5「ジャレッド・マーフィーの憂鬱」⑤
デニスの豹変っぷりに唖然としているジャレッドはただ驚きを隠せない。
はっきり言って、自分が規格外などと言われたことがなかったからだ。
確かに大地属性魔術師であることが希少であることは理解しているが、生まれ持ったものを特別視するほど傲慢な性格の持ち主ではないのだ。
肩で息をしていたデニスが言葉をなくしているジャレッドに気付いて慌てて取り繕う。
「た、大変申しわけありませんでした。いささか冷静さを失ってしまいました」
「お、お気になさらず」
「つまり、マーフィーさまはすでに宮廷魔術師に選ばれるだけの力を有しているのです。ですが、今のままでは宮廷魔術師になることはできません」
ジャレッドも自分がすぐに宮廷魔術師になれるなどと夢にも思っていない。昨日、祖父母から候補に挙がっていると聞かされたときでさえ、疑問に思ったのだから。
今、こうして協会員のデニスから話を聞いても、自分が宮廷魔術師になる姿が想像できない。むしろ、なることができないと言われてホッとしてしまったくらいだ。
「私たち魔術師協会とウェザード王国は、半分が空席である宮廷魔術師の席をすこしでも埋めたいと思っています。しかし、現時点で候補者はマーフィーさまを含めて三人。あまりにも少ないのが現状なのです」
他にも二人の候補者がいることには驚かなかったが、どんな人物なのか興味が沸いた。
宮廷魔術師といえば、魔術師の中でも頂点と言える立場だ。選ばれる人数は十二人だけ。現時点では六人しかいない。それほどまでに宮廷魔術師への道のりは険しく、目指してもたどり着くことができない。
「どんな方が候補者なのか聞いてもいいですか?」
「残念ですが、他の候補者たちもマーフィーさまのように意思確認をしている最中ですので、まだお伝えすることはできません。正式に候補者となれば、大々的に公表されるでしょう」
それまでお待ちください、と申し訳なさそうに告げるデニスに気にしていないと笑顔を浮かべた。
デニスはおおげさに胸を撫でおろすと、不安気な表情となる。
「実は、マーフィーさまにお話ししておきたいことがあるのです」
「話ですか?」
「候補者がマーフィーさまを含めて三人と言いましたが、もっと増える可能性があります」
「それっていいことですよね?」
「悪くはない、と思います」
宮廷魔術師が増えることは単純に国の戦力と防衛力が強化されることに繋がるため、増えるなら喜ばしいことのはず。事実、魔術師教会も王宮も宮廷魔術師の空席を埋めようとしている。
しかし、デニスの表情は優れない。
「これは候補者の方にお伝えすることになっていますし、知っている方なら知っていることなのですが――他国から優秀な魔術師を宮廷魔術師候補に招こうとする動きがあるのです」
「はっきり言っていいですか?」
「どうぞ」
「それのなにが問題なのか俺にはわからないのですけど」
「はい、本来であれば問題はありません。他国の優秀な人材が引き抜かれることは珍しくなく、現にマーフィーさまを自国に招こうとしている国もあります。引き抜きに関しては潰しましたが、マーフィーさま個人に接触してきた場合はすぐに協会にご連絡ください」
まさか自分に引き抜きの話が上がっているとは思わず、ただ頷くだけしかできなかった。
オリヴィエとの婚約をきっかけにジャレッドの人生が大きく動きだしている気がしてならない。
「引き抜きそのものが駄目なのではなく、問題は引き抜かれる人物にあるということです」
「他国の魔術師の人格に問題が?」
「いえ、人格が少しくらい問題があっても宮廷魔術師になることのできる力と実績があればかまわないのです。今回の場合は、嘆かわしいことに引き抜こうと動いているウェザード王国側の人間にも問題がありました」
なんだか面倒事に巻き込まれそうな予感がひしひしとする。
「ウェザード王国も一枚岩ではありません。ゆえに派閥争いがあり、王宮の中でも王位継承権争いがあります。火種はどこにでも燻っており、些細なことでも争いの原因となってしまうのです。今回、他国から宮廷魔術師候補を引き抜こうとしている人物は、魔術師協会と国王と反目する人物たちです。引き抜かれる人物はおそらく他国のスパイ、もしくは反目する勢力の戦力となってしまうでしょう。それは避けたい」
「それで俺にどうしろと?」
「王宮も私たちも他国の魔術師を迎え入れることには異論ありません。ですが、信頼できない魔術師はいりません。ですので、私たちには私たちの信頼できる魔術師がほしい」
「それが俺とかいいませんよね?」
「はっきりと言いましょう。ジャレッド・マーフィーさまはリズ・マーフィーさまのご子息であり、優秀な魔術師です。すでに宮廷魔術師になれるだけの実力があり、功績さえあればすぐに候補ではなくなります。ですので、ぜひ私たちの味方になっていただきたいのです」
――ふざけんな!
