第63話 臆病者なのね

 ゾッと、悪寒が走り、嫌な汗が出た。

 思うままにならない俺の手が、神速の反射で【偽虎】を手に取る。


 思考の制止が間に合わない。

 目にも止まらない斬撃が、きょとんと目を丸めている陽花の首を狙い――


「なにをしているんですか? 青虎くん?」


 間一髪のタイミングで、思考と反射の対立で、斬撃がピタリと止まる。

 俺はガタガタと震える右手を意志力で押さえつけて、焦り答える。


「す、すまない。寝不足なんだ。か、身体の自由が……少し、離れてくれないか?」


 寝不足で他人の首を斬ろうとする人間がいてたまるかという話だ。

 語るにバカな話だ。俺は心底焦っていた。

 しかし、刀の刃が首に触れている陽花は、微動だにしない。


「寝不足、笑っちゃう言い訳だけど、無防備なバカじゃないのか」


「陽花?」


「反射……いや、無意識の思考領域があるのかな? うーん、ゾッとする特殊能力だわ」


 刀の腹を押しのけて、陽花は一歩をしりぞいた。

 普段の彼女とは似ても似つかない言い回しに、俺は困惑する。


「でも可哀想、こんなに可愛い女の子と、手もつなげないなんて」


 気づけば、登校中の生徒たちが俺たちに注目して、人だかりをつくっていた。

 ここにいたって、俺はようやく、相手が陽花ではないと気づく。

 陽花とよく似た顔をした“誰か”は、おかしそうに笑う。


「あなたって、臆病者奥手なのね」

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