6「ジャレッド・マーフィーの憂鬱」⑥




「プライベートに踏みこむつもりはないのですが、情報は常に入ってきますし、行動するにも情報がないといけません。そのあたりはご勘弁ください」

「いえ、もういいんです。朝から学園内で噂が広がっているので、もう慣れました」

「……その、お気の毒です」


 心底かわいそうだと言いたそうな視線を受けてジャレッドはいたたまれなくなる。


「ありがとうございます。とりあえず、宮廷魔術師になるための心構えはできたのですが、問題はどうすれば宮廷魔術師になれるかですね」

「はい。魔術師協会ではマーフィーさまを素質、才能、実力、人格、背後関係が問題なく宮廷魔術師にふさわしいと判断しております。ですがやはり、功績がもうひと押しほしいのです。いくら飛竜の群れを壊滅させても、準災害指定級の海魔を倒しても、宮廷魔術師には一歩及びません。あとは年齢的にも十六歳であることから、宮廷魔術師団の魔術師たちに侮られないためにも大きな功績が必要となります」


 宮廷魔術師団の多くが成人しており、エリートと呼ぶにふさわしい者たちだ。中には魔術師至上主義者もいるそうなので、未成年が宮廷魔術師候補に挙がることに波紋を呼びそうだ。

 そのためにもデニスの言っていることは理解できるのだが、そんな功績となるようなものが簡単に転がっているとは思えない。


「そこで、王宮から課題が与えられます」

「課題ですか?」

「現宮廷魔術師は戦争や小競り合いで大きく戦果を上げた方が多いのですが、現在は小競り合いがあっても小規模です。民として争いなどないのが一番なので、これについては文句を言うつもりはありません」

「同感です」


 ジャレッドもそこまでして宮廷魔術師になりたくない。争いが起きれば傷つく人がいるのだから。


「ですが、国が抱えている問題は多数あり、魔術師でなければ解決できない問題もあります」

「それを俺たち候補者が解決することで功績として宮廷魔術師に、ですか?」

「その通りです。詳細は言えませんが、荒事であり生命を落とす可能性があることを覚悟しておいてください」

「わかりました。魔術師である以上、死と隣り合わせなのは逃げられないので問題ありません」

「感謝します。では、私は魔術師協会と王宮にマーフィーさまの決意をお伝えしたいと思います。きっとどちらも喜ばれますよ、宮廷魔術師候補が選ばれるだけで三年ぶりですから! 私自身、マーフィーさまの担当になることができて心が踊っています!」


 三十代の男性が子供のように嬉しそうに破顔しているのを見てつられて笑ってしまう。

 それだけ宮廷魔術師の価値がただ魔術師として最高峰というだけではないことがデニスの反応からもわかる。


 国の戦力であり、防衛力であり、なによりも魔術師にとっての目標であり希望なのだ。

 かつて母が立っていた魔術師のいただきに自分が届くことができるのか、不安であるがそれ以上にわくわくしてしまう。

 好奇心と探究心、そして挑戦が抑えられない自分のことを心底魔術師なのだと自覚する。


「次にお会いするときは課題をお伝えするときになると思います。それまでは今までどおりに魔術師協会からの依頼を受けてもらう形になりますがよろしいですか?」

「もちろんです。授業免除してもらっているだけでもありがたいのに、報酬までもらえるので断る理由なんてありませんよ」

「感謝します。依頼に関しては学園を通さないといけませんので、教師からお聞きください。近日中に依頼があると思いますので」

「わかりました。お待ちしています」


 それでは、とデニスが立ち上がる。


「まだ私にもどんな課題がでるのかはっきりとわかりませんが、マーフィーさまなら宮廷魔術師に見事なれると信じています」

「プレッシャーかけないでくださいよ。結構不安があるので」

「はははっ、すみません。魔術師協会の職員としてもですが、個人的にも応援していますのでがんばってくださいね!」

「はい。ありがとうございます」


 差しだされた手を握り返し、力強く握手を交わす。

 学園の外まで見送ろうとしたジャレッドの申し出を断ったデニスと応接室で別れた。

 職員室に戻り先ほど声をかけた教師を見つけて面会が終わったことを告げると、書類と格闘していたキルシに挨拶して職員室をあとにする。

 すでに授業が始まっているため廊下に人気はない。授業を受ける義務はないが教室にいけばクリスタに会えるので向かおうとした、その時だった。


「誰だ?」


 視線を感じて背後に声をかける。同時に、体内で魔力を練っていつでも魔術を発動できるようにした。

 校舎内での魔術使用は禁止だが、視線にわずかな敵意を感じたため構うものかと戦闘態勢をとる。


「もう一度聞くぞ、誰だ?」


 低く唸るような声で威嚇を兼ねた問いかけをすると、敵意が消えた。そして、廊下の影からメイドが現れた。


「メイド?」


 これにはジャレッドも驚いた。

 基本的に学園ではメイドを雇っていない。食堂や売店で働く人もいるが、基本は業者が出入りしているし、貴族の子女がメイドはもちろん身の回りの世話をする人間を連れてくることは禁止されている。

