第99話 自分にウソをつかないで

 アスカ先輩に言われた月花は、不愉快そうに口を曲げる。


「ウソですって? 私は自分の気持ちにウソなんてつかないわよ」


「そうじゃなくてね。自分の気持ちを押し付けて、人の迷惑を省みない、そんなウソの好意に負けないでってことだよ」


 この上なくまともな話だ。

 レイジを叩き落としたのとは正反対の穏やかさで、アスカ先輩が言う。


「レイジくん、困ってたよ? ふつうに話して、笑い合って、地道なところから始める努力をしないのなら、それは我がままの押しつけだよ? あなたはそれでいいの?」


 さすがに自覚はあるのだろう。

 耳が痛そうに、月花がうつむいて黙った。

 ひょっとしたら、魅了魔法チャームを使って生きてきた月花は、ふつうの交友関係を築くのが苦手なのかもしれない。

 黙り込む月花に、アスカ先輩は微笑みかける。


「大丈夫だよ。レイジくんは優しいから、あなたのことを、きっとわかってくれる」


「知った風なことを言わないでよ……たった今、フラれたところじゃない……」


「そこはまあ、お友達から始めましょうってことで」


 アスカ先輩が、放心しているレイジの手を取った。

 そして、レイジの手を月花にあずけて、つながせる。

 なかなか酷い絵面だが、一周回って感動的かもしれない。気のせいかな……

 望み通りに、レイジと手をつなげた月花は、顔を真っ赤にしている。


「今日のところは、帰るわ」


『またね』という言葉が、きっと月花の成長なのだと、俺は微笑ましく思った。

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