第62話 不和

 意識したわけではない。


 半ば無意識の反射で、俺は自分の右手を引っ込めていた。


 ん? 今、陽花は、俺の手を握ろうとしたのか?

 まあ、別に手を握らせるくらい、してもよかったが……


「どうしたんだ? その格好は? これから学校じゃないのか?」


 陽花はおどろいたように目を丸めたが、それも一瞬だ。


「間違えて、制服をまとめて洗濯してしまったんです。あはは……」


「? そうなのか? 災難だな。休んでもよかっただろう」


「そこは、ほら! 学校に来れば青虎くんに、会えますし!」


 陽花は太陽のような明るさでニコニコした。


 俺に会えるとは、リップサービスでも嬉しい話だ。

 俺は彼女の笑顔でとても幸せな気分になったが……


「ほら、青虎くん、手をつなぎましょ?」


「え? いや、それは……」


「もー、照れ隠しなんていりませんよー♪」


 並んで歩く陽花は、ふたたび俺の右手を取ろうとした。

 人目がある登校の途中に気恥ずかしい……俺はいきなりのことで困惑していた。

 しかし、彼女の手が、俺の手を取ることはない。


 俺と陽花の間をへだてるように、【偽虎】があらわれたからだ。

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