第139話 信じてどうする

「【偽虎】おまえは、母さんが嫌いだったか?」


「はあ? 好きでも嫌いでもないよ。なんの話だ?」


「俺は嫌いだった。父も母も、祖父も祖母も……おまえはわかっているはずだな?」


【偽虎】は黙った。俺の無意識に巣くうこいつは、俺の思考を筒抜けにしている。

 きっと、こいつにはウソが通じないんだ。なら正直に言わせてもらうさ。

 俺の家族は平凡な人間の集いで、平凡な家庭だった。

 俺の病理に満ちた手を知って、母親は「どうして私の子だけ」と嘆き続けていた。

 父親は俺に大して興味が無かったようだった。

 厳しい人だった……ということもないのだが、国家の陰謀論にハマってしまうなど、なんというか、子どもの目で見て大黒柱にはふさわしくない父親だった。

 虚言じみた言動をくりかえす祖父、その祖父を怒鳴り散らして悦に入る祖母。

 平凡と言えば平凡だが、ちりも積もれば山となる。よい環境ではない。

 俺は自分自身の病理もあって、すっかり家族関係に疲れてしまっていた。

 自分が生きている意味はないと、つまらなく自虐じぎゃくに沈んだこともある。


「それでも俺が生きたのは、心のどこかで、幸せを諦められない気持ちがあったからだ」


 家族を、家族でなくとも理解者を、この手を取ってくれる誰かの存在を、俺は諦められなかった。だから、ズルズルと、死ぬこともできずに、今日まで生きてきたんだ。

 そうだろう? ウソをつくなよ、【偽虎もうひとりの俺】。


「おまえは陽花を、本当に殺したいと思うか?」


「……あの子も、同じだ。どうせ、裏切り、俺たちを傷つける」


 親近感が湧くようだ。【偽虎】は、まぎれもなく、俺自身なのだ。

 疑心暗鬼に囚われた者に、俺は言わなければならなかった。

 信じろ、と。信じてどうする、と問われたならば――


「信じて裏切られればいい。裏切られたその時には、“俺”の首を斬ればいい」

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