第169話 少し歩こう

 下校の途中に、俺はヒサヒト先輩に出くわした。


 ヒサヒト先輩も意外だったようだ。

 偶然の出会いだな。


 出会ったからには、無視するわけにもいかない。

 いや、無視しても良かったのだが、いささか気まずい。


「やあ青虎くん、キミは寮生でしたね」


「ええ、先輩は?」


「僕は地元から電車通いですよ。ただ、今日は少し、歩きたい気分だったんだ」


 ヒサヒト先輩も、明日の決勝戦を前にして、落ち着かない気分なのか。


 めずらしく庶民的だ。これには俺も親近感が湧いた。


「青虎くんも、すこし歩きませんか? 寮の門限はまだ先でしょう?」


「それは、そうですが……」


「アスカとツバメに、非礼を謝れと怒られてしまってね。ついでだと思ってほしい」


 なるほど、俺とレイジの勝負の余韻を邪魔した、その謝罪か。


 なにか軽食をおごってもらえるのだろうか?

 たずねてみると、「それは期待しないでください」と返されてしまった。残念だ。


 だから、本当にただの散歩だ。

 世間話さえ何もない、静かな散歩。その途中で、ヒサヒト先輩が言う。


「青虎くん、僕はキミがうらやましい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る