1212 遊馬くんは見守る
トン、と音がした。
見れば、
「こんにちは」
無視するのもなんだし、声をかけてみたら小柄な背が揺れた。
僕の存在の無さは筋金入りだ。居たのかよ、気付かなかった、何処に隠れてたの、と言われるのはまだ可愛いもので、僕を幽霊だと勘違いする人だっている。
明らかに綾鳥さんも驚いているはずなのに、すぐに平静を取り戻して振り返らないままに応える。
「流し、借りますね」
「皆のものだから、自由に使うべきだと思う」
綾鳥さんは会話を続けずに洗い物を進める。クリスマスパーティーに一切、興味がなさそうだ。
なんだかんだで、綾鳥さん以外の住人は準備を手伝うことになった。
もちろん、三津さんも管理人の仕事の合間に料理のレシピを考えたり年末に向けて掃除をしたりと大変そうだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ完成に近付いているのに、綾鳥さんは静かに見ているだけ。
「綾鳥さんは手伝わないの」
小さな背中に声をかけたくなったのは、寂しく見えたからだ。
「有志と言われたので、いいかなって」
また、感情ののってない愛想笑いでかわされる。
何をと言わなくても察する所が生きにくい聡明さに見えるのは僕だけだろうか。たまにそういう入居者もいるけれど、朝ごはんを共にしているうちに打ち解けていく。でも、綾鳥さんは一歩もゆずらない。
もうちょっと、肩の力をぬけばいいのに。
「いい気晴らしになると思うけど」
そう声をかけてみたが、綾鳥さんは首を傾げるだけで、食堂を出ていった。
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