第165話 なりたい自分

「陽花ちゃん?」


「青虎くんは負けません。そうでしょ? 青虎くん?」


 どうかな、と俺は思った。


 明るく笑う陽花の期待に添えなくて申し訳ないが、現実の問題として、レベル9、それも学園最強の能力者であるヒサヒト先輩の全力に、俺がおよぶのか? という疑問がある。


 いつもの俺なら、謙遜と称して、卑屈に受け答えていただろう。

 勝敗はわからないが、最善を尽くすとか、そんな感じだ。

 だが、今、ヒサヒト先輩の過去を聞いた後で、すこしだけ心境には迷いがある。

 かつて、ヒサヒト先輩は虚弱体質という病理に苦しむ者だった。

 ひょっとしたら、今も心のどこかでは、過去の幻影に苦しんでいるのかもしれない。


 ヒサヒト先輩は、俺と同じく望まず望まれない病理に苦しむ者だったのだ。

 親近感……というと少し表現が違うか。

 ヒサヒト先輩は、病理を克服して、理想を手にした。

 俺は病理に敗れて、無気力に沈んで生きてきた。


 ある意味で、ヒサヒト先輩の現実は、かつての俺が望んだ理想そのものと言える。

 近くも遠い……ヒサヒト先輩は、理想をかなえた自分自身なのだ。


 こんな病が無ければ、こんな病理に苛まれなければ、考えることは常にある。

 卑屈に沈み、他人に責任転嫁せきにんてんかしたくなるときもある。


 それでも、俺が今日まで生きてきたのは――


「勝つさ」


 こんな投げやりな感情にまかせて、今から逃げ出すためじゃない。


「こんなもんじゃない。俺の“手”は、俺にしかできない、栄光をつかむ手だ」


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