 学園内でメイドを見たことはあまりなく、あっても忘れ物を届けにきたりしている場面に遭遇したときだけだ。


「メイドが俺になんのようだ?」


 メイドだからといって警戒を解くようなことはしない。メイドの扮装をしているだけの戦闘者である可能性は捨てきれず、最近のメイドは家事だけではなく武芸にも秀でていると聞いているのでなおさらだ。

 一度でも敵意を感じた以上、彼女の目的がわかるまで安心などできないのだ。


「ご無礼をお許しください。わたしはトレーネ・グレスラーと申します。アルウェイ公爵家に仕えるメイドです」

「あっ、嫌な予感がする」


 トレーネと名乗ったメイドは二十歳ほどの美女だった。無表情にこちらに視線を向けてくる彼女は、伸ばした水色の髪をポニーテールにしている。一般的なメイド服に身を包んでいるが、身長こそ平均的だがたわわに育った胸部が大きく主張しており、ついそちらに目が向いてしまう。


「この度は宮廷魔術師候補に選ばれましたこと、心よりお祝い申し上げます。まさか昨日の今日で宮廷魔術師への道をお進みなられるとは、オリヴィエ様も予想しておらず大変驚いておりました。さすが大地属性魔術師ジャレッド・マーフィー様ですね」

「真面目な話、どこからどんな経緯で情報が伝わっているのか教えてほしいんだけど?」

「公爵家の情報網は凄いのです、ということでご納得ください」

「あ、やっぱり教えてくれないんだ」


 教えてもらえるとは微塵も思っていないが、はっきり言って情報を手に入れる速さに驚きを禁じえない。

 少なくとも自分には監視がいないことは把握しているが、世の中には諜報に特化した人間がいるので、断言はできない。公爵家の持つ力であれば学園の中に息のかかった者を送ることも可能だろう。


「やばい、ちょっと人間不信になりそう」

「どうかしましたか?」


 特に表情を変えることなく尋ねてくるトレーネになんでもないと返事をする。


「それで、アルウェイ公爵のメイドさんがなにかようですか?」

「はい。ですが、その前に誤解を与えてしまったので訂正をさせてください。わたしはアルウェイ公爵家のメイドですが、オリヴィエ・アルウェイ様の専属メイドです。アルウェイ公爵にお仕えしているわけではありません」

「それって大事なこと?」

「わたしにとっては生命よりも」

「わかった。あなたはオリヴィエさまの専属メイドね、覚えたよ。それで、俺に用事があってきたんだろ? 早くしてほしい。教室にいきたいんだ」


 魔術師協会職員のデニスと面談を終えたタイミングで現れたトレーネから逃げようとするが、彼女はやはり表情を変えることなく首を横に振った。


「残念ですが、教室にはいけません。ジャレッド様をオリヴィエ様がお呼びしています。宮廷魔術師候補になられたことのお祝いをお伝えしたいそうです」

「気持ちだけ受け取っておきます」

「なりません」

「では、後日に……」

「駄目です」


 彼女の中で、ジャレッドがオリヴィエと会うことは決定事項のようで決して逃してくれそうもない。

 公爵家のメイドが男爵家の息子を迎えにきている以上、どうあがいても逃れられないと諦め、両手をあげて降参した。


「わかりました。オリヴィエさまに会います」

「ありがとうございます。それではさっそくいきましょう」

「どこに?」

「もちろん――オリヴィエ様と奥様がお住いになっているお屋敷です」

「だよね。ああ、嫌な予感は的中だ」


 これからオリヴィエに会うのだと思うと胃がキリキリと痛んできた。

 オリヴィエに纏わる噂のほとんどが根も葉もないことだとわかっていても、性格の強さや無理難題を言われたことから苦手意識を抱いてしまっていた。

 会いたくないわけはないが、昨日婚約者となったオリヴィエと会ってどうすればいいのかわからない。

 ちゃんと笑顔を浮かべることができるだろうかと不安になり頬を揉む。相手に失礼があってはいけないのだ。


「なにをしているのですか? さあ、馬車を用意してあります。いきましょう」


 そう言って校舎の外へ向かっていくトレーネのあとを追いかけながら、ジャレッドはきっと今日はもう会えないクリスタにごめん、と内心謝るのだった。



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