第138話 あの子の首は……

「あの子の首は、美しいよ」


 【偽虎】が、しゃべった。


 俺は驚いた。生まれてはじめて【偽虎】の声を聞いたからだ。


「斬り殺したいと願う。だけど、キミはそれを許さないんだろう?」


「当たり前だ」


「なら彼女を守るために、他の連中の首を斬らせろ、それならいいだろ?」


「まるで悪魔の取引だな……」


 どちらにしろ、首を斬って血の雨を降らせるという話だな。

 土台で常識や世間話の通じる相手ではないと、わかってしまう。


 どうすればいいかと、俺は迷い、考えた。

 道に迷うことは、疑うことだと、キナコおばあさんは言っていた。


 ならば俺は、誰よりも【偽虎もうひとりの自分】を疑っているのだろう。

 なるほど、道理だ。自分さえ信じられない者が、どうして迷いを捨てて強くあることができるだろうか。ご老人の慧眼けいがんには頭が下がるよ。


「今さらだ。人の首を斬るなとは、俺も言わない」


「ならば、俺もキミに力を貸そう。陽花あの子もそれを望むだろうからね」


 それはどうかなと、俺は思った。

 俺はひとつ、覚悟を決める。

 この【偽虎】が、俺の病理であるのなら……


 俺は今こそ、この病理に、向き合うべきときなのだ。

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