2「帰還したけど我が家って最高じゃね?」②
「あら、早かったわね」
台所には、いつも通り夕食の支度をしている母がいた。
「あ、うん」
ずっと会いたかった家族に会えて、涙が一筋頬を伝う。
母に気づかれてはならないと制服の袖で拭っていると、いい匂いがする。
「カレーだ!」
「今日はカレーよ。今朝言ったじゃない? どうしたの? 随分、テンションが高いわねぇ」
「あははははは、別にいつも通りさ!」
「そう? あ、そうそう! 荷物届いているわよ! ずいぶんと買ったのね。部屋に置いてあるから。ゴミが出たらちゃんと片してね」
「うん!」
このまま母の声を聞いていたら涙が溢れてしまう。
気を落ち着かせるためにも、一度部屋に戻ろうと決め、背を向ける。
台所を出て階段を上がろうとした夏樹に、母が声をかけた。
「――おかえりなさい」
「うん。ただいま」
今までにない以上、帰って来た実感が湧いた。
階段を駆けて部屋に戻ると、見慣れたはずなのに酷く懐かしい光景が広がる。
床には段ボールが置かれ、コミックが溢れるほど入っている本棚、宿題以外したことのない机、安物のハンガーラックにはジャージやスウェットパンツ、パーカー、Tシャツが掛かっている。
込み上げてくる感情を抑えて、夏樹はベッドに飛び込んだ。
ホームセンターで買った一万円の折りたたみベッドに、特に考えずに買ったマットレスと羽毛布団が引いてある。
ベッドのスプリングが軋む音を立てて夏樹の身体を受け止めた。マットレスの弾力と、羽毛布団の柔らかな感触が夏樹を包む。きっと母が日中布団を干してくれてあったのだろう、お日様の匂いがした。
「……たまんねぇ。たまんねえよ、ベッドちゃん。なにこの最高の寝心地。異世界だと王様でさえただの板の上に寝てたんだよ? 布団とか、こんな柔らかくなかったよ!」
異世界の生活は『辛い』の一言だった。
寝具の寝心地は最低だし、衛生面も決してよくなかった。
異世界ファンタジーと聞くと、中世ヨーロッパのような世界に、魔法や聖霊の恩恵を受けて現代日本と変わらないような生活を送れる、なんてことを夏樹も考えていた。
実際に異世界に召喚されると、創作はあくまでも創作だと思い知らされた。
中世ヨーロッパの暮らしに、モンスターという危険と、貴族という特権階級を持ちやりたい放題の人間、冒険者という名の荒くれ者が足された最悪の世界だった。
「このまま眠りたいけど、カレーも楽しみだから我慢だ。ということで、待ちに待った通販を開封しようじゃない」
ベッドから起き上がり、いそいそと段ボールからテープを剥がして開封していく。
中から出て来たのは、ずっと欲しかったバッシュと、スウェットジョガーパンツ、そしてTシャツとパーカーだ。
「異世界にはスニーカーもスウェットも無かったから、この手触り、匂い、すべてが最高だよ!」
異世界で剣と魔法の殺伐とした日々を送っていた頃、衣服はよくわからないモンスターの皮をなめしたものや、よくわからないモンスターが吐き出した糸を加工したものだ。足元は鉄板とやっぱりよくわからないモンスターの皮で作られたブーツが主流だった。
中には、革製のサンダルを愛用していた者もいた。
一応は、勇者ということでそれなりに良い物を身につけさせてもらっていたが、現代日本で生活していた夏樹にとって異世界の衣服は着心地最悪だった。
「スニーカーと服は明日にして、制服も着心地がいいんだけど、着替えよっと」
今までは特に気にすることなく着ていた制服も、今ではとても心地がいい。
部屋着のジャージに着替えたら、開放感が半端なかった。
「……ジャージ最高だろ」
思えば、異世界に柔らかいものはぶちまけた内臓くらいしか無かった気がする。
「さてと、一回冷静になろう。俺が異世界に勇者として召喚されて、魔王との戦いを強制されたけどなんとか魔王をぶっ飛ばして日本に戻ってこられたところまではよし。でも、なんで召喚された直前に戻れたんだろう? 嬉しいけど、さっぱり意味がわからん」
肉体と年齢は当時のままだ。
精神も、異世界でささくれていたとは思えないほど健やかになっている。
「全部元に戻ったって感じかな? あれ? じゃあ、売るほどあった魔力は?」
気になって、異世界でしていたように魔力を解放しようとして――問題なくできてしまった。
「ちょっとちょっとちょっと、魔力あるじゃん! これ異世界から帰還した勇者が地球で無双しちゃう感じじゃない?」
指に火を灯そうとすると、簡単にできた。心なしか、異世界より魔法がスムーズな気がした。
「明日から学校に行こうと思ったけど、休んでいろいろ試してみよう」
学校も懐かしいのだが、この世界で魔法がどれだけ使えるのか好奇心が優った。
「夏樹! ご飯できたわよー!」
「はーい!」
母に呼ばれて思考は魔法からカレーに切り替わった。
異世界で六年の間、飲食していなかった夏樹にとって体感では六年ぶりの食事だ。
しかも、母のカレーだ。
よだれが止まらない。
軽やかな足取りで部屋を出た夏樹は、母特製カレーを堪能するのだった。
――だが、まさか、魔力を放出したことで、隠れていたファンタジーな存在に自分の存在を知られてしまったとは思いもしなかった。
――というか、この世界にファンタジーがあることを、まだ知らなった。
〜〜あとがき〜〜
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