第5話 少女・その名はイヴ

【sideイヴ】


「イヴ・リンカニア・エルロー。それが私の名前よ。長いけどしがない冒険者よ」


 彼にそう名乗った時、その声に何か含みがあるような気がした。



「リンカ……」


「それはミドルネーム。まあイヴでもリンカニアでも好きに呼んで」


「分かった。ではイヴと呼ばせてくれ」


「もしかして、リンカって名前に思い入れがあるとか?」


 それは何気なく口に出た言葉だった。


 特に何か意味があって聞いた話題ではない。単なる気まぐれだった。


 だがファガンの表情には何とも言えない哀愁のようなものを感じる気がした。


 

「いや、同郷に同じ名前の女がいるんだ。偶然ってあるんだなっておもってよ」



「そうなんだ。別にリンカでも良いわよ」


 そこまで言ってハッとする。


(もしかして、死んだ恋人の名前、とか?)


 顔立ちは幼いけど妙に大人びたところもある。少年ではあるのだろうけど、なにか非常に濃厚な経験を積んでいるような雰囲気もあいまって年齢不詳だった。


「うんにゃ。俺様的にややこしいからイヴでいかせてくれ」


 古傷を抉ってしまったのかと心配になったが、すぐに彼の表情が切り替わったのをみて安堵した。


 それは、何か誤魔化されたような空気を含んでいる気がしたが、深く追求することをやめた。


 今は彼の機嫌を損ねるようなことは言及を避けるべきだ。



「それに、イヴってのも良い名前だと思うぞ」



「そ、そうかしら。ありがとう」


(な、なに顔熱くなってるのよ私。こいつが何者なのかもまだわらかないのに)



 私の頭の中に浮かんだ光景。それはあのあまりにもまばゆい閃光だった。


 あの立派な角は戦いの終わりと同時に引っ込んでいた。


 こいつが何者か、それはまだ分からないけど…少なくとも敵じゃなさそう。今は正体が知れなくてもお母さんを助けるためだ。


 天に向かって放った、あの目映い閃光たる凄まじいエネルギー体。


 あんな真似ができるのは上級クラスの冒険者でも聞いたことがない。


 魔法とも違うようだった。純粋な気の力であんなことをやってのける存在がただ者である筈がなかった。


 そして先ほどの盗賊を相手取った時のとんでもない力。


 屈強な男が振り抜いた武器を片手で、いや、指先だけで摘まんでいた。


 あんなの普通の人間にできる芸当ではない。

 達人か、それ以上の使い手だ。


(それに……こいつ、自分のことを……)


『リュウジン、ファガン』


 そう名乗った。


 竜、それとも龍?


 どう違う?


 いや、それより……。


 龍神。いや、龍の人と書いて龍人なのかもしれない。


 竜という生き物はいる。下位種族であるレッサードラゴンから、伝説上に存在する神話のドラゴンまで。


 そして実在が確認されている封印されし六大竜王。


【地】【水】【火】【風】【空】の五つの属性を象徴する五頭の竜王、そして天上の神々の力を有したと言われる【天の竜王】の六頭。


 だが竜王達は"天神族"の手で……。


 そう考えれば彼が竜王達と関連した人物なのか判断が付かなかった。



(何か関係があるのかしら? あの白い光の門は、転移門? まさか……あの連中と関係が?)


 そういえば、名乗ったときに「異世界より降り立った勇者とリュウジンの息子」と言っていた。


 リュウジン……そして勇者。




 頭が混乱しすぎて情報が纏めきれないが、少なくとも普通の人間じゃないのは間違いない。


(まさか……)


 私の頭に浮かんだ一つの疑問。


 それはこの世界に渦巻く大きな厄災と大いに関わっているが、まだ彼との因果関係は不明だった。


 勇者とは、この世界にとって良い言葉ではないのだ。


 そのことで私の中に複雑な思いが生まれそうになるが、彼がこの世界の勇者と関連した人物とはどうしても思えなかったので、その可能性は除外する。


「ファガン、協力してくれて感謝するわ。このお礼は後で必ず」


「今はそんなこと気にすんなって。乗りかかった船だ。とことんまで付き合うぜ」


 有り難い言質を取り、私の口元は微笑んだ。


(そうだ。ファガンがあいつらの仲間である筈がないわ)


 シルビアちゃんはますます速度を上げ、スンスンと鼻を鳴らしながら方向を微修正した。


『ウォンッ!!』

「わわっ、な、なにっ!?」


「お前によく似た匂いを嗅ぎ取ったからそっちに向かってるってさ。ちゃんと生きてる匂いだってよ」


「きっとお母さんよ。よかった。無事だったのね。ありがとうシルビアちゃん」


『わんっ!』


 スピードを上げていくシルビアちゃんに懸命に捕まる。

 それをしっかりと支えるファガンの腕が腰に回ってくる。


 心臓が高鳴るのが分かる。ただ身体を支えるための行為だと分かっているのに、ドキドキしてたまらなかった。


 チラリと横目で彼の顔を伺う。


 真っ直ぐに前を見つめる少年の顔付きは、精悍であるのに子供っぽい。


 自信に満ちあふれた濁りのない瞳は、これまで接してきたどの人間よりも純粋な目をしている。


 自信に満ちあふれ、己のなすことに一切の迷いがない。


 分からない。何故、私に力を貸してくれるのか。


 何かを要求してくる様子もない。後でしてくる可能性も十分あるけど、なんとなくそれは無いような気がする。


 でも、今はそれでいい。母や村の皆を助け出すまでは、利用できるものは全て利用しなければ。


 その後でどんな見返りを要求されたって、それはその時考えればいい。


 でも仮に身体を要求されたらどうしよう。

 やり方なんてほとんど分からない。若干の知識はあるけど……。


(ってわたしッ! なんで見返りを身体で返す前提で考えてるのよっ!?)


 だって持っているものなんて何もない。


 差し出せるものなんて盗賊達が目の色を変えて奪おうとしたこの身体くらいしかないからだ。


 それとも、自分は彼に抱かれたがっている? そんなバカなと頭を振る。


「どうしたイヴ?」

「な、なんでもないわっ!」


 ヘンテコな考えをしてしまう自分を律し、必死になってかぶりを振っているファガンに突っ込まれてしまう。


 慌てて誤魔化すもののしばらくファガンの顔をまともに見られないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る