と、内心叫びたくなったが、魔術師として培った理性と忍耐力を総動員して堪らえる。
厄介事がもうひとつ手を振って目の前にいる現状に頭が痛くなった。
「もちろん、私たち魔術師協会がマーフィーさまを支えます。王宮もあなたを悪いようにはしないでしょう」
「あの、どうして俺に? 母が宮廷魔術師だったから、だけじゃ納得ができません」
「現在のウェザード王国は一見すると平和に見えますが、謎の秘密組織の暗躍や、他国との駆け引きなどがあり不安定なのです。その状況下で国王に反目する人物たちがいることは厄介でしかありません。そこで、国王が信頼しているアルウェイ公爵家のオリヴィエさまの婚約者になったマーフィーさまなら信頼できると思ったのです」
――ああ、やっぱり婚約のせいだ。
だが、宮廷魔術師になれるのならオリヴィエとの婚約は進むだろう。とすると、アルウェイ公爵家と関わりが深くなり、結局巻き込まれていくかもしれない。なによりも祖父はアルウェイ公爵と親しく、派閥にも加わっていると聞いた。結局、時間の問題だ。
割りと逃げ場がないことに絶望したくなった。
「もしかして、婚約の話がなければ宮廷魔術師候補の話もなかったのですか?」
「いいえ、それはありません。マーフィーさまが宮廷魔術師候補に選ばれたのはずいぶん前です。オリヴィエさまとの婚約は最近話が上がったようですが、魔術師協会は昨日まで知りませんでした。あくまでもあなたの実力と功績が認められ候補となったのです」
「他の候補者たちにもこの話を?」
「しています。幸いと言うべきか、今回の候補者の皆さまは人柄、立場ともに信頼できる方でありました。とはいえ、マーフィーさまには少々話しすぎてしまいました。ですが、宮廷魔術師になる以上、国と深くつながるのは必須です。中には身分の高い方の支援を受け、言われるがまま行動する方もいます。しかし、私たちはマーフィーさまたち候補者に誠意を持ちたいのです」
ゆえに宮廷魔術師ではなく、候補者のジャレッドにいずれ巻き込まれる可能性がある事情を話したのだろう。
情報公開は信頼の前払い。
信頼を得るために魔術師協会は誠意を見せた。
「俺を含め候補者が全員宮廷魔術師になれるとは限らないのに、そんな大事なことを話してしまっていいのですか?」
「構いません。もちろん、他言無用はお願いしていますが、いずれわかることです。信頼関係を得るためにお話していることですので、宮廷魔術師になることができなかったからということは考えていません」
おそらく詳細な部分まで明かす気はないのだろう。現に、国王に反目する人物たちの名前がでてこない。だが、それだってアルウェイ公爵と関わりを持ち、オリヴィエとの婚約が進めばわかっていくはずだ。
「宮廷魔術師になるには、このようなことに巻き込まれていくということを覚悟していただきたいと思っています。その上で、お尋ねさせて頂きます。――ジャレッド・マーフィーさま、あなたに宮廷魔術師を目指す覚悟がありますか?」
「問われるまでもなく、あります」
「即答、ですか……素晴らしい。数年前、候補者に選ばれた方に当時の問題を話し尋ねたところ、返答は考えさせてほしい、でした。ですが、あなたは違った。即答だった」
「俺は母がいた高みに登りたいんです。魔術師としてどこまで通用するのかも試してみたい。そのチャンスを簡単に手放すことなどできません」
「魔術師らしい回答ですね」
「そうかもしれませんね。だけど、俺だってこの国の民です。力になれることがあれば力になりたい。それに――」
「それに?」
「どうせ巻き込まれそうなので」
苦笑してみると、デニスもつられて苦笑いした。
「そうですね、オリヴィエさまから宮廷魔術師になるように難題を言われ、お祖父さまであらせられるダウム男爵はアルウェイ公爵がもっとも信頼する方である以上、宮廷魔術師にならずともマーフィーさまのように優秀な魔術師であれば巻き込まれるでしょうね」
「情報が筒抜けだなぁ……」
すでにオリヴィエとの婚約だけではなく、彼女の出した条件まで知られていることに、ジャレッドはもはや笑うしかなかった。
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