第115話 音を聞く

 鎖分銅の一撃が空をきる。


 一方的な戦いだ。今、俺の側に反撃の手段はない。


 刀とは、剣とは、刃を届かせてはじめて攻撃が意味をなす。

 その攻撃を成立させるために、あつかう者の距離感は、寸分の狂いも許されない。


 遠すぎれば切っ先が届かず、近すぎれば、相手の反撃を許してしまう。

 剣士に限らずとも、戦う者にとって距離感覚、間合いの感覚とは絶対的なものだ。


 それを戦う相手に奪われ、自由にされる状態と言うのは……

 ひかえめに評価して、絶望的と言わざるを得ない。


「どうした青虎? 動きが悪いじゃないか?」


 いっそ目を閉じて戦うか?

 だが、達人芸の真似をしても、視覚以外の感覚が阻害されれば意味はない。


 ――と、しかしそこまで考えて、俺は気づく。


 視覚……俺の距離感覚は間違いなく狂っている。これは疑いがない。

 だが、聞こえてくる音の感覚は、いたって正常だ。

 触覚しょっかくも、嗅覚きゅうかくも、とくに変わったところはない。


【知覚阻害】……五感を阻害する能力と言いつつ、俺が幻惑されているのは視覚だけではないのか? その答えを探るべく、俺は一度目をつむってみた。


 ヒュンヒュンと鎖分銅が回転して、風をきる音が聞こえる。問題ない。

 目を開いたそのときに、俺は真実を察する。


「これは、ツバメ先輩に一杯食わされたかな」


 すべてが相手の言葉通りだと気づいて、俺は少しだけゆかいに思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る