1「帰還したけど我が家って最高じゃね?」①





「僕さ、この子と付き合うことになったんだ!」

「――は?」


 由良夏樹の目の前に、散々見てきた幼馴染みの顔が飛び込んできた。


「え、ちょ、ま。あれ? 俺、戻ってきたの!?」


 周囲を見渡すと、携帯を片手に歩く中高生やスーツを着た大人の姿。道路を走る車。見慣れたはずの日常だった。


「夏樹? なにを言っているの?」


 こちらを伺う幼馴染み、三原優斗。

 夏樹よりも背が高く、さらさらした亜麻色の髪を耳より下で切り揃えた清潔感のある少年だった。まだ中学三年生ながら大人びた雰囲気を持っている。

 散々忌々しく思っていたが、『数年ぶり』に顔を見ると懐かしさが込み上げてきた。


「元気だったか? いやぁ、本当に懐かしいな! 相変わらずモテモテのようでなによりだ! じゃあ、俺は用事があるから! じゃあね!」

「ちょっと! 夏樹!?」


 幼馴染みの声を無視して、我慢できず走り去る。

 スニーカーがアスファルトを踏む感触、同い年の男女が他愛無くはしゃぐ声、なんでも売っているコンビニや、幼い頃からあるスーパー。近所のおばちゃんが経営している飲食店、ちょっとおしゃれな喫茶店、そのすべてが『懐かしい』


 夏樹はようやく『帰ってこられた』のだと確信した。

 あの日、『向こう側に呼ばれた』日に戻ったのだと理解した。


「――俺は、帰ってきたぞっ!」


 急に叫んだ夏樹に驚いた視線が集まるが、そんなこと知ったことではない。


(六年ぶりの、日本だ! 地球だ! 俺の世界だ!)


 感極まって泣きそうだ。

 ようやく、ようやく戻ってくれたのだ。


(あのくそったれな異世界から、俺は、俺は――)


「帰ってきたんだぁああああああああああああああああああああああああああ!」


 体感では六年前。

 こちらの世界では、ほんの少し前のこと。


 ――由良夏樹は異世界に勇者として召喚された。


 異世界で、人間と魔族と戦いに巻き込まれ、元の世界に戻るには魔王を倒すしかないと言うテンプレートなことを言われて必死に戦った。

 魔族を世界から駆逐しようとしながら同胞さえを蹴落とす人間側に付き、同胞のために一致団結して世界に住む権利を行使しようとする魔族と戦った。

 いいように利用され、おぞましい戦いに身を置き、死にたくないと願い、戦った。

 モンスターを殺し、魔族を殺し、人間を殺し、精霊も、獣も、神さえも殺してようやく地球に帰ってきたのだ。


「はははははははっ、ざまーみろ! ばーかばーか! 俺を好きなだけ利用しやがって、そんなに殺し合いがしたいなら、死ぬまでやってろ! 俺は一抜けた!」


 もう二度と会うことのない異世界の人間を思い浮かべて、夏樹は叫び続けた。

 まさか帰還したときに、こちらの時間が進んでいないことには驚いたが、逆にありがたい。

 行方不明扱いされたり、死んだことになったりしていのはいいことだ。

 家族を悲しませていないのも安心だ。

 なによりも、あんな世界で十代の貴重な時間を消費したことにならなかったのが、嬉しくて涙が出そうだ。


 この肉体は、異世界で成長したかつての肉体ではない。

 中学三年生の、十四歳の細い肉体だ。

 背丈も平均で、別に顔も整っていない。足だって特別長くないし、一般家庭の生まれだ。

 しかし、その普通が死ぬほど愛おしい。

 今の自分を取り戻せたことに感謝する。


「今日の晩御飯なんだったっけ? 覚えてないや。そうだ、今日、通販が届くだ。ずっと欲しかったスニーカーと服を、進級祝いだからって貯めていたお小遣いを全部使ったんだった! ああ、早く帰りたい。お母さんのご飯が食べたい。自分のベッドで眠りたい!」


 息を切らせて走る。

 異世界では全力で長距離を走っても平気だった肉体から、元の身体に戻っていることを実感する。

 運動不足ではないが、特別な肉体ではないため、ちょっと走っただけで息苦しい。

 久しぶりに、自転車に乗りたい。暴れ馬の馬車など二度とごめんだ。

 視界に入る全てが懐かしい通学路を走り抜け、赤い屋根の二階建ての一戸建ての家を見つける。


 ――懐かしの我が家だ。


「ただいま! 今日の晩御飯なんだっけ!?」





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