の魔法があったので、口臭に気にする事はなかったし、風呂だって入らなくても清潔感を保てたが、シャワーくらいは浴びたいと思う日がよくあった。
とくに返り血を頭から浴びて血まみれになったときがそうだ。浄化魔法で綺麗になるも、水を大量に浴びたくなったのは言うまでもない。
歯を磨き、顔を洗うと、食卓に着く。
「ごはんは軽くでいいの?」
「超大盛りでお願いします!」
「……朝はあまりたべないんじゃなかったけ?」
「朝ごはんは一日の基本だよ。それに、お米! 白米をお茶碗いっぱい食べられることに感謝を!」
「……頭でも打ったのかしら。でも、たくさん食べるならいいことよね。はい」
「いただきます!」
手を合わせ、作ってくれた母と食材に感謝して食べ始める。
白味噌と出汁がよくきいた味噌汁が口内に染み渡る。具は、わかめと小さく切った豆腐だ。
炊き立ての白米を口に入れると、噛むたびに甘さが広がっていく。
おかずは、目玉焼きとカリカリのベーコン。そして海苔。ふりかけは自由に使って良い。
今まで、当たり前に食べていた、何気ない朝食がこれほど素晴らしいものだとは思いもしなかった。
「……あんた、泣いているの?」
「ご飯が美味しくて、つい」
「病院いく?」
「大丈夫です」
母から変なものを見るような視線を浴びながら、あっという間に食事を終え、普段なら飲まない緑茶を飲む。
少し熱めのお茶は香ばしい香りがして、口に含むと独自の苦味と甘味が心地よかった。
「嗚呼、ジャパン万歳」
「本当にどうしたのかしら、この子?」
お腹いっぱいになり、お茶でほっと一息入れると、ベッドに戻って寝たくなってきた。
しかし、今の自分がどれほどできるのか把握しておかなければならない。
力を過信してもよくないのはもちろんだが、過小評価も決していいことではない。
力はきちんと把握する。これは、大事だった。
「よし。少し早いけど、行ってくるよ」
「本当にどうしちゃったのかしら? 学校が面倒だって口癖のように言っていたのに」
「男の子にはいろいろあるんです。あ、そうそう。ちょっと聞きたいんだけど」
「なにかしら?」
「杏って誰か知ってる?」
夏樹の問いかけに、母が少し怖い顔をした。
「あんた本気で言っているの?」
「あ、うん。昨日、一登からメッセージが入っていて、杏って人に触れているんだけど、どこの誰だか思い出せなくて」
そう言うと、母は、大きく嘆息した。
「あんたね、仮にも妹だった子のことを忘れないでよ!」
「――あ!」
母に言われ、夏樹は思い出した。
綾川杏。
夏樹のひとつ年下の中学二年生。
そして、かつて夏樹の義妹だった子だ。